時をかける探偵少女
「警部、休暇は如何でしたか」
「お、笹垣か、いやあ、良かったよ。久しぶりに夫婦水入らずで過ごせた。時間があればたっぷりと話したいところだよ」
新海が機嫌よく返すと、笹垣はもうお腹がいっぱいだという様子で、
「いえ、結構です。しかし、疲れが取れたようで何よりです」と言った。
「そうだな。いない間迷惑をかけたな。ありがとう」
「警部一人いなくなったところで特に問題はありませんでした。むしろ警部が居なくなっただけで立ち行かなくなる組織の方が問題があると思いますが」
そうきっぱりと笹垣が答えた。それに新海警部はそれは確かにそうだ、と思い、無言で頷いた。
「警部、探偵の方をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
そう言って新海は笹垣巡査部長を労うと、連れてこられた人物の方を見た。
そこには美少女が居た。どこかのお嬢様学校のものと思われる上品な感じのするセーラー服に日本人形のような美しい顔立ちをしている。長い髪は赤いゴムによってツインテールにまとめられてる。そして、一番印象深かったのは、隙を見せまいとしている強気な目をしていたことだった。
探偵という資格に年齢制限などは無い。幽霊やロボットが探偵をやっているのだ。そんな規制があるはずはないと考えるのは当然である。仕事のできる時間については制限のあるものの、年齢は関係なく、事件捜査の間は探偵として扱われる。中には小学生探偵なるものがいて、身体は子供、頭脳は大人、という言葉を地で言っているらしい。未だに新海はそんな人間には遭ったことなどないが、夢のある話だ、とそのような話を聞くたびに思う。
新海はそのように考えてから、目の前にいる美少女探偵に対して話しかけた。
「初めまして、私は今回の件を統括する、新海と言います。よろしく」
「ええ、警部。よろしくね」
「あの、君の名前は?」
「? ああ、ごめんなさい。もう名乗ったと思っていたから忘れていたわ。私の名前は
なんだか奇妙な感じを警部は覚えながらも、顔合わせが済んだので、その場は一旦解散となった。
*****
今回の事件はまだ事件とはまだ呼べないものだった。何しろまだ事件が起きていないのだから。
怪盗ブラックを名乗る人物から博物館に対して予告状が届いたのだ。
この怪盗ブラックは国を超えて盗みを働き、そのどれもが国宝級のものだったりと、最近世間を騒がせている人物なのだ。
予告状でブラックが盗むと宣言したのは博物館に展示されている時計だった。この時計、ただの時計ではなく、四方に文字盤が付いており、そのどの表示が違う。動力が歯車だけでできたその時計は日本の技術の発展を象徴するものとして非常に重要なものなのだ。それを盗むなんてとんでもない、盗まれる前に捕まえなければ、という事でこの新海たちにお呼びがかかったのである。
新海としては、勝手に盗んでくれ、と思っていた。そもそも、こんな七面倒くさい予告なんてしていないでさっさと盗んでしまえばいいのに、とも。怪盗の美学という事だろうか、本当に面倒くさいことだ、そう新海は考えていた。
対して、このような時計のことに詳しかったりするのだろうか、笹垣は新海とは正反対にやる気に満ちていた。
「警部、我々は今回とても運がいいですよ」
「急にどうしたんだ、笹垣。こんなちんけな泥棒の盗難の警備に回されるなんて、運が悪いとしか言いようがないだろう」
「警部、そんなことを言ってはダメですよ。特に、こんな誰が聞いているかわからないところで。運がいいと言ったのは警備のことじゃなくて彼女のことについてですよ」
口調は落ち着いているが珍しく楽しそうにしている笹垣がそう言って、同じく警備に駆り出されている時任を指した。
「彼女、探偵の界隈では結構有名でして、なんと、事件を未然に防ぐことが出来るみたいなんです。今まで彼女が担当した事件は確認してみたんですが、実際、すべて事件が起こる前に犯人を捕まえていました」
「確かに、それはすごいな、未来予知でも持っているのか」
「いいえ、本人によるとタイムリープができるんだとか」
「それはすごいな……」
新海もタイムリープと言われて驚かずにはいられなかったが、今までオカルトなものだったり、SFじみたものに触れたりと様々な経験があるので、頭ごなしに否定することはなかった。
そのように新海たちが話していると、時任も自分のことを話されていると気づいたのだろうか、近づいてきた。
「また同じ話をしているの?」
「いや、君のことについて笹垣と話すのは初めてなんだが……」
やはりこいつも変な奴なのかもしれないなと思いながら新海は時任に言った。
「君はこんなところにいて大丈夫なのか? 今話を聞いたところによると、君は事件を未然に解決することで有名なようだが」
「ええ、全く問題ないわ。もう準備は完璧にできているもの」
そういえば先ほども何か警備の人たちに話しかけていたな、と新海は思い出した。
「そういうなら、我々も期待させていただこう」
「ええ、今回は大船に乗ったつもりでここにいるといいわ」
新海たちは監視カメラの映像が確認できるモニタールームにいる。ここで怪盗による盗難を防ぐ為の指揮をとることとなっている。
時任のその自信にあふれた様子に新海は安心してもいいかもしれないと思うようになっていた。
その瞬間が訪れたのは唐突だった。すべてのモニターが見えなくなり、嵐しか見えなくなったのだ。
幸いにして無線機は繋がるようで、様々なところから上がる報告を聞いては指示を繰りだしていた。
あんなに自信満々に言っていたのだから何か反応があって然るべきだろうと、彼女の方を伺ってみると、時任はニヤニヤと笑っていた。
新海が時任の様子に唖然としていると、急に彼女は動き出し、我々にこう言った。
「さあ! ちんけな泥棒を捕まえに行くわよ!」
新海と笹垣は時任に連れられて博物館の通路を歩いていた。時任はここに怪盗がいるという事が分かっているという足取りで歩いていた。
途中、巡回中の警察官とすれ違った。その時、時任はその警察官の腕を掴み、背負い投げをしてから、そのまま拘束した。
「さあ、一人目を捕まえたわ!」
「一人目?」
「警部さん、あなたは知らないかもしれないけれど、怪盗ブラックは三人組の泥棒よ」
「なぜ君がそんなことを……」
そう訊くと時任は意味ありげに笑って答えた。
「私、タイムリープができるの」
怪盗ブラックの二人目は時任の事前に仕掛けたトラバサミに引っかかって身動きを取ることが出来なくなっていた。トラバサミはそこにしか仕掛けられていなく、どうして引っ掛けることが出来たのかを聞くと、動きをそもそも知っていたという。やはりこいつはおかしいなと新海は思った。
そしてしばらくして、時任は時計を見ると、そろそろね……と呟いてから、ごそごそと何かのリモコンを取り出していた。
「何がそろそろなんだ?」
そう新海が尋ねると、時任が答えた。
「三人目が時計を盗んだのよ」
そして彼女はリモコンのスイッチを押した。
パーンと何かがはじける音が遠くの方から聞こえた。何らかのスイッチを押した時任は、何事もないかのようにその音がした方向へとゆったりと歩き始めた。
その先で、黒づくめの男が間抜け面をさらしてぶっ倒れていた。
「安心しなさい。スタングレネードだから」
なぜ一介の女子高生がスタングレネードやトラバサミを入手できるのか、と新海は思ったが、訊かない。きっと訊いても無駄だろうとこれまでの経験から新海はそう判断した。
「本当に三人組で間違いないんだな? あと、時計を爆破したのか?」
「ああ、安心して、何回か確かめたから、間違いないわ。私も最初の何度かはびっくりしたわよ。意外にも二人組かと思ったら、三人組なんですもの。あと、爆破した時計はレプリカだから安心して」
新海はもう何が何だかわからなかったが、犯人も捕まったことだし、いいだろうと無理やり自分を納得させた。
*****
三人組の怪盗を捕らえ、引き渡した後、時任の方から話しかけてきた。
「今回の件、警部さんがいなかったら解決できなかったかもしれないわ。ありがとう。あなた、見かけによらず優秀なのね」
「? 私は今回何もしていなかったと思うが?」
「ええ、今回はね、でも、感謝してるわ、ありがとう」
何が何だかさっぱりわからないが、感謝されて、新海は悪い気がしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます