くすりを飲む男

 不規則に見える規則的な折り方をした薄紙の中に、小さじ一杯程の白い粉が包まれている。

 男は中身がこぼれ出ないように、慎重な手つきでカサリと紙を開いて粉をガラスのコップの中へ落とし入れた。

 そうしておいてコップの八分目くらいまで水を注ぎ入れると、コップの底にいじらしく積もっていた粉が溶けずにクルリとコップ中を舞った。


 チラチラと舞う粉の一粒一粒をジックリと眺める。

 始めはまるで自由に飛び回っているかのように漂う粉だったのだけれど、次第にフラフラとコップの底に向かい始めた。

 極めて小さい粒であってもやはり重力には逆らえないものか。

 まだまだ元気に漂う粉もあった。しかし次第に元気が霞んでいき、同じく底へと沈んでいった。


 男はふと、この粉の一粒一粒は、コップに落とし入れたときよりも一回り大きくなっているような気がしてきた。小さすぎて目で見てわかるものではないのだけれど、突然そんな気がしてきたのだ。

 水に浸かった米粒がふやけて膨らむように、もしやこの粉の一粒一粒もふやけ、膨らんでいやしないか。


 さらに、男は急に、なんだかこの粉の正体が小さな虫が産んだ卵を乾燥させたもののような気がしてきた。

 小さな生き物の中には、水気がなくカラカラに乾いてしまっても平気で生きていて、水に浸かればまた元気に動き出すやつもいるというじゃないか。

 そういった性質をもった虫の卵で、もしや水の中に入れたが為に、今になって卵から元気に孵りだしてやいないか。

 じっと目を凝らしてまた底に積もりだした粉を眺めていると、なんだか粉がピクピク動いているような気もしてきた。

 ホラ見ろ。やはり卵から孵っている。

 間違ってこれを水ごと飲んてしまったら、体内の食い物を餌にドンドン成長して、いつしか胃や腸を内側から食い破ってしまうかもしれない。

 男はへその凹みからジュルジュルと外に這い出してくる虫を想像して恐ろしくなり、ゴクリと唾を飲んだ。


 ああ、嫌だ。恐ろしい……。


「◯◯さーん、薬はもう飲みましたかー?」

 突然の声に男がビクリと振り向くと、清潔そうな身なりをした女性が男の様子を伺っていた。

「あら、まだ飲んでいないじゃないですか」

 女性はそういってコップを確認すると、早く飲めといった調子で促した。


 男はブルブルと首を横に振ってはみたものの、ついには押し負けて、薬を飲んだ。

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