僕の話 第14話

 はっと目が覚めた。周囲を見るとそこはいつもと変わらない僕の部屋だ。

「朝ごはんできたって言ってるでしょ」

 部屋の外で大きな声がする。

「早く食べないと洗い物が済ませられないじゃない」

 あの夢は何だったんだろうか。ぶるりと身震いして考える。夢は無意識の願望を示していると聞いたことがある。だとしたら僕は、無意識に死を求めているのだろうか。死を望むほど追い詰められてもいないし、落ち込んでもいない。それ以外に死を願うとしたら何があるだろうか。

「何この布団の濡れ方」

 いつの間にか姉が部屋に入ってきた。そして僕のベットを見て驚嘆きょうたんする。

「あんたまさか高校生にもなっておねしょしたの」

「まさか」と僕は笑った。

「なら布団のこの濡れ具合どう説明するの」

 起き上がって見ると確かに布団はびっしょりと濡れていた。

「高校生にもなってまだおねしょする弟なんて私嫌よ」

 軽蔑するような表情をしたかったのだろうが、口角が少し上がっているのが分かる。内心ではこの状況を面白がっているのだろう。姉の本質は加虐性にある。

「上半身までびっしょり濡れてるじゃないか。漏らしたんだったら下半身だけが濡れるはずだろう」

「おねしょがバレないように上半身にもしたんじゃないの」

 そんなことしたら阿呆の極地じゃないか。とても正気の沙汰とは思えない。

「恥の上塗りじゃないか」

「この場合尿の上塗りね」

 上手いことを言ったつもりなのか自慢気な顔を覗かせる。

「一人でこれだけ漏らせるとしたら人の枠を超えてるよ。大腸が全部 膀胱ぼうこうじゃないと出来ない量だ」

「私の弟が膀胱の化物だったか、もしくは漏らした後に水を汲んできてこぼしたとか。完璧な犯行、私でなきゃ見逃しちゃうね」

 間違った推理を勝ち誇ったような顔で披露ひろうする。

「見逃すというより見当違い何だけど」

「誰が何と言おうと、犯人は発馬はつま、あなたよ」ずばっと僕を指さして言う。

「誰も何も言わないよ」

 姉の残念な推理力に肩を落とした。

「高校生になった弟がおねしょをしたと本気で信じているの」

「誠に遺憾いかんながらね」

 これ以上何を言っても無駄だろう。僕は姉の説得を諦めた。

「とりあえず、お父さんとお母さんには報告しとくから」

「ちょっと待って」

「Pee《ピー》マンも早くそれ片付けて、ご飯食べに降りてきなよ」

 姉は手をヒラヒラさせながら悠々と部屋を後にする。

「そのピーはもしかしておしっこのピーか」

 その問いかけに返事はない。もう一度びっしょり濡れた布団へ視線を落とす。

「これどうするんだ」

 今、心から死を望んだ。

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