事件を解決するのに探偵は何人必要か?
「警部、探偵の方をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
そう新海警部は笹垣巡査部長を労うと、その隣に立つ人物を確認する。
まずその人物が人間であったことに少し安堵した。良かった、今回はのっけから変なやつではないのだ、と。
新海警部は自然と笑みを浮かべながらその人物に挨拶をした。
「初めまして、私がこの事件の捜査を担当する新海です。今回はよろしくお願いします」
「初めまして、新海警部。自分は芹沢シュウと言います。同業者からはよくケリーって呼ばれてます。よろしくお願いします」
芹沢は程よく日焼けした褐色の肌を持ち、その黒い髪はスポーツ刈りにされ、人好きのする笑顔を持つ好青年であった。
今回の捜査は円滑に終わりそうだと新海は改めて思った
「ところで、自分の相手はどこにいるんですか?」そう芹沢が尋ねてきた。
「ああ、容疑者のことかな、それなら初動の段階で既に三人に絞られている。それぞれ、
そう告げると、芹沢は先ほどとは違った凶暴な笑みを浮かべ、へぇと頷いた。
そう、今回の事件は強盗殺人事件で、犯行現場の状況から、空き巣狙いで入ったところ家人と出会ってしまい、殺してしまった。というところでほとんど間違いがないようなのである。そこで、犯行現場周辺で寄せられた証言により、窃盗の常習犯であるこの三人に絞られた、というわけである。
高級住宅地で起きた強盗殺人なのでだいぶ世間では騒がれているが、蓋を開けてみればなんてことないありふれた強盗殺人だったというわけで、本当は新海警部の担当するような事件ではないのだ。
もうほとんど結論が出ているので、あとは容疑者三人に事情聴取するくらいしかやることがないのだが、探偵に折角来てもらったのでこれからどうするのかを一応聞いてみた。
「芹沢さんはこのあとどう捜査するんですか?」
すると、芹沢は屈託のない笑顔で、
「はい、足を使おうかと思います」と答えた。
推理小説に出てくる探偵役の中で、足を使って様々な場所へ赴き、いろんなことを聞き、事件を解決するタイプの探偵がいる。いわゆる『努力型』の名探偵の特徴としても挙げられる。新海はこういったタイプの探偵が大好きで、そのような探偵の出るような作品をよく読む。
そのため、新海の質問に対して『足を使う』と答えた芹沢を新海はかなり好ましく思っており、きっと正しい捜査をしてくれるだろうと確信していた。
芹沢が捜査に参加してから翌日、新海は署のデスクに座り事件に関する書類を確認していた。
しばらくそうしていると、笹垣巡査部長がそばに寄って来て、淡々とした口調で告げた。
「警部、問題が発生しました。すぐに来てください」
「どうした」
「来ていただければわかります」
笹垣はそれだけ伝えると新海を取調室の方へと連れ出した。
確か今は阿笠の取り調べを行なっているのではなかったかと思い出していると、取調室の中からとてつもない衝撃音が聞こえて来た。いったい何事かと取調室の中を別の部屋から覗いてみると、中で芹沢と阿笠が対面していた。
「お前がやったんだろ! 早いとこ白状した方が身のためだぞ! さあ吐け! さもなくば……こうだ!」
そういうと芹沢は阿笠との間にある机を蹴り飛ばし、ぶつかった壁の方へと凄まじい衝撃を与えた。そして芹沢は机をまた元の場所に戻し、尋問を続けた。
それをみて、新海は先ほどの衝撃音はこれかと納得していた。芹沢の言う足を使うというのは『取り調べで自白を得るために足を使う』ということだったのかと。よく考えてみれば彼は『容疑者』と言わず『相手』といっていた。おそらく尋問が得意な探偵なのだろう。同業者から『ケリー』と呼ばれていたのはその蹴りからそのままきているのだろうと思った。
「警部、悠長に考えている場合ではないです。どうにかあれを止めてください。あのままやられると我々の立場も怪しくなります」
取調室の様子を一緒に見ていた笹垣が冷静に告げてくる。
確かに芹沢の取っている方法は現代の警察としてはやってはならない取り調べの方法である。取り調べされている阿笠の方も怯え上がって言葉を発することもできなくなってしまっている。
「いつまでだんまりを決め込むつもりだ! 貴様がそのような態度をとるのなら、俺がお前の立場をしっかりと教えてやろう!」
そろそろ芹沢が阿笠に暴行を加えてもおかしくない状況になったので急いで止め、探偵を変えるように協会の方へ要請することとなった。
「警部、どうやらあの芹沢という男、荒事専門の探偵だったらしく、手違いで派遣されてしまったようです」
探偵の仕事とは、多岐にわたる。このような犯罪事件の捜査をすることもあれば、用心棒まがいのことをやったり、以前の探偵のような浮気調査やペット探しをやることもある。
どのようなものであっても『事件』として解決できるものならなんでも取り扱っていて、そしてそれらの中で専門探偵がいたりする。例えば、物を探す専門の探偵だったり、犯罪捜査専門の探偵だったり、今回の芹沢のように荒事専門の探偵もいる。
それらは本来間違った場所に配属されないように協会が気をつけるのだが、今回は手違いが発生してしまったようだ。
芹沢も荒事のために呼ばれたのだと考えていたのでどちらにも非はないと思いたい。
「そうか、次に来る探偵はちゃんと頭を使う探偵がいいな」
「警部、それはフラグというものでは……」
笹垣は呆れた顔で言った。
*****
「警部、探偵の方をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
そういうと、笹垣の連れてきた探偵を見る。
綺麗に整えられた黒髪に眼鏡とやたら知的な風貌だ。これなら問題は起こらないだろうと新海は自己紹介をした。
「こんにちは、私は新海と言います。今回の事件捜査を統括しています。よろしくお願いします」
「新海警部ですね。初めまして、私は
そう言うと坂本は礼儀正しくお辞儀をした。
「坂本さん、来てもらった手前こういうことを言うのは心苦しいんですが、この事件はこちらとしてはもう解決が見えていまして、捜査の方は私たちと一緒に行いますか?」
「ああ、そうなんですか。では、私は警察側の捜査に問題がないかどうかを確認するために、一応別で行動させてもらおうと思います。捜査の資料は後で見させてもらうので、説明などは大丈夫です」
「わかりました。ちなみにどのように捜査するのかをうかがっても?」
そう新海が人の好さそうな笑みを浮かべながら尋ねると、坂本は挑戦的な目をして、答えた。
「ええ、頭を使って捜査をしようと思います」
その返答を聞いて、新海は安心した様子で大きく頷いた。
「お願いだから! もうやめてくれ! 誰か! このいかれた探偵の奴をどうにかしてくれ! 頼む!」
取調室の中でそう叫んでいるのは、丁度容疑者の一人として事情聴取を受けている阿笠だった。前回の取り調べが中途半端に終わってしまったため、またこうして呼び出していたのだ。その時、不正がないかどうか確認するためにその場に居合わせた坂本から、阿笠と二人で話がしたいと申し出があったのだ。
阿笠と取調室で二人きりになった坂本は最初のうちは穏やかな態度で接していたのだが、段々と機嫌が悪くなっていくのが傍目から見てわかるほどになり、その瞬間は訪れた。
ガンッと坂本は目の前にあった机に自らの頭を打ち付けると、苛立った顔で阿笠に言った。
「てめえは
おそらく阿笠が探偵を恐れていたのは、前回出会ったバイオレンスな探偵のせいだろうと思われたのだが、それを坂本に教えられるものはいなかった。
坂本はまた頭をガンッと机に頭を強く打ちつけると、額のどこかが、切れたのだろうか、血を流しながら凄惨な笑みを浮かべながら、容疑者に迫った。
「おらっ! とっとと白状しろ!」
「誰かっ! 助けてくれえ!」
その様子を見ていた新海が止めに入ったのは言うまでもないことである。
新海はそれを止めた後、協会の方に代わりの探偵を派遣するように要請した。
「申し訳ありません、警部。どうやらまた協会側の手違いだそうで」
「また荒事専門の探偵だったのか」
「いえ、そうではないはないのですが。捜査の方法に問題があった人物のようで、探偵の免許も止められていた人物だったそうです」
笹垣はそのように淡々と報告をしてきた。
「そんな奴を送ってくるなんて協会はちゃんと組織として問題ないのか。それにしても、頭を使うと言っていたのが、あんな使い方だとは、驚いてしまったよ」
「ええ、なんでも好きな恐竜はパキケファロサウルスだとか」
流石に一つの、それもそこまで複雑でない事件に探偵を何人も要請したとなると、警察側としても非常に体裁が悪い。それがどんなにポンコツな探偵だろうと、だ。
そう考えながら新海は笹垣に探偵の希望を伝えた。
「次に呼ぶ探偵は、きちんと吟味して選ぶように伝えてくれ。それも物理的な手段に訴えないような奴をな」
「わかりました、警部」
*****
「警部、探偵の方をお連れしました」
「うむ。ご苦労」
新海はそう言うと、笹垣の連れてきた人物の方を見た。
「こちら、正義のマッドサイエンティストである賀来博士です。博士、ご挨拶をお願いします」
「いかにも、吾輩が正義のマッドサイエンティストとして世間に名を轟かせている、賀来博士である。今回は私の開発した
「そういうことじゃない! 頼む! 帰ってくれ!」
そう新海警部は叫ぶと、その場にうずくまって泣き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます