夏夜

水谷なっぱ

夜の憂鬱

 佐々木夜は空き地に放置されているタイヤの上に座って空を見上げた。薄く青い空は一応晴れていて明るい。彼はそんな色の空の下で十年間過ごしていたし、それはそういうものだと思っている。

 夜の住む町はいわゆるベッドタウンで住宅街と商店街と学校と、あとは今夜のいるような空き地。それくらいしかない、彼に言わせれば何もない町だった。かといって何かある町、というのがどういうものか夜にはわからない。それでもなにか、なにか目新しくてワクワクするようなことを十歳の夜は探していたし、求めていた。


 ずっとなにかを探している。

 でもそれが何かはわからない。

 近くにあるような気がする。

 ずっと遠くにあるような気がする。

 届くだろうか。

 間に合うだろうか。

 手遅れだったとしても僕は。


「は――」

 気がついたら空に手を伸ばしていた。もちろん何にも届かないし掴めない。

 薄青い空なのに日差しだけはやけに強くて夜の肌をじりじりと焼いていく。帰ったら濡らしたタオルで冷やさないと夜に痛くなってしまうだろう。女の子みたいだな、と夜は思う。そんな肌の弱さは母親のせいだと夜は決め付けていた。

 夜の母親は過保護で、彼を溺愛している。高齢で生まれた一人っ子だから仕方のないことだとわかっている。それでも十歳の夜には煩わしい。いろいろと一人でやってみたい年頃なのに、あれやこれやと口や手を出してきては邪魔をする。

「ねえ、お父さん。どうしてお母さんはなんでも反対するの?」

「夜を危険な目にあわせたくないんだろうな」

「でも自分でやらなくちゃ身につかないよ」

「それ、母さんに言ったのか」

「言ったよ。でも安全な道を歩けば安全なことだけを身につけられるって」

「過保護だなあ」

「過保護だよ」

 そんな会話を父親としたことを思い出す。父親は呆れた風だった。それが母親と夜とどちらに対してだかはわからないけど、父さんから母さんになにか言ってくれたらいいなと思う。夜の言うことなど、母親は聞きはしないのだ。

 とはいえ父親もいつも家にいるわけではない。当然仕事に行っているのだから、夜や母親のことを知るのは夜間か休みの日だけなのだ。でももう少し母親についてなんとかしてほしい。そう何度となく頼み込んでいるし、実際に父親から母親に何かを言っている風ではあるが母親は変わらないのだ。

 こういう何にもない町にいるのがいけないんだと夜は思う。他に興味を惹かれるものや友達がいないから夜ばかりに構うのだ。

 引っ越しをしたいということも父親に伝えてはいるが、こちらは仕事の関係で難しいらしい。小学五年生の夜にはどうにもできないことだった。

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