探偵を呼べ

三〇七八四四

探偵が見えない

「探偵はまだか、笹垣」

「ええ、警部、そのことですが、ようやく協会の方から許可が下りたようです」

 部下の返事を聞いて、自分のデスクに座っている新海警部は頷き、さらにこう言った。

「そうか。そもそも、探偵の要望を出しただけなのに、どうしてこんなに時間がかかったんだ?」

「どうやら、前例のないようなことらしいので。担当のものからは、許可はおりそうだが、時間がかかるとは言われました」

 そう笹垣は背筋を張って答えた。笹垣は高身長で、立っているときでも話すときは顔を少し上げなきゃいけないのに、座った状態で話しをされると圧迫されている感じがする、と新海は思った。

「今回は笹垣の方から要望を出したみたいだが、一体誰なんだ?」

「ええ、警部、それはですね」

 そう言うと笹垣は背を折り曲げて新海の耳元に口を寄せて探偵の名を告げた。

 それを聞いた新海は驚いた表情をしたが、すぐに笑みに変わって、こう言った。

「ああ、それはいいな。探偵のことは任せたぞ」

「分かりました。警部」

 新海もそう言うと笹垣も笑みを浮かべながら、そう答えた。


 事件捜査に探偵が介入するようになったのはつい最近のことだ。世界に『探偵』という資格が現れたのだ、古来より創作では犯罪捜査に参加する一般人のいわゆる『探偵役』は多く存在したが、それが現実のものとして、探偵の資格があればできるようになったのだ。

 探偵という資格は国際探偵協会という組織が定めており、世界的に探偵と名乗るには資格が必要になった。もちろん日本でも例外ではない。今まで素行調査などの仕事をしていた探偵は調査者と名前を変えた。一部の人間は探偵資格を取ってそのまま探偵を名乗ったようだが。

 世界的に定められた探偵に必要なことは単純に、どんな事件も解決出来るだけの能力を有していることだけだった。探偵の資格に老若男女の制限はなく、死んでも名前が残り、さらには資格の試験が無料だったので、非常に人気が出た。しかし、事件を解決する能力を有しているかどうかのテストが厄介で、探偵資格を持つものは少なかった。


 日本では国際探偵協会の日本支部が警察と連携を取り、捜査は探偵と共にするようになった。事件の際に協会――警察の間では国際探偵協会は単に協会、または探偵協会と呼んでいる――から探偵が派遣されるようになっているのだ。また、探偵の推理などは他の証拠と同等に扱われ、記録に残る。時折、警察側から探偵の要望を出すことはあるが、ほとんどない事だった。


*****


「さて、皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。陶芸家として有名な柳井柳一郎やないりゅういちろうが殺害された件について報告をさせていただくことがありまして」そう新海は柳井の屋敷の広間に集められた関係者たちを見渡して言った。

 集められたのは、柳井の妻であった柳井かなえ、弟子であった相川、毒島ぶすじま知多川ちたがわ、堂嶋、そして美術商の神田、屋敷で働いていた使用人の中田、飯田、合計八人である。そして関係者が招かれた部屋の中央には被害者が生前買ったという古い蓄音機が置いてあった。

「刑事さん、私たちに報告というのは一体どういう事なんですの?」

 夫が亡くなった悲しみからすっかりやつれてしまったかなえが聞いてきた。

 そう思うのも当然で、新海が彼らを集めたのは事件が発生してから一週間も経っていないからである。

「ええ、安心してください。犯人が分かったのでそれを皆さんにお伝えしにきたというだけです」

 新海のその発言に関係者たちは驚いた。もしくは自分が犯人だと指摘される不安もあったのかもしれないが。

「そ、その、犯人が分かったとはどういう事なんですか?」

 そう不安げに毒島が尋ねると、新海は人の好さそうな笑みを浮かべながら、

「そのままの意味ですよ。では、これからその説明を聞きましょう。笹垣、探偵の方を連れて入って来てくれ」

 その指示を聞いた笹垣は例の探偵を連れて広間の方に入って来た。その瞬間、かなえが取り乱した様子で叫んだ。

「あなた!? あなたなの!? どうして……」

「では、皆さんに探偵の紹介をいたしましょう。まあ、見えない人もいるとは思いますが、私にも見えていないので、ご安心を」

 そして新海は一呼吸置くと、その場にいた全員にこう告げた。


「こちらが今回の事件を担当する探偵の、さんです」


 新海が今回の探偵、柳井柳一郎を紹介すると、その場にいた関係者たちの反応は様々だった。驚く者、泣く者、固まってしまった者。かなえの方はどうやらいるようでその後しばらくは夫に話しかけていた。

「待ってください、刑事さん。柳井柳一郎は死んだはずです。その、どういうことですか?」

 平静を取り戻したのか美術商の神田が尋ねてきた。

「ええ、柳井柳一郎さんは確かに死にました、肉体的には。しかし、こうして霊体、またはアストラル体としては残ったので、こうして探偵として来てもらったのです。柳井さんは生前、探偵の資格を取っていたようですので」

「幽霊に探偵が出来るはずがない!」

 取り乱したのか神田はそう叫んだ。しかし新海は冷静にこう答えた。

「いいえ、そんな規定はありません。探偵の資格は死後も残るものですし。まあ、柳井さんを探偵として要望を出すのに少し手間がかかったようですが。しかし、柳井さんの霊体の存在が確認され、探偵として派遣されたのは間違いありません。他の事件と同様に捜査の記録として残せます」

 新海のやたらと勝ち誇った長ったらしい説明に神田は諦めたのか、黙った。

「皆さん、問題はありませんね? では、柳井さん、事件の真相についての説明をお願いします」

 新海は全く見えていない探偵の方へそう促すと、部屋の中央に置かれている古い蓄音機から声が流れ始めた。事件の真相については新海も正確には聞いていなかったので、耳を澄ましながら聞いていた。

「まずは事件の始まる前、つまり私が殺される原因となったことについて話したいと思います。私がそれに気づいたのは、あるニュース番組を見ていた時のことでした。骨董品だと偽って美術品を売っていた詐欺グループが捕まったというもので、私が驚いたのはそこではなく、詐欺グループが売っていたとされる美術品についてでした」

 

 そう言うとその場は静かになった。おそらく柳井柳一郎が落ち着くために深呼吸でもしているのだろう。幽霊に呼吸が必要かは分からないが。

 その場にいた何人かは蓄音機ではなく、何もない空間をじっと見つめていた。勿論新海は全く柳井が見えていないので、関係者たちのそんな様子には微塵も気づかなかったが。

「そう、あれは間違いなく私の作った作品が混じっていたのです。しかも、私の作った作品だけでなく、売っていないはず弟子の作品まであるではないですか。ええ、あれは決して見間違いなどではありませんでした。私はすぐに、弟子たちを問い詰めました。すると、驚くことに、全員が裏のルートを通じて作品を売っていたというではありませんか。しかもその伝手を紹介したのは私が懇意にしている美術商の神田だというではありませんか! 私はもう何も信じられないといった気持ちでいました。しかし話はそれだけに留まら無かったのです」

 柳井がそう言い終えると、その時のことを思い出したのか非常に恨めしい声が蓄音機から流れてきた。

「彼らは自分で作った作品しか売っていないといったのです。しかし、そのニュースでは私の作品もあったのです。これは一体どういうことかと今度は神田の方を問い詰めました。そうしますと、もっと信じられないことに、私が長年信用してきた使用人の中田と飯田が私の家から盗んできた作品を売ったというではありませんか。私はますます人のことを信じられない気持ちになりました。そして、話は事件のあった日、昨日へと移ります」

 

 なんだ、ほぼ全員真っ黒じゃないか、そう新海が思っているのを横に、柳井は話を続けた。

「私は彼らを集め、これらの事実を公表することを告げました。そして、人生はまだやり直せる。私も陶芸家を止め、以前手慰みに取った資格で探偵業でもしてみようかと思っていました。彼らにそのような話をしたのは、やはりまだどこか、人間の良心というものを信じていたからかもしれません」

 少し、優し気な声を出して、柳井はそう言った。そして、また弾劾する口調で声が流れ始めた。

「しかし、彼らはそれをまた裏切った。あろうことか、私を殺害するという形で。そして彼ら七人が私の死体を横に自分たちの保身のためにどうすればいいのかを相談し始めたのを私はアストラル体となって眺めていました。この連中に罰を与えなければならない、と。そしてわざと彼らのいく先々で怪奇現象を起こして苦しめていたところをこの笹垣という刑事さんに見つけてもらったのです。このように公的に告発することが出来て大変感謝をしています」

 屋敷にいる間笹垣が急に何もない空間を見つめていたのはそういう事だったのか、と新海は思った。蓄音機の方をまたじっと見てみたが、全く柳井の姿は見えない。新海は少しだけ寂しさを感じた。告発された七人の容疑者たちは皆呆然と立ち尽くしていた。


 そうして、彼らを連れていくと、関係者の中で唯一残されたかなえが笹垣の横の空間――おそらく柳井柳一郎がいるのだろう――の方へと歩み寄って、話しかけていた。

「あなた! 身体が薄くなっているわ! もしかして消えてしまうの? いや! 私を一人にしないで! え? 少し横になれば治るって? また一緒にろくろを回そうって? 嬉しい、私は一生あなたのそばにいるわ、絶対裏切らない」


 その感動的であろう場面を新海は微笑ましく見て、そしてこう思った。もしかして自分はこの事件に必要なかったのでは? と。

  

 

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