僕の話 第13話
その夜はとても寝苦しく、やけにはっきりとした夢を見た。ひどく暗い空間に僕は一人ぽつんと立っていた。下半身は水に浸かっていて、皮膚に水が触れる感触がある。しかし、その水からは冷たさも暖かみも感じなかった。しばらくその場所で周囲を見渡していたけれど、先には闇が広がるばかりで何かがある気配も起こる気配もない。
とにかく先に進むしかない。僕は一歩を踏み出した。
景色が変わらないと方向感覚も距離感も掴めない。自分が本当に真っ直ぐ前に進めているのか、疑うたびに足が止まり、後ろを振り返った。
また、幼い頃に迷子になった時の記憶が蘇る。しかし、あの時と違い、隣には誰もいない。ぎゅっと足に力を入れてばしゃばしゃと足を進めた。
どれだけ歩いても景色は一向に変わらない。一切の光が閉ざされたこの空間、この水の中に僕は一人だった。
もしかしたらここは死後の世界なのかもしれないなとネガティブに考える。死はこの世からあの世への転居にすぎない、ようはただの引っ越しだ。海尊はそう言った。
しかし、死を股にかけた引っ越しがあるはずもない。海尊でも間違うことがあるのか。人の世が住みにくいからといって越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。
しかすると、ここは三途の川だろうか。川にしてはまるで流れがない。手で水をかいてみても小波が出来るだけでそれもすぐに消えた。バシャリと水の跳ねる音がする。
振り返るとそこには一人の女性がいた。綺麗な黄金色をした髪はとても長く、半分以上は水面に浮いている。ブルーの瞳に透き通るように白い肌。
その整った顔には人を惹きつける何かが感じられた。光が存在しない世界で彼女だけはくっきりとうつった。上半身裸の彼女に不思議と性欲は湧き上がらない。美しい裸体だと思ったけれど、それは性というよりは芸術的な感想だった。
死んだことで欲望から解放されたのだろうか。もしかしたら僕は今悟りの極地にいるのかもしれない。労せず
彼女が何か言っている。必死に訴えかけていることは分かる。けれど、僕には彼女の声が全く聞こえなかった。無声映画でも見ているようだ。
彼女は突然僕の手を掴んだ。その白くか細い腕からは考えられないほどの強い力で僕を水の中へ引き込む。あまりに突拍子もない出来事に抗うこともできない。
全身が水に浸かる。我先にと水が口の中へ流れ込んでくる。空気を求めてもがいても体はどんどん沈んでいく。浮上する前に彼女を振りほどかなくてはと、水中で目を開けるとそこには誰もいない。けれど、僕の腕は水底へとぐいぐい引っ張られた。
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