第7話
午後五時。うちのクラスが仮装行列を出発するまであと三十分。陽はすっかり傾いて、窓からはオレンジ色の光が差し込んでいる。
岩崎ミツルは教室に来なかった。
うん? 今俺、うちのクラスって思わなかったか? あれだけどうでもいいと思ってたのに。
……とにかく、岩崎ミツルが教室に来なかった。
クラス内ではなんとなく浮足立った雰囲気と高揚感が漂っているのがわかる。もう衣装を着始めている奴がほとんどだ。
「あかね、もう出発しなきゃ」
「うん……」
堂林と仲の良い女子がそう話しかけた。堂林はといえば生返事をし、落ち着かない様子でドアのあたりをチラチラと見ている。釣られて俺もドアを見たが、教室を素通りする人影が行き交うだけだった。
「もしかして、岩崎君を待ってるとか……?」
おずおずと話しかけられ、堂林は驚いた様子で目を見開いた。どうしてわかったの? という風に友達の方を振り向く。
「……うん」
そして観念したように声を振り絞った。
「クラス全員で、っていう気持ちはわかるけど、もう時間ないよ?」
心配そうに堂林を見つめる女子。
「探しに行く」
短く静かに、しかし迷いのない強さを持った口調で、堂林は女子の目を見て言った。
「探しに行くって……」
「衣装着て先に行ってて。私、岩崎君を探しに行くから。さっき図書室にいたからそう遠くへは行ってないかも」
そう言い残し、堂林は早足でドアへと向かっていく。
なんだろう。この違和感は。
いや、違和感じゃないな。デジャブというやつか。どこかで見たような。
つい先程見たな。しかも二回も。
オレは堂林に対して、なにもしてやることができていない。そりゃ、別に興味なかったし、仲がいいわけでもないしさ。
でもさ。
「え……?」
気づいた時には、廊下へ向かおうとする堂林の腕を掴んでいた。
あんだけ俺を必死で説得してたんだ。
「俺が探しに行く」
「小鳥遊君……?」
「今準備の仕事が無いのは俺だけだろ。奴が他に行きそうな場所もなんとなく検討つくし。だから堂林、お前ら早く準備してろよ。俺は後で追いつくしさ」
説得した人間が頑張ってるのを、された側が黙って見ているわけにはいかないだろ。
堂林は呆然としていたが、やがて柔らかく微笑した。
面と向かって格好つけてしまったこっ恥ずかしさも、彼女への思いも、全て見透かされているようだった。敵わないな、と俺は思いながら彼女の言葉を待つ。
なぜ、少しだけ誇らしい気持ちがあるのか。
そりゃ恥ずかしいさ。恥ずかしいけど……ようやく彼女に、助けになれると言えたんだ。堂林のために怒るとか、励ますとか、そんなことが行動に移せなかったから。
「……準備なんてもう殆ど終わってるわよ」
えっ。
「この中で知らないのは君だけだし」
い、いやしかし……
「あと三十分しかないんだよ? 終わってないわけないじゃん。まあ、君は練習に顔出さなかったから、今までどんな準備をしてきたのかわからないかもしれないけど。土壇場になって準備が終わらないような真似はしないからね。小鳥遊君と岩崎君は捕まらなかっただけで」
あう……
まあ、確かに準備には顔出さなかったけどさ……ほら、バンドの練習もあったし……その……
「でも、ありがとう」
「う……」
これ以上彼女の顔を見ているのが気恥ずかしくなり、顔をそらす理由をつけるようにしてドアの方を向く。
引き戸の取っ手に手をかけ、まるで恥ずかしさから逃げ出すように廊下へ飛び出そうとした。その時だった。
「ん?」
廊下があるはずの場所に、岩崎ミツルがいた。
いや正確には、ドアを開けたところの廊下に岩崎ミツルが立っていた。
「な……」
頭が真っ白になる。状況が飲み込めず、口をあんぐりと開けることしか出来なかった。
なんで、奴がここに?
岩崎ミツルは一度俺の目をまっすぐ見たかと思うとすぐに逸らした。先ほど図書室で離した時とは打って変わり、モゴモゴと言葉にならない声をこねくり回していた。
「……いや、小鳥遊……君が……参加するっていうから……」
やっと言葉として聞き取れたのがこれだった。
今、こいつなんて言った?
不意に、蘭子さんが廊下で言っていた言葉が蘇る。
「まあ男の子ってそういうものなのかもね……でもあの子、小鳥遊君と仲良くしたがってたわよ」
マジで?
ほ、本当だったのか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます