機械探偵

「警部、探偵の方をお連れしました」

「うむ、ご苦労」

 新海警部はそのように探偵を連れてきた笹垣巡査部長を労うと、探偵だと指し示された方をゆっくりと見た。


 そこには、ロボットが居た。


 ロボットといっても最近多くの人に認知されているような人間的な動きをするようなロボットでは無かった。それは立方体の頭に、直方体の体、そこから直線的に伸びた手足と、一昔前にあったおもちゃのロボットみたいな見た目をしていた。

 新海警部は二、三回瞬きをして、また同じところを見てみると、先ほどと変わらずふざけた見た目のロボットが居た。しかし笹垣巡査部長は平然とした顔で隣居る百五十センチ程のロボットを指し示している。


 そこで、新海は考えを変えた。ははあん、なるほど。笹垣はこの私のことをからかっているのだな、と。笹垣は普段から表情の変化に乏しく、どんな相手にも冷静に対応するので、署の人間にも人を食ったような奴だと評価されることもあるが、この男もなかなかどうして、たまには面白いものをするものだと思いながら、新海は口を開いた。


「笹垣にしては面白いことをするもんだ。さて、冗談はいいから、早くそのおもちゃを片付けて、本物の探偵の方を連れてきてくれ」

 そういうと笹垣が大丈夫かこいつは、という顔をしながら、答えた。

「何を言っているのですか? 警部。こちらの方が今回の事件を担当する探偵の方ですが。すみません、警部の方へ自己紹介をお願いします」

「コンニチハ、ワタシハ事件解決ロボットD-5デス。ヨクハカセカラハクリークトモ呼バレルノデソウ呼ンデクダサイ」

 紹介されたロボットはピピー、ガチャガチャと身体から異音を発しながら自己紹介した。新海警部はこめかみを抑えながらに笹垣に抗議した。

「事件解決ロボットだと? 我々が必要としているのは探偵だ。それに博士というのは一体誰だ?」

「このロボット、D-5は正義のマッドサイエンティスト賀来博士によって事件解決の為に開発されたロボットです。事件捜査の過程を録画、録音し内蔵されている大容量のメモリに保存し、またそれらを逐次クラウド上にアップロードできるので協会の方から探偵としてつい先日認可されました。事件の捜査に参加するのは今回が初めてなのだそうですが。ご存知ではなかったですか? 警部」

正義のマッドサイエンティストとはどういう事なんだろうと新海は思ったが、そこには触れず聞き返されたことについて答えた。

「まったく聞かされていないぞ。確認するから少しここで待っていてくれ」


 上層部の人間に確認を取ってみたところ、笹垣の言ったことは事実だった。新海のところにまで連絡が言っていないことは謝罪されたが、おそらくわざとやったことだろうと新海は思っていた。ちょっとした冗談のつもりだろう。ふざけるな、これは遊びじゃないんだぞと言いたいのを抑えて通信を切ると、どうしたものかと考え、ため息をついた。


 犯罪捜査に探偵制度が導入されたのは時代の流れからして全く不自然なことではなかった。警察の捜査を可視化して欲しいといったことは以前からあったが、昨今、科学技術の著しい発達に伴って複雑かつ難解な事件が増えてくるにつれ、そういった声が日に日に増えた。

 そこで警察は事件の捜査に外部から監視、また独自に捜査できる権限を持つ人間、探偵を招くことを考えた。探偵制度は日本以外の先進国でも取り入れているところが多かったのも導入に踏み切った大きな理由になった。探偵は国際的な資格としても認知され、日本にいる探偵資格を持つものは全日本探偵協会に所属し日夜活動している。


 現在ではどんな人間でも探偵になれる時代になったが、探偵になるためには必要最低限の事件解決能力が必要とされる。事件解決能力と言っても様々な種類があり、緻密なロジックを組み立てるものもいれば、全く想像していない方法で事件を解決するものいる。ただ、そのような基準で選ばれていても協会に所属する探偵はどれも事件解決能力はかなり高いので、文句を言う人間はほとんどいない。

 つまり、新海の目の前にいるこのふざけた見た目のロボットでも協会が認定するからには、ある程度の事件解決能力は持っているはずなのだ。


 新海警部の方も三十を少し過ぎた年で捜査一課を任されるほどには優秀であり、事件解決能力、という点においては犯罪現場で活躍しているどの探偵にも引けを取らないと自負している。


 新海警部は目の前のロボットを見て、事件解決能力があるとは信じられないと言った顔でD-5に話しかけた。

「君は本当に事件を解決できるのかね?」

「警部、僭越ナガラ事件ノデータハモウ既ニ解析ガ終了シテオリ、後ハ犯人ヲ確認スルノミトナッテオリマス」ガチョンガチョンガチョンと、今にも壊れるんじゃないかと思うくらいに身体中から異音を発生させながらD-5

「ほう、ではその犯人の名前を教えてくれないかね?」

「モウシワケアリマセンガ、ソノ為ニ一度関係者ノミナサンヲ集メテモラッテモイイデスカ?」

 ロボットのくせに秘密主義とはなかなか面白いやつだ、と思いながら新海はその申し出に許可を与えた。


*****


「こちらの方に関係者の方をみんな集めた。くれぐれも失礼のないように頼む」

 そう新海が言い含めると、D-5の方は分かっているのか分かっていないのか、身体からガチャガチャとした異音を立てた。

 その様子を見ながら新海はふう、と一息吐いてから事件関係者の集められた広間に続く扉を開いて、中に入った。中では笹垣がざわつく関係者たちを抑えていた。新海が入って来たことに気付いた何人かが不安そうに尋ねる。

「刑事さん、私たちに話があるって一体どういう事なんですか? 私はこの後に空手の稽古があるので早く帰りたいんですが」秋山という華奢な身体つきの女性が聞いてきた。

「今日は休め……こほん。いえ、そんなにお時間は取らせません皆さんにはこれからお呼びする探偵の質問に少し答えていただきたいのです。それでは、D-5、こちらの方へ」

 そう呼びかけると新海が先ほど通ってきた扉を開き、ガガガガ。ピーとどこからそんな音が発生するのか分からないような音を立てて入って来た。D-5の足には関節部分が無いので、かなり不自然な歩き方でガシャンガシャンと音を立てながら警部の隣まで来ると、関係者一同を見渡してからこういった。

「事件ノ犯人ハコノ中ニイマス!」


 急にそんなことを言い出した奇妙奇天烈なロボットを見て、その場にいた全員はぽかんと口を開けて固まってしまった。その中でいち早く正常に戻った新海警部は少し困ったことになったのではないか、と思った。このロボットが先ほど言ったことは『犯人を確認するのみ』と言ったのは犯人が『いるかどうか』を確認するという事なのではないか、という事だ。そうなると先ほど犯人の名前を聞いた時に答えられなかったのも頷ける。教えなかったのではなくて知らなかったのだとしたら? そう新海の思考はぐるぐると回っていると、いつの間にかD-5とは反対側の隣に来ていた笹垣が新海の耳に口を近づけてささやいた。

「大丈夫です、警部。警部は探偵の話を聞いてもらう、と言っただけで事件を解決するとはいっていません。少しも困ったことにはなっていないです」

 新海がもし冷静だったなら、なぜ心が読めたと突っ込んだところだったが、あいにく、冷静でなかったので、その言葉をすんなりと飲み込み、落ち着きを取り戻した。

 慌ててD-5の方を見てみると、D-5はプシュウゥゥゥと身体中から白い煙のようなものを出しながらまたも関係者の方にこう言った。

「事件ノデータヲ解析シテプロファイリングサレタ犯人ノ脳波ト一致スルカドウカヲコレカラ確認シマスノデ、ソノ場カラ動カナイデクダサイ」

 そう言うと、D-5はどこにそんな収納スペースがあるのか、半径1メートルほどのパラボラアンテナを頭のてっぺんから生えさせ、周囲の様子を探り始めた。事件の関係者たちもD-5のその異様な雰囲気に呑まれて何も言えなくなっていた。

 

 しばらくするとD-5が何か気づいたのか、関係者のうちの一人、被害者愛上おかきの恋人だった久家虎佐志の方へと歩いて行った。

 ガチャンガチャンと異音を立て歩いて、D-5は久家の前に立ち、またプシュウゥゥゥと白い煙を身体から出している。その一部を吸い込んだのか、久家がせき込んでいる。

 その様子をD-5はゆっくりと確認すると、そしてこう宣言した。

「アナタガ犯人デスネ!」

 

 新海はD-5が久家を犯人だと言ったのを見て、これは失敗したなと思った。確かに、久家虎佐志は愛上おかきの恋人であり事件の前日に激しく口論していたところを目撃されていた。そのため捜査当初から非常に疑われていたが、犯行時刻に強固なアリバイがあったため、容疑から外さざるを得なかったのである。その久家が容疑を認めるはずがない、そう思いながらそちらの方を見ると、久家はどこかうつろな目をして。


「はい、私が犯人です」と答えた。


 そんな馬鹿な、と新海が驚きながらそのやり取りを見ていた。実のところ、新海は久家が何らかのトリックを使ったと考えており、それを崩すにはかなり時間がかかると考えていた。負け惜しみではない。その自分でもあっさりと解けなかったトリックをD-5はどうやって解いたのか、と思うと、D-5は、

「デハ、ドノヨウナトリックヲ使ッテアリバイヲデッチアゲタノカを述ベナサイ」と訊いた。

「はい、私は時計表示のある電子機器はすべて使えないように関係者のものを指示し集めたうえで、屋敷全体の時計の時間をずらし、少し買い出しに行くと言って愛上を殺害し、犯行に使った凶器と服を屋敷に見つかるように隠し、外へ行き買い物をした際に店員に顔を覚えてもらえるように様々な質問をしました。時計の時間は後でみんなが気づかないうちにこっそり直しました」

 新海はそのありきたりで古典的なトリックにどうして気づかなかったんだと歯噛みした。しかし、先ほどから久家の様子がどうにもおかしい。そう思っていると、横で笹垣が感心した様子でこう言った。

「先ほどD-5が久家氏にかけた煙は強力な自白剤のようですね」

 その発言が聞こえたのかD-5がグリンと頭を180度回転させこちらの方に弁明した。

「イエ、コレハ吸入シタモノヲリラックスサセ、自白ヘト誘導シヤスクスルタメノ特殊ナイオンナノデス」そういうと、D-5ガチャンガチャン、ガガガガ、ピーと異音を立てながら身体の方もこちらに向けた。

 新海はそんなイオンがあってたまるか、と思った。しかし、そうせざるを得ないとも考えていた。捜査過程における自白剤の使用は違法なのである。だが、先ほどD-5の言った特殊なイオンならば(本当に存在するかはかなり疑わしいが)法律上は何の問題もない(と思われる)。そう考えて苦々しい表情を浮かべている新海の横で、笹垣がポンと何か納得した顔でこう呟いた。


「なるほど、D-5が身体から出している異音とイオンをかけているのですね。ロボットのくせになかなか面白いことをしますね」


 新海は、全く面白くないと思った。

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