詩音の楽しみ

 矢先詩音が空き地に行くと、友達の佐々木夜が土管に寄りかかって寝ていた。全く不用心だと思いながら、詩音は夜の横に座る。

 詩音はこの町の人間ではない。祖母が町に住んでいて、夏休みなどの長期休暇の間だけ預けられるのだ。だからそんなに多くの友だちがいるわけではない。具体的にはここで寝ている佐々木夜ともう一人しかいない。

 それで詩音には十分だった。この町にいられる時間は短いから、その分深くて濃密な付き合いをしていたかった。

「夜――」

 夜に声をかけるが、彼はぐっすり眠っていて目を覚ます気配がない。そんなに疲れているのだろうか。夜は小学五年生男子の割に活発さが少ない。大人しいというか、地味というか。疲れて寝てしまうほどはしゃいだり遊んだりするタイプではないのだ。

「夜!!」

 ゆさゆさと詩音は夜の体を揺する。

「~~~~」

「起きた!?」

「なん、だ」

「起きてよ! 詩音だよ!」

 まだ寝ぼけている夜に詩音は声をかける。しばらく続けていると、夜はあくびをしながらも詩音がいることに気がついたのかむにゃむにゃと挨拶のようなことを口にした。

「夜ってばなんでこんなところで寝てたの」

「知らない。ここでぼんやりしてたら寝てた」

「不用心だなあ」

「そうだな」

「見つけたのが詩音だったから良かったようなものの」

「そうだな」

「気をつけてよ? ほんと」

 夜は返事代わりにふわふわとあくびをする。本当にわかっているのかいないのか詩音は困ったような顔で夜を眺める。

「なんかあった?」

「え? なんも?」

 唐突な夜の問いかけに詩音は目を丸くする。

「なんかあったから起こしたんじゃないの」

「ううん。詩音が暇だったから起こした」

「……そう」

 夜がため息を漏らした。多少むっとする詩音だが追求はしない。きっと夜は夜なりに疲れていたのだろう。起こして悪かったかなと思わなくはないが、それでも夜と話したいこと、やりたいことがたくさんあるのだ。

 わずかに眠そうにぼんやりする夜に構わず、詩音はあれやこれやと話し始めた。

 昨日見たテレビについて。祖母に教わった料理や掃除の仕方について。この町に本屋がなくて不便なことについて。

 詩音が町についての不満を話すと、夜は大きく頷いて同意してくれる。夜はこの町が嫌いだけど、なかなか他に同じ思いの子供が少ないからだろう。みんなここしか知らないから、それが普通だと思っているのだ。

「そういえば夜はこの町から出たことないよね」

「ない。出たい」

「じゃあなんでこの町と他の町の違いを知っているの?」

「パソコンで見た」

 テレビじゃないところが夜らしいと思う。賑やかなのを好まない夜だから、きっと家では一人黙々とパソコンをいじっているのだろう。そしてインターネットで情報を収集して憧れをつのらせている。

 本当は詩音が夜に違う場所を教えてあげたかった。でも子供だからできない。

 そう、矢先詩音は小学五年生の子供に過ぎなかった。

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