第16話 4-1 斑鳩宮(いかるがのみや)の祝宴

 素明羅スメラ皇国に、再び平和が訪れた。

 扶桑樹の上の都、斑鳩いかるがは全体的に祝賀ムードである。

 各層の住人達が競って祝いの飾り付けを行っているので、遠くから見ると地上八千メートルの巨大なクリスマスツリーが出現したようであった。

 北の軍事大国ノルトランド。

 西の魔法大国ウェスティニア共和国。

 南の経済大国カカルドゥア公国。


 今回の戦いは、結果的に、東の素明羅にも他の三大国に匹敵するだけの軍事力があることをシノノメが示してみせた格好になった。

 軍事大国ノルトランドの軍隊に匹敵するプレーヤーが国を守っているという事実は大きい。

 素明羅皇国としては、‘東の主婦’を大きく前面に押し立てていくことに決めたらしい。


 『今回の働き、誠に天晴れ。よって、素明羅皇国は‘主婦’シノノメに勲章を授け、その功績を讃えることとする。また、その他国を守るために戦った勇敢な冒険者、戦士にも栄誉を授ける。

 ついては王宮を開放し、全国民とともに喜びの宴を催す所存である。


 ――第百八十代 素明羅皇王スメラミコト 天照火灯奇魂彦アマテルホアカリクシタマヒコ――――』


 そんなお触書メールがマグナスフィアの‘東’のプレーヤーたちの間に駆け巡ったのは三日ほど前のことである。

 シノノメは叙勲自体辞退したかったのだが、もうすでに素明羅の国民――プレーヤーも、NPCも含め――の一大イベントになっていると知り、やむなく受けることにしたのである。


 そして、彼女が出席を決めたもう一つの理由があった。


 『今回の式典には、北のノルトランド、西のウェスティニア、南のカカルドゥアより、来賓として使者が招かれる。政府は四大国会議(斑鳩公会議)を主催し、これをもってノルトランドとの講和を成立させたい方針である』


 まだ素明羅とノルトランドの間に完全な平和が樹立されたわけではないのだ。

 国境付近には一触即発の火種がくずぶっている。

 素明羅としては一方的な侵略行為を受けたわけで、それに対する賠償も請求したいというのは当然の主張である。基本的にプレーヤーたちは自由な冒険者が多く、国家に対する帰属感は希薄だが、それでも今回の軍事行動は許せないという意見が多かった。


 テロリストが使者や素明羅皇王を狙って攻撃してくる可能性もある。

 あるいは、各国の使者に伴って来る戦士の間で小競り合いが起こらないとは言えない。

 一番問題なのはノルトランドで、敵国の首都とはいえ、使者派遣を口実に、また何らかの攻撃を仕掛けてくることも考えなければならない。


 素明羅最強戦力‘東の主婦’としては、出席しないわけにはいかなかった。


 「ちょっと、シノノメさん!じっとしてて下さいよ!」

 その最強戦力シノノメは、臨時休業になったマンマ・ミーアの店内で主婦ギルドのメンバーに囲まれ、着せ替え人形にされていた。

 「ほら、もっと胸元を強調しようよ!」

 「こっちのアクセサリーもつけてみちゃえ!」

 「いや、それは伝説の炎のネックレス、ブリーシンガメン……」

 「靴はこっちのヒールの高いのにする? それともミュール?」

 「それ、ヘルメスの羽根の生えるサンダル……」

 きゃいきゃいとメンバーたちは嬌声を上げ、ここぞとばかりに張り切っている。


 今や髪の毛は高く結い上げられ、ティアラにイヤリング、ネックレスは三重重ねと、シノノメが色々なクエストで手に入れ、とりあえず持っていたアイテムがここぞとばかりに活用されていた。

 マーメイドドレスの裾は優雅に床の上に流れ、すでにどこかの国の‘姫’状態である。

 素明羅の場合はアジア風文化なので、型は西洋風でもアクセントとなる色使いや金、紅色の差色、ポイントとなる柄はどことなく和を感じさせるものだった。


 「えー、あのー……叙勲式にこれはやりすぎじゃないかなぁ」

 流石のシノノメもただひたすら困っていた。


 「そんなこと言って普通に振り袖や留袖なんて着てたら、結婚式みたいじゃないですか!」

 三毛美が頑としてシノノメの意見を拒否する。


 「そうだよ、何を言ってるんだい、シノちゃん!マンマ・ミーアのメンバーの一大イベントだよ!」

 豪快な団長ギルマス、ミーアがシノノメの腰紐と飾り帯を締め上げた。

 「むぎゅっ!」

 

 「シノノメさん、こういうのも、‘アリ’だと思います!」

 「グリシャムちゃん……他人事だと思って……」


 カフェの席にグリシャムは腰かけ、猫のように目を細めて笑っている。

 彼女は素明羅の魔法使い養成学校である陰陽寮や、玄道士・仙術の修業の場である水簾洞、封神台などを見学しながら、ちょくちょくマンマ・ミーアに顔を出していた。

 今の最大の研究テーマは、何と言ってもシノノメの‘主婦魔法’だった。


 「グリシャムちゃんも表彰されるのに、いつもの格好じゃない!」

 シノノメが恨みがましい視線を送る。

 グリシャムは先日の通り黒い魔女の服である。

 「これは、私たちの正装ですから。だって、西ウェスティニアの魔法院の院長、マギステル・クルセイデル様もいらっしゃるんですよ」そう言って胸を張った。


 「えーっ! つまんない!」

 「いいんです、普通が一番です」

 グリシャムの言葉は兎人のウサミの着せ替え欲に火をつけたようだった。

 「ついでに、グリシャムちゃんも!」

 「ふっふっふっ……おとなしくなさい!」

 おせっかい主婦軍団がじりじりとグリシャムににじり寄る。


 「きゃああああああ!」

 こうして二人目の犠牲者が出たのだった。



 「それじゃあ、行ってきます」

 「行ってらっしゃーい! 私たちもみんなで見に行きますね!」

 「パーティーの会場で会いましょう」

 恐怖の着替えが済んだ二人を、とてもすっきりした表情のマンマ・ミーアのメンバーが見送る。

 「シノノメ! なんて美しいんだ!」

 「僕のこの愛はどこに行けばいいんだい?」

 店の外に締め出されていたアズサとアキトもバラの花束を抱えて手を振る。


 祝典に参加する者は第二七層の王宮へ行くのだが、表彰される二人は王宮の一般来客口ではなく、正門から入るように指示されていた。叙勲式典が終わったらその場で祝宴があるので、メンバーもそこで合流する予定である。

 シノノメはドレスの格好で空飛び猫に乗るわけにもいかなかったので、グリシャムの歩くカボチャに乗せてもらうことにした。

 「カボチャの馬車じゃないんだね」

 カボチャの蔓は触手状になっていて、ウネウネと動きながら器用に歩いていた。

 グリシャムの旅行用移動植物である。

 ツードアではあるが、広い室内空間と女の子に優しい数々の物入れが備わっている優れものであった。

 「魔女といえど、そこは難しいところです。しくしく」

 グリシャムは西の魔法院の制服とは正反対の、純白で裾のゆったりしたエルフ用ドレスに着替えさせられていた。


 「あーあ、こんな格好、ウェディングドレス以来だな……」

 シノノメが何気なく呟いてため息をついたのを、グリシャムは聞き逃さなかった。

 「ウェディングドレス?」

 「あ、いや、まあね」

 シノノメは自分の呟きに気付き、少し動揺した。

 シノノメは現実世界リアルの実生活のことをほとんど話さない。

 実生活とゲームの中の世界をしっかり分けているプレーヤーは決して少なくないが、彼女にかなり近しい存在であるミーアでさえ、ほとんどシノノメのプライベートについては知らなかった。


 「やはり、パートナーが?」

 グリシャムは鋭く、なおかつ嫌味にならない程度にさらりと質問してみた。

 主婦魔法研究者として、ここは聞いておきたいところである。


 「あーいやー、そのー、……」

 シノノメは突然真っ赤になってモジモジし始めた。

 こんな初心うぶな反応を示すシノノメを見るのは初めてである。

 あまり突っ込んでも失礼と思ってグリシャムは追及を中止したが、頭の中の黒い魔法手帳にしっかり記入した。

 ‘シノノメさん、リア充’と……


 二人を乗せたカボチャの馬車(?)は、どんどんらせん状に斑鳩の階層都市を上っていく。

 王宮に近づくにつれ、街道に人が増えてきた。

 シノノメを見つけた子供たちが盛んに手を振ってくる。

 中には帽子を取って恭しく頭を下げる人たちもいる。

 NPCの市民だけではなく、プレーヤーたちもシノノメに声援を送ってくる。

 「うわぁ……これ、恥ずかしくて死にそう……」

 シノノメは顔を扇子で隠した。

 「いや、そんなこと言ったら私なんかどうすればいいんですか?」とグリシャム。


 ‘恥死’しそうになっていると、ようやくカボチャは王宮の正門前に着いた。

 正門は木と浮遊石で築かれたもので、左右には巨大な狛犬と獅子の石像が飾られ、門柱には竜が絡まっている。

 赤を基調として緑と金の装飾がついた巨大な門扉がゆっくり開いて行く。

 門が開くと同時に、門番により盛大にラッパが吹き鳴らされた。

 「シノノメ殿、グリシャム殿、おなーりー!」

 「ぎゃあ!」

 二人は何度目かの悲鳴を上げた。


 カボチャは正門をくぐると、やや礼儀正しく静々と進み始めた。

 樹木のアーチを潜り抜け、客人が乗り物をつける車寄せに向かう。


 一角獣やグリフォンに牽かれた馬車が列を作っている。車寄せはロータリー状になっていて、叙勲式に招かれた客が次々と乗り物を降りていた。

 順番がやってきた。

 カボチャのドアを丁重に王宮の侍従が開ける。


 「シノノメさん、先どうぞ」

 「グリシャムちゃん、遠慮しちゃいけません」

 二人がまごまごしていたせいで後ろの乗り物が渋滞し始めた。焦れた侍従が、手を取るというよりも半ば強引にグリシャムから引っ張り出す。

 シノノメは観念してカボチャから飛び降り――ヒールが高かったので、仕方なくお淑やかに降り立った。


 車寄せからは来賓者の通路になっていて、毛足の長い赤い絨毯が奥へと続いていた。

 恭しく侍従に導かれ、やや小さめの宴の間――ボールルームに案内される。

 「どうぞ、奥にお進みください」


 ボールルームの中にはもうすでに多くの人たちが集まり、カクテルグラスを持って立ち話をしている。式典が始まるのを待っているのだった。

 シノノメとグリシャムは目立たないように部屋の奥に進もうとした。

 しかし。

 「シノノメ様の、ご到着!」

 ドアの傍に控えていた侍従武官が大音声で宣言した。


 裃を付けた侍や、タキシード姿の獣人、人間、エルフなど素明羅の貴族や豪商など、来賓の有力者達が一斉に振り返った。


 「おお、あれが皇国の救い手!」

 「主婦殿だ!」

 「あれが主婦様?」

 「救国の主婦!」

 「まるで少女の様に見えるな」

 「どこかの姫君の様じゃないか?」

 「何と、お美しい……」


 叙勲式の主賓の登場に、辺りがざわめき始めた。

 こんな形で注目を浴びることはほとんどないので、シノノメは真っ赤になった。

 「やっぱり派手だったかも……」

 「もう後悔してもどうにもなりません。悟りきって観念しましょう」

 グリシャムは仏像のように無表情になっていた。

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