第11話 3-3 合成人間カルカノス

 動物を合成したモンスターは、マグナスフィアの世界にたくさんいるので、決して珍しくない。

 キメラはヤギ、蛇、ライオンが合体しているし、コカトリスは鶏と蛇。アントライオンは蟻とライオンの合成獣だ。

 これらはダンジョンの奥や洞窟に住んでいて、クエストに出かければ一匹くらいは必ず出会うものだ。

 モンスターでなくとも、半魚人だって川に住んでいるし、海には人魚もいる。獣人は普通に街を歩いている。

 だが、どれもマグナ・スフィア開闢の昔から存在している種族であり、動物なのである。ゲーム設定とはいえ、きちんとした進化の系統樹があり、習性や性質もきちんと決まっており、それぞれの住処で生活している。


 しかし今、砂クジラを力任せに抑え込もうとしている魔獣はそうではなかった。

 蝦蛄シャコの右腕、蟹の左腕、蜘蛛の足。顔面はかろうじて人間だったが、顔の下半分は蟹のそれである。腹の部分は海老のようだった。

 甲殻類の体をバラバラにして、人間型に組み上げ、人間の頭を埋め込んだようで、デザインとして全く統一感がない。

 新しく生まれた――作られた生き物なのだ。バランスが悪く、原初的な――本能的な違和感、あるいは嫌悪感を感じさせる生物だった。


 「うわっ!何あれ!きもーい!蟹男?」

 シノノメが苦虫をかみつぶしたような表情になった。


 「主婦、俺のことを覚えているか?」

 「私の名前は、主婦じゃなくてシノノメだよ! あなたは蟹男?」


 「お前は相変わらずだなぁ」

 肩を震わせて笑っているらしいが、空気が抜けるような、それでいて口元の顎足がジャラジャラと動く不気味な呼気にしか聞こえない。

 「その細っこい喉を捩じり斬ってやったら、さぞかし楽しいだろうなぁ」


 「下品なうえに、悪趣味ね!モンスターは、友達リストに載っていないよ」

 「クククク、モンスターリストにも載っていないがな」


 その時、グリシャムの頭に稲妻のようにある考えが閃いた。

 「……もしかして、あなた、プレーヤーなの?」

 それはあまりにも突飛すぎる発想なので、グリシャム自身が半信半疑で口にした問だった。


 「俺の名前は、カルカノス。主婦はどうせ忘れているだろうがな」

 カルカノスと名乗った男は、蝦蛄の右腕‘捕脚ほきゃく’をゆっくり折りたたみ、砂クジラの頭に押し付けた。

 「しっかり捕まっておけよ」


 ドカン!

 蝦蛄の腕が急速に展開し、クジラの体に叩き付けられた。

 ハンマーのような形をした捕脚の先端の動きは、目で追うことができない。

 凄まじい衝撃で、山のような砂クジラの体が揺れた。

 実際の蝦蛄の捕脚の衝撃は、拳銃の弾丸に匹敵し、水槽を砕くという。3m近い蝦蛄の腕の衝撃は戦車の大砲にも匹敵する威力であった。


 「ボエー!!!!」

 砂クジラは苦しそうに体をよじり始めた。

 「タンゴ!大丈夫?」

 シノノメは慌てて声をかけたが、悲しそうな眼をしているのが見えた。


 「降りてこいよ。何度でも、こいつが死ぬまでやるぜ。別に口で飲み込もうとしてもかまわない。腹を食い破って出てきてやるよ」

 カルカノスは怨念のこもった目で主婦を睨んだ。


 「シノノメさん、これはおかしいです! キャラクターが自分で姿を変えるにしても、こんな異常なことはあり得ません!」

 グリシャムは思わぬ敵の姿に驚きながらも、冷静に分析していた。


 「ど、どういうこと?」

 シノノメは、タンゴを単なる召喚獣とは思っていない。可愛いペットであり大事な仲間だ。それにしても、こんな大きな動物を痛めつけることができる生物なんて、何者なのだろう。


 「だって、どう見てもあれは別の複数の生き物と人間を合成させてますよ!そんなことは、できるはずないんです。科学でも、例え魔法でも!」


 運営システム、マグナ・スフィアは本来惑星環境用シミュレーションである。

 進化の過程で非合理的な存在が生まれることはない。

 獣人たちやモンスターは、惑星マグナ・スフィアに元から存在している‘種’である。

 マグナ・スフィアの原初の海に発生したプランクトンが進化を重ね、この仮想惑星特有の進化を重ねて今の生態系を形作ったことになっている。

 現実世界の常識から見て非現実的であっても、そこにはれっきとした進化の系統樹があり、合理的で科学的なのだ。


 マグナ・スフィアには、プレーヤーの想像したものを現実化させるシステムがあるが、同時に厳しい制約がある。

 新しいアイテムや魔法などが世界観・この世界の法則に合致して存在させていいものかを審査されるのだ。

 この’仮想世界審査システム’サマエル・システムは、VRMMOゲーム・マグナ・スフィアの大きな特徴であり、中核をなしているシステムだ。

 この時、プレーヤーは想像の限りを問われることになる。

 

 例えばシノノメの魔法の多くはオリジナルであるが、それを発揮するためには何重もの厳しい審査、質問を潜り抜けなければならない。

 魔法の源は何か、それを発現させるために必要なものは何か、材料は、本人のレベルは……と。

 マグナ・スフィア最強のプレーヤーは、「最も想像力に長けた者」と言われるが、それはこのシステムの由縁でもある。

 

 「体を合成するって、どんな想像をしたんだろう?」

 シノノメはグリシャムに訊いた。

 「戦争で体の一部を失った戦士が、魔法で出来た精巧な義手をつける、という設定なら問題ないと思います。サマエル・システムはきっと承認してくれます」

 「治癒ヒールの魔法――本人の体の再生を拒否して、強い作り物を取り付けるってことだね?」

 「はい、でも他人や動物の体をプレーヤーの体にくっつけるなんて、できるはずないんです……普通なら」

 「どうして?」

 「だって、生き物には免疫系――‘拒絶反応’があるんですから!」


 「フフ、その通りだ。じゃあ、どうやったと思う?」

 グリシャムの言葉を聞きながら、カルカネスは不気味な呼気を発していた。


 「魔法で動物を体につなげるような設定? でも、それだと異種免疫に対する免疫抑制剤の投与とか、免疫システムの改変をしないといけないし……それじゃあほとんど、遺伝子操作だわ……」


 動物の体に、あるいはたとえ人間同士でも体がつなげられるはずがない。

 体の拒絶反応、免疫システムがある限り他人の体がプラモデルのように取り付けることなどありえない。

 もしするとすれば――生物学的なシステムを根底から書き換える精密な設定が必要なはずだ。


 「グリシャムちゃん、すごい知識だね」

 シノノメが素直に感心した。

 「私、現実世界リアルの仕事は薬剤師なので……」

 

 「そうか、流石だね。……だけどとりあえず、このままじゃタンゴが可哀そうだから引っ込めるよ」

 「タンゴ、お掃除終了!」

 シノノメがそう言うと、砂クジラはゆっくり砂の中に沈んでいった。

 

 二人の足が地面に着く。

 土はぬかるむと言うほどではなかったが、シノノメが呼んだ夕立の雨水を吸って、しっとりと踵が沈んだ。


 ゴブリンやオークはもう逃げ去って姿を消している。

 カルカノスとその後ろの正規軍がゆっくりと警戒しながらシノノメの方に間合いを詰めてくる。数万の軍靴と馬の蹄が土を踏みしめる音が、カルカノスの後方から徐々に近づいてきた。

 杖を握るグリシャムの手に、じっとりと汗がにじんだ。

 シノノメはすっくと地面に立ち、カルカネスと巨大なノルトランドの軍勢を見据えている。


 それにしても、カルカノスの姿は異様だった。複数の甲殻類を、全くルール無視で無理やり癒合させたような姿である。醜悪といってもいい。どれほど強力な体になれるとしても、このような姿になることを選ぶことには、彼のいびつな精神構造が透けて見えるようだった。


 「西のダンジョンでお前の電子レンジに巻き添えになった男など覚えてないだろう」

 カルカネスは巨体を動かし、ゆっくりとシノノメたちの方に近づいてきた。歩き方も異様で、人間の歩き方ではなく、複数の小さな脚になっている足首から先がもつれるように動いて体を動かしている。


 「電子レンジ? ああ、フーラ・ミクロオンデね。ごめん!」

 「それを恨んで? なんて執念深い! クエストで起こる事態の責任は、すべて自分にあるはずです。またリセットして挑戦すればいいじゃないですか」

 シノノメはケロリとしているが、グリシャムが抗議した。


 「ふふん、本当のことを言うと、そんなことはどうでもいいんだ。だが、俺は考えた。このゲームの中で、お前のように強くなれるのか? 主婦という設定は何だ? お前がバカみたいに強いから、皆何も言わないが、チートじゃないのか?」


 この言葉を聞いてノルトランド正規軍の兵士プレーヤーたちがざわめいた。

 カルカノスの言葉に少なからず同意するプレーヤーがいるのだ。彼らの多くは真面目に剣士、騎士として最強を目指し、軍事国家に籍を置く者たちである。主婦が最強なんて、内心納得できないのだ。


 「えー! だって、‘株で二億円稼ぐ主婦’とかいるじゃない。あれはどう見ても投資家でしょ。魔法と剣がめちゃくちゃ強い主婦がいたらいけないの?」

 「……論点は微妙にずれてますが、言われてみれば間違いではありませんね」

 シノノメの無邪気とも言える言葉に、グリシャムが少し考え込んだ。


 「大体みんな、努力が足りないよ! 南の平原のウォルパーティンガー(お化けウサギ)退治五千匹とか、お化け鮫五百匹とか、地味なクエストをこなして一生懸命真面目に経験値を上げなきゃ!」

 「それ、確かにすごいと思います」


 どちらも初心者のレベル上げ用モンスターだが、シノノメの言っている数は常識外れだった。だが、正論には違いない。


 「ふふん、努力が大事という意見には俺も同意だ。俺も痛みに耐えたからな。体を改造するために、必死の努力をしたんだ。今も、特殊ポーションと言う名前の免疫抑制剤を大量に飲んでるぜ。」

 カルカノスは激しく顎脚を動かした。笑っているらしい。


 「免疫抑制剤ですって……?」

 グリシャムが眉をひそめた。


 カルカノスは所謂獣人ではない。

 もともと普通の人間型のプレーヤーだった。

 彼は、強くなるために特別な肉体の強化方法を開発したのだ。

 ユーラネシアの辺境に住む、甲殻系の動物つまり巨大な蟹やエビ、蝦蛄、そして甲虫、硬皮を持ったドラゴンなどを倒し、その装甲を生きた甲冑として錬成する方法を作り出した。

 この甲冑は、つける者の神経細胞と融合して、生着する。つまり、バイオ装甲を持ったサイボーグになるようなものだ。その手術を行うための悪魔や魔道士も設定した。

 そして、当然他の動物の細胞なので、拒絶反応が出る。

 大量の薬物を投与する設定にした。

 薬物の分子構造はコンピュータで設計できる。薬理学者である彼には十分な知識があったのだ。

 それを使って拒絶反応を抑制することにより、他の魔獣の体を自分のものにする。

 複雑怪奇、莫大な設計と発想の塊である。

 その、執念ともいえる設定がサマエル・システムの了承を受けたのだった。


 「それって……凄まじい苦痛を伴う方法ではないでしょうか。副作用もあるでしょうし」

 グリシャムの顔が青ざめる。彼女は病院で免疫抑制剤の副作用に苦しむ患者を見たことがある。腎機能障害や、重症の肺炎などだ。いくら仮想現実の世界とはいえ、まともな方法とは思えなかった。

 「ふつうの細胞移植だって、滅菌飼育の遺伝子操作動物を使うのに……」

 

 豚は特に臓器の構造が近い。 

 滅菌した環境で育てた遺伝子操作豚を使い、人間に近い臓器や細胞を作らせて移植する方法は確かにある。しかし、免疫の問題が大きいのでできるだけ本人の細胞を採取して自家組織を培養することが推奨されている。

 動物を使うのは、よほど臓器の損傷が激しいか、患者の様態が悪く万能細胞を作る時間が足りない場合だけである。

 iPS細胞などの万能幹細胞を合成して目的の臓器を組み立てるまで、現在――二千五十年――でも、一か月以上はかかるのである。これでも、二千十年代に細胞株の作製だけで二か月かかっていたころに比べると格段の進歩なのだ。


 「ああ、俺の場合は特に痛みが強い。体中がちぎれるような痛みに襲われるよ。VRMMOマシンの感覚キャンセラライザーが効く限界を超えてる。だから、いつもすべてが憎らしくてたまらないね。だが、最高だろう? 何たってレベル85だぜ? ちまちまクエストに参加してポイントを稼ぐよりも、ずっと素晴らしいと思わないか?」

 カルカノスは口から青紫色の体液にまみれた泡を吹いた。泡が甲殻質の胸を伝って、腹に垂れていく。 


 「不気味だわ……いったい何のためにそこまでするの? もう、ゲームを楽しむっていうレベルじゃないわ……」

 グリシャムの顔が嫌悪感で歪む。

 「うえーっ! 気持ち悪いね!」

 シノノメもグリシャムの言葉に相槌を打った。

 「でも、エビとかカニの甲羅に含まれているキチン質って体にいいんだよね。人工皮膚とかにも使うんでしょ? ここに来る前に、ミーアさんが今回の戦争には、製薬会社がスポンサーになっているかもしれないって言っていたよ。」


 「それだっ! そういうことですよ、この人たち、製薬シミュレーションをこの世界でする気なんだ! 薬のシミュレーションってものすごいお金と時間がかかるんです! ……そうか、現実世界で、創薬の特許で利権を上げるっていう目的があるのね!」


 シノノメに全くその気はなかったが、どうやら核心をついていたらしい。カルカノスはしばらくの間口をつぐんだ。

 その代り再び蝦蛄の腕を折りたたむ。


 「返答はこれだ!」

 カルカノスは一気に間合いを詰め、右腕を振りかぶってシノノメに叩き付けた。

 キン! 

 柔らかい人間の体が叩き潰される音の代わりに、巨大な物体が極めて硬い物体に激突する音が響いた。

 鉄琴を打ち鳴らすような音である。


 「鍋蓋シールド!」

 シノノメの声とともに瞬時に魔法防御が展開したのだ。冗談のような鍋蓋型の魔方陣はカルカネスの攻撃を受け止めたが、大気を揺らした衝撃波でシノノメの小さな体は弾き飛ばされた。

 すかさずカルカノスは空中のシノノメを追った。

 純粋に物理的な力であり、言ってみれば‘殴るだけ’である。魔法も体力も蓄積する時間は何も必要がない。

 カルカノスの攻撃はほとんど無尽蔵の連射が可能なのだ。


 シノノメはくるりと体を丸め、数センチで攻撃をかわし、さらに後方に一回転して砂の上に着陸した。距離を取って魔包丁を構える。


 「俺に言わせれば、お前たちの考え方が全く理解できない。これだけ高度なコンピュータ・シミュレーションシステムを、ただのゲーム遊びに使うことが無意味だと思わないのか? 使い方によっては莫大な利益を生むとは考えないのか?」


 カルカノスは話しながらも、左腕の蟹の鉤爪を振ってきた。おそらく、人間の兵士の頭くらいなら一撃で粉々になってしまうだろう。だが、シノノメは包丁の峰の部分で衝撃を受け流していた。


 「さすがに甲羅には傷一つつかないね!」

 「ふん、このサイズの甲殻類に通常の刃物が通るかよ。」

 そうカルカノスが言った瞬間、蟹のハサミがバラバラになった。

 地面に甲殻の腕が、ハサミの上あごと下あご部分がそれぞれの’切り身’に分割されて転がる。

 青紫色の血液が吹き零れ、カルカノスは絶叫した。


 「ぎゃああああああ!」


 「だから、甲羅の隙間に刃を入れてみました」

 涼しい顔でシノノメは解説し、包丁を一振りして刀身についたカニ(?)の切り身を地面に捨てた。


 「ぐわあああああ、ああああああ!」

 だが、カルカノスの様子が変だった。切断された腕の断端を地面に擦り付け、右手でかきむしるようにしてもがき続けている。


 「え! そんなに痛いの!?」

 これには、斬ったシノノメの方の頬が青ざめていた。 

 異様だった。

 例えプレーヤー同士で決闘をしても、こんなに痛がるなんて見たことがない。

 体に受けたダメージはきちんとキャンセラライザーが働くはずだ。キャラクターの状態でこれだけの苦痛なら、今現実世界にいる本体は、それこそ発狂するほどの苦痛を味わっていることになる。


 「ぐうう、ふうふう……いいんだぜ、また電子レンジで丸焼けにしろよ。ひどい苦痛なんだろうな。それでも何度でもまた同じように復活してやるぜ」

 カルカノスは顎脚に囲まれた口から泡を吹きながら言った。

 自分がこんなに簡単に斬られてしまうなど、全く予想していなかったのだろう。今までほとんどの敵を圧倒的な力で一蹴してきたに違いない。

 体液にまみれてシノノメを睨み、呪いの言葉を口にする姿はすさまじく醜悪だった。


 シノノメは逡巡していた。

 フーラ・ミクロオンデは基本的に洞窟などの閉鎖空間でなければ使えない。

 ノンフライヤーを使うという手もある。しかし、現実世界のカルカノスに想像しがたい苦痛を与えることになってしまうだろう。


 「こんなの、ファンタジーじゃない!」

 シノノメは叫んだ。それは、カルカノスに対してだけではなく、今回軍事行動を起こしたノルトランド全軍に対する言葉だったかもしれない。


 「そうだ、今頃分かったかよ。 俺たちは、腐った現実世界をこの世界に再現するのさ。それが、デミウルゴスの理想だ!」


 「デミグラスソース?」

 シノノメは突然カルカネスが口にした謎の言葉に、目を瞬かせた。


 「もう、お前の天然ボケにも笑えねえ。やれ、殺せよ!」

 カルカノスが再び絶叫する。

 もう一度蝦蛄の腕を折りたたみ、力任せにシノノメに向かって振り降ろそうとしてきた。


 「冷蔵庫急速冷凍コンジェラトゥール・スルジュレ!」

 シノノメは、右手の親指と中指で輪を作り、叫んだ。

 木枯らしのような高い音が、砂漠の空気を切り裂いて発生する。

 

 「れ、冷気……?」

 突然シノノメを中心に発生した冷たい風に、グリシャムは身震いした。


 「何だこれは? 何をする気だ!?」

 カルカノスが腕を止め、身をよじらせた。体がうまく動かないのだ。


 雪の結晶が砂漠を舞う。

 突然現れた吹雪、いや、氷の竜巻がカルカノスを包んだ。

 周囲の空気が急速に冷却され、カルカノスの体は下から氷結し始めた。

 甲殻の脚に、腹に、胸に、霜が降り始める。

 蝦蛄の腕は振り上げたまま凍結した。


 「ち……畜生!」

 そしてついに、あきらめたような小さな憎悪のつぶやきを残し、カルカノスはその甲殻の瞼を安らかに閉じて眠るように意識を失った。 

 

 やがて砂漠の雪は降りやみ、一体の異形の氷像がそこに残された。

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