第一晶 堕ちた榊家
1-1
小鳥たちの合唱が色とりどりの花と競い合って、世は春。ちらほらと
「お呼びでしょうか、父上」
ふすまの前に片膝をつき、
「
凛とした父の声に、思わず体がこわばる。ぎこちない手つきで戸を開ければ、射るような視線が
「どうした、緊張しているのか?」
「いえ、そのようなことは……」
眉間にくっきりとシワを寄せて、父──
「まあ、いい。鍛錬は怠っていないようだな」
「はい」
幼い頃から刀を持たされ、風邪を引いてぶっ倒れようが、怪我をしていようが、泣き喚こうが、稽古を休んだ日は一日たりともない。
同年代の男子と比べて比較的細身な外見からは想像できないが、筋肉の層が積み上がり、無駄な肉は一片もなく、痩せすぎず引き締まった身体はその修練の
「
満足げに頷いた
「最近、
ふぅ、と短く息を吐き出した
「学園に通え」
「学園……ですか?」
あまりにも想像とはかけ離れていた話の内容に、思わず声が上ずる。しかし、話は終わってはいないと思い直し、父の意図を探る。
小さく顎を引いた
「ヒトシキ学園から、正式な入学許可証が届いた」
──ヒトシキ学園
国内最大級の軍事施設かつ教育機関であり、選ばれた名家の子女たちが集う名門校、とどのつまりはエリート学校である。
入学許可証──とは名ばかりで、実際のところは抵抗不可な強制執行力を持つ──が送られてきてしまった以上、いかなる理由があろうともこれを断ることは不可能。となれば、
しかしそれでも、あの父の表情を見る限り、話はそれだけではないのだろう。嫌な汗が背中を滑り落ちるのも気にせず、父の言葉を待つ。
「今年は
合点がいった、と言わんばかりに
「密偵の命──ですね」
「そうだ。だが、学園からの許可証が届いたということは、ヤツらも何かを企んでいるに違いない」
ヒトシキ学園には、
わざわざ単身で敵地へ赴き、孤立無援の状況で、
「解っているな、
「はい」
短い吐息を洩らし、悔しさに耐えるように唇を噛む
かつて、一度も見たことのないその表情に、
「ち、父上……?」
と、
「すまない、
権力に抗えず、
「父さん……」
されるがまま、
「父親らしいことは何もできないが、頑張ってきてくれ」
「はい……!」
頭上の重量感が消え、引かれるように顔を上げる。
不安な光を湛えてかすかに潤んだ瞳が、
「行ってきます、父さん」
それを打ち消すように、
「あぁ、行ってこい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます