詩音の家族

 夜と三海と海に行く約束をした詩音は嬉しくてはしゃいでいた。その後に三海が発言するまでは。

「あ……、そろそろわたし帰らないと」

「え」

「夜と詩音も時間、大丈夫?」

「そろそろ帰ったほうがいいかも」

「え」

 三海と夜が帰り支度を始める。詩音の表情はこわばっていた。

「詩音はまだ大丈夫だから、もうちょっと遊ぼうよ」

「う――ん。お母さんが心配するから」

「ぼくの家はうるさいから」

 それぞれ帰らねばならない事情がある。それでも詩音は粘ったが、二人を引き止めることはできなかった。仕方なく詩音も夜と三海を見送って帰宅する。

「帰りたくないなあ」

 詩音は一人で祖母の家を見上げた。

 そもそもこの家は詩音の家ではなく祖母の家だし、祖母は詩音にあまり興味を示さない。一応食事は用意してくれるが、それ以外のことは自分でする必要がある。

 ため息を付きながら詩音は家のドアを開けた。

「ただいま」

 返事はない。祖母は入浴中のようだ。詩音は静かに二階の自室まで歩く。なんとか自室のベッドまでたどり着いて倒れ込んだ。

 また明日になったら夜と三海と会える。でもその明日までの時間が長い。なによりいつまでも明日が来るわけではない。夏休みは既に半分を切っているのである。

 詩音は泣きそうな顔でカレンダーを見るが、日付は詩音の知っているとおりで早くも遅くもない。

 夏が終わったら、詩音は実家に帰らなくてはいけなかった。大嫌いな実家に。

 詩音の両親は健在だが普段は殆ど顔を合わせない。二人とも仕事が忙しく子供に興味が無いのだ。だとしたら何故に子供を作ったのか。その疑問を詩音はまだ両親にぶつけられていなかった。

 また詩音には二人の姉がいるが、そのどちらも塾通いが忙しく詩音と顔を合わせることは少ない。誰も面倒を見られないということで長期休暇の度に詩音は田舎の祖母に預けられていた。

 おそらく中学生になったら詩音も塾に通うことになり、同時に長期休暇にこの町に来ることはなくなる。だから詩音が夜と三海と会えるのはあと数えるほどしかないのだ。少しでも多く、少しでも長く詩音は二人と過ごしたかった。

 しかしそのことを詩音は夜にも三海にも言えていない。言わなくてはいけないと思いつつも、二人の反応が怖くて聞けずにいた。

「明日こそは言おう」

 そうつぶやいて、詩音はまぶたを閉じた。きっと明日も言えないだろうという予測はもはや確信に近かった。

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