第9話

 月がだんだんと登り始めていた。

 すっかり日が隠れてしまい、夜の帳が空を覆い始めている。その暗い空を照らすかのように、校庭の中央に設置されたキャンプファイヤーが煌々と光を放っていた。火の粉が空へ次々と飛び込んでは消えていく。

 なぜか後夜祭に参加することになってしまった。

 後夜祭といってもなにか行事があるわけではない。キャンプファイヤーを囲むだけのものだ。でもそんなもの自体非日常だし、あまりお目にかかれないものだからだろう。文化祭が終わった開放感に身を任せるように、友達同士で騒いだりカップル同士でイチャイチャしていたり。

 こんな場なんて全然馴染みないし、去年は当然行かなかったから今年もやめておこうかと思ったのに、堂林がバンドのメンバーに後夜祭へ参加するよう頼んだのだ。

 この後はライブの打ち上げのはずだったのだが、メンバーたちは堂林への恩返しとばかりに後夜祭へ次々と繰り出していった。俺だけが抜け出すわけにもいかず、こうしてメンバーがキャンプファイヤーを囲む生徒たちに混じってアコースティック楽器を使って演奏しているのを見ていた。

 俺はといえば演奏の和の中から抜けだして一人で芝生に座っていた。仮装行列に参加してしまったとはいえやっぱり後夜祭はちょっと照れくさく、心底楽しむ気にはなれずに、暗くなり始めた空へ消えていく炎をぼうっと眺めている。

「小鳥遊君。ここ、いいかな?」

 振り返ると制服姿に戻った堂林が立ってこちらを見下ろしていた。

 彼女の表情は薄暗くてよくわからなかったが、声のトーンがなんとなくやわらかい。

 俺が了承すると彼女は左隣に座った。足を揃えてスカートの尻を撫で、スカートの中が直接地面につかないようにしてからの体育座り。その所作がなんとなく女の子らしくて、場所が場所だけになんとなくドキドキした。

「今日はありがとう」

 唐突に堂林が言い、驚いて俺は彼女の顔を見る。

 その目は少し細められ、視線はキャンプファイヤーの元へ。

「岩崎君も……小鳥遊君がいなきゃ来てくれなかったみたいだし」

 ……蘭子さんが言ってたことは事実だったわけだ。

 岩崎ミツルの姿を探して辺りを見渡すが見つからない。もう帰宅したのだろうか。文化祭後の休みが明けたら、声をかけてみるかな……

「それにさ、岩崎君に頼みに行った時」

 一呼吸。そしてさらにもう一つ呼吸をおいてから彼女は続ける。

「本当は、私……怖かった。ここで失敗したらどうしようって。でも小鳥遊君がいたから、頑張れたよ。ありがとう」

 ……おいおい。

「しんみりしてんじゃねえよ」

 静かに話す堂林の言葉を聞いていると、たまらずにそんなことを言っていた。

「お前はクラスの先頭に立って、俺みたいなのに説教してるぐらいがちょうどいいんだ。調子狂うだろそんな風に言われると」

 堂林の顔を見ずにそう言ってやった。彼女の顔を見なかったというよりは、正確には見れなかったのだが。

「……うん」

 堂林が静かに返事をして、それによりなおさらドキドキさせられてしまった。

 な、なんでこんな緊張してるんだよ俺!

「おいおいおいおい! ちょーっとそこの不順異性交遊未遂の二人!」

「うわっ!」

 なにか大きなものにガバっと後ろから抱きつかれた感覚。

 隣にいた堂林も一緒に抱きつかれたものだから一層彼女と密着することになり、あわてて腕を引っ込めて自分の身体に寄せた。

「ちょーっと健全じゃない感じかなあ? お祭りにアテられてるとはいえ見過ごせないなぁ? うーん!?」

 俺と堂林の顔の間に、そう喚く声が押し付けられる。すぐ横に蘭子さんの顔があった。

「せ、先輩……」

「蘭子さん、声がでかいです……」

 なんかこの人、ちょっと酔ってる? なんとなく酒臭いような……

 蘭子さんは右腕で俺の頭を、左腕で堂林の頭を抱え、俺達の頭の上をゴシゴシこすりながら説教っぽくしみじみと語りだす。

「いいかーあんたたち! イチャイチャするならね! こーんなところじゃなくてもっと人のいないところでやるものよ! 見せつけたいのもわかるけど……」

「そ……そんなんじゃないですって!」

「そ、そうそう! 小鳥遊君、それじゃ! 後夜祭楽しんでね!」

 堂林は早口でまくし立て、蘭子さんの腕をかいくぐってパタパタとキャンプファイヤーの方へ早足で走りだしてしまった。そのまま女友達に合流し、バンドメンバーの演奏に対して手拍子を合わせ始める。

「で、どうなのよ、彼女とは」

「だからなんでもないですって!」

 なぜこの人はそういうところにつなげたがるのか……まったく。

 クラスメイトと一緒になって笑い、曲に調子を合わせる堂林。その屈託のない笑顔を見ていると、今日という日を終えることが出来て心底安心しているように見えた。

「なんで、アイツあんなに一生懸命なんでしょうか」

 俺が問いかけ、蘭子さんは無言で言葉を待ってくれる。

「クラスなんて自分たちで好きこのんで集まった集団じゃないのに。所詮学校が生徒を管理するのに都合がいいからですよね」

「なのになんで、堂林はクラスみんなで参加ーなんてこだわるんでしょうか……」

 答えを待つまでもなく、蘭子さんは静かに笑った。

「意味なんてないわよ。ただ、その時その時を後悔なく過ごそうとしているだけ。私もそうだったわ」

 そして声のトーンを崩さずに、なおも静かに続ける。

「だから、その時を精一杯過ごせればそれでオッケーよ。意味があるとかないとか、なんで一生懸命だったかなんて、歳取ってから考えればいいことよ。今考えることじゃないわ」

 ついさっきまで喚いていたのから一転し、少しだけ口角を上げ、懐かしげに微笑していた。自身の高校時代を思い出しているのだろうか。

「それにいざ歳取ってみるとさ、悪いものじゃなかったわよ。だから未だに当時の友達と会ったりするけどね、会った瞬間すぐその当時に戻っちゃうのよねえ。お互い仕事して結婚してる人もいて、卒業して何年も経ってるはずなのに。だからミツルみたいにごちゃごちゃ考えずにいればいーのよ」

 演奏が一段落するとメンバーはMCを始めた。笑いを取り、堂林たち聴衆が笑顔で返す。彼女は笑顔だが、あの場には自分はいない。そのことになぜか少しだけ胸がちくりとした。

「それにねーなんといっても恋よ! だーかーらキミタチを見てるとさー、キュンとしちゃうわけよわかるー!?」

 蘭子さんは満面の笑みで俺の背中をバシバシ叩き始める。

「なんですかそりゃー! だからそんなんじゃないですって!」

 俺が否定しても、ムフフフフフ、と蘭子さんは不敵に笑っていた。

「おーい小鳥遊!」

 バンドのメンバーが俺を呼んでいる。

 メンバーたちは皆俺の方を見て、キャンプファイヤーを囲んでいた連中の視線もこちらに集まる。

「ほら、呼ばれてるよ」

 蘭子さんに、そして彼らの視線と声に促されるように俺は腰を浮かせた。堂林もまたこちらを見、こっちへ来るように呼びかけてきている。

 さっきさんざんヘタクソって言われたからな。堂林にリベンジしてやるか。

 堂林の視線でドキドキする気持ちをごまかすようにそう思って、俺はキャンプファイヤーの方へ走りだした。

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君は優しいクラスの女王 つなくっく @tunacook

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