雨に溶ける

 十月も半ばを過ぎたと言うのに、絡みつくような生温い湿気が首筋や背中にはりついて心地が悪い。埃や散乱するゴミの臭い、体臭なんてものが混ざりあい、得も言われぬ不愉快さが息子の部屋には漂っていて、ワタシは耐えられなくなって部屋の窓を開けた。


 外は雨が降っている。雨粒は風に舞い、上から下へだけではなく、まるで自由に飛び回っている。窓を開けるやいなや、すぐに顔や手がジットリと濡れた。


 ワタシはおもむろに汚れた両手を前に突き出し、飛び回る雨に触れた。ジワリジワリと手に付いた汚れが雨に溶け、色の付いた雫が落ちた。

 そうしているとまるでワタシの手も雨に溶けてしまうかのような気がする。手だけじゃなく顔や首から垂れる雨粒も、もしやワタシの肌を溶かし、色をつけながら垂れているのではないか。そんな気がしてくる。


 このまま溶けて無くなってしまえば憂鬱な未来を気にしなくても良くなるのに。

 背後の惨状を思い、それをきにしないように、心を紛らわすように、ワタシは雨と戯れ続けた。


 いつまでそうしていただろうか。

 びしょ濡れになってすっかり体が冷えてしまった頃になって、遠くからサイレンの音が近づいてきた。

 よく見ると向かいにある住宅の窓からチラリチラリと住民がこちらを覗いていて、どうやらワタシの様子を見て通報したらしい事にその時気付いた。


 わざわざ通報してくれなくても逃げも隠れもせず自分から知らせたのに。とにかくワタシは濡れたままというのもなんだか悪い気がして、着替える事にした。


 サイレンはもうすぐそこまで近づいている。

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