夜の友達
夏休みの間、夜はほぼ毎日、空き地で詩音と三海と会っていた。会わないのは夜の父親が休みのときくらいで、それ以外は極力外にいるようにしている。そうしないと母親がずっと夜のそばにいて邪魔だからだ。やれ、宿題は予習はお友達は手伝いは趣味は……挙げだしたらきりがない。
「本当に、ぼくをなんだと思ってんだろ」
「どうしたの夜」
「なんでもないよ」
夜の独り言に隣りに座る三海が首を傾げる。しかし家のことを話したくない夜は首を振った。せっかく友達とのんびり過ごしているのに、つまらない話などしたくない。
「そっか」
「ね――かまきり!!」
三海が何か言いたげにでもなにも言わずに目を伏せると、空き地の反対側で詩音が手を振った。
手には捕まえられたらしいカマキリがいる。夜が呆れた風に笑って、三海も笑顔になる。
「このかまきりはオスかな、メスかな」
「離してやれよ」
「ええ、もったいない」
「かわいそうだろ」
「そうかなあ。ま、持っててもしょうがないか」
少し悩んでから詩音はかまきりをもとの草むらに戻す。生い茂る草と重なって、かまきりはすぐに見えなくなった。
それを見送ってから、詩音は三海の隣に座る。
「今日も暑いねえ」
「そだね。もうずっと暑いってさ」
「そっか。でも詩音は暑いの好きだから嬉しいや」
「わたしは苦手だなあ」
夜はそんな二人を横目に草むらを眺める。さきほどまで頭のなかであれこれ騒いでいた母親は既になりをひそめていて、夜を苛むことはない。耳に入るのはセミの音と詩音と三海のたわいない話し声だけだ。
そういう夏休みが夜は気に入っていたし、友達っていいなと思う。
夏休みが始まったばかりの頃は、家でずっとうんざりしていた。でも少しして詩音が町にやってきて、三海とも会うようになって生活が変わった。三人で過ごす夏がとても大切なものだと夜は噛み締めている。
だからこそ、夏が終わる前にもう少しなにかをしたかった。できることならば夏の終わりと同時にどこかに行ってしまいたかった。
それが無理だとわかってはいても、そう願わずにはいられなかった。
「夜!」
「うん?」
「今度三人で海行こ!」
「海?」
「町から近いんだよね?」
「どうだったかな」
夜は首を傾げる。たしか歩いていけない距離ではないが、それなりに遠かったようにも思う。最後に行ったのがいつだったかはもう思い出せない。
「そんなに近くはないんじゃないかな」
「夜と三海とどこか行きたいの! 三海は行くって」
「そうなの?」
「泳ぐのは無理だけど、散歩ぐらいならいいかなって」
「う――ん。三海も行くなら行こうかなあ」
「やった!」
両手を挙げる詩音に、ホッとした顔をする三海。きっと母親に言うと許しは得られないだろうから、言わないことにする夜だった。
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