第ニ晶 ヒトシキ学園へ

2-1

ほろほろと零れるような春の陽とともに、桜の花びらが頭上に降り注ぐ。そこここに散っている桜の花びらが点々と白を零し、枝々には白い渦のように咲きあふれる。

桜並木の続く通学路を、クラウドブルー色の学ランを着た燐慟りんどうが進む。体側と袖口に沿ってダークグレーのラインが伸びており、体前面の中央には等間隔に連なった金色のボタンが留められている。詰め襟部分にはヒトシキ学園の校章──蒼い獅子が鎮座しており、その隣にはさかき家の家紋であるさかきの葉とそれに巻き付く狐の尾のエンブレムが取り付けられている。

「おい、アイツ……」

「あの家紋……さかき家のヤツだぜ」

「フン、身の程知らずの三流が」

と、同じ制服を身に纏った男子生徒たちが、燐慟りんどうを見るなりあからさまに顔をしかめ、口々に罵り始めた。

それを燐慟りんどう琥珀こはく色の双眸で一瞥いちべつ、ついと視線をそらす。

──そうだ、ここは戦場だ

どんなに罵られようと、理不尽な扱いを受けようと、さかき家の手の内を明かすまいと決めてここに来た。味方は誰一人としていないのだ。己の力を信じるしかない。

ふと、頭にかすかな重みを感じて、前髪に腕を伸ばす。掴んだのは一枚の薄桃色の花びら。ふわりと鼻孔をくすぐる柔らかな桜の香りに、燐慟りんどうは思わず頬を緩める。

何気なく見上げたその先。舞い落ちてくる桜吹雪が、おびただしい数の蝶の乱舞に見えた。

「────」

ちらと視界に入った、桜色ではない瑠璃色の"何か"。ほんの少し気が緩んでいたことで、コンマ数秒反応が遅れてしまう。

──あり得ない。何せ、彼女はもうこの世に存在し得ないのだから

だが、そんな考えとは裏腹に、胸の奥底で眠り込んでいたはずの本能が、在りもしない可能性に、希望に縋ろうとする。

腰まで伸びた瑠璃色の髪の少女。燐慟りんどうが知る限り、その特徴を持つ人物は一人しかいない。

すでに桜吹雪に覆い隠されてしまったその少女の背中を追おうとした刹那──

偶然か、はたまた神の悪戯か。少し強めの桜の香りを纏った春風が、燐慟りんどうに殺到する。つられて飛んできた白や桃色の花弁が、燐慟りんどうの視界を完全に遮ってしまった。

制服の裾がはためき、前髪が踊る。舞い上がった砂埃の侵入を防ぐために腕で顔を覆わざるを得なくなり、何とも歯がゆい思いに駆られる。

風が収まった時にはすでに人影一つ見当たらず、胸に違和感だけを残して、再び桜が散り始めていた。

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