ジグザグ
山の急な斜面を削りもせずそのままアスファルトで固め、無理矢理いくつもの家をひっつけたような住宅地に、今年小学六年生になったノボルは、二年前から父と妹と三人で暮らしていた。
坂の半ばにある自宅の窓から外を眺めると、下から上まで、一直線に伸びた長い坂道がよく見える。
歩くと毎日山登りをしているような心境になってしまう為か、この坂道周辺の住民はよく車に乗る。
ノボルが窓から見ていた数分の間にも、既に十数台の車が、グオウと苦しそうに唸りながら坂を上がったり、まるで転がり落ちるように坂を下ったりしていた。
「エッチラ……、オッチラ……」
勇敢にもこの坂道を、重たい買い物袋をぶら下げながら上ってくる女の人がいて、ノボルはその人の歩調に合わせてブツブツと呟いた。
坂の上に住んでいる人だろうか、歯を食いしばって凄まじい表情をしながら一歩一歩と足を進めるその姿がなんだか可笑しい。
普段は車で移動しているけれど何かしらの理由があって今日は徒歩なのかな。歩き慣れていない様子を見てノボルはそんな事を考えていた。
ノボルもここに引っ越してきた当初はこの坂に参ったものだけれど、今では坂の始めから自宅までくらいなら自転車の立ちこぎで上ってくるくらいにはコツを掴んでいる。坂の上の友達の家まではさすがに行けないけれど、それでもジグザグと坂を斜めに進めば意外と頑張れる。
真っ正直に坂と向かい合っては疲れてしまう。多少歩く時間が増えようとも負担を減らして歩を進めればいつかは坂の上に辿り着くのだ。
ふとノボルは母が死んだ頃の父の言葉を思い出した。
「母ちゃんがいなくて辛いかもしれんけど、ワシはいっぱいお前らを笑かしてやるからなあ。笑って、笑かして、生きてやるからなあ」
その言葉通り、父はいつも休日にはノボルと妹を楽しい場所に連れていってくれて、たくさん笑かしてくれた。
母がいなくなった事は悲しかったけれど、まるでその悲しさの中をジグザグとゆっくり進むように、ノボルたちは暮らした。
部屋の奥から妹がやってきて、ノボルと一緒になって窓の外を見た。
「父ちゃん、もう帰ってくるう?」
妹の言葉と同時に、坂の始まりに作業着を着た父の姿が見えた。
ノボルはなんだか嬉しくなって、坂を上ってくる父の姿を満足がいくまで眺めた。
父はジグザクと坂を上っていた。
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