第5話

 岩崎ミツルがいそうなところはなんとなくわかる。

 図書館の窓際、一番奥にある一人用読書机。現にそこで奴はいつも一人で本を読んでいた。

 小学校の時も、中学の時も、高校に入ってからも。奴はそうして一人になれる場所で黙々と本を読んでいるだろう。

 で、だ。

 なぜ俺は廊下を走っているのか。堂林に腕を引っ張られながら。

 いや、奴の――岩崎ミツルのいそうな場所を教えた途端、堂林が俺の腕を掴んで走りだしたからだけどさ。おかげで人混みをかき分けながら時折ぶつかっては謝ってばかりいるわけだけど。

 ……なんで、俺は彼女の手を振りほどかないんだ?

 いくら堂林が弓道部――だったよな――だからと言って女子の力なんてタカが知れてるし、手を払えば簡単に振りほどけそうだ。彼女の足だって俺が全力で走った時よりも段違いに遅い。

 うざってーじゃん。

 うざってーよな?

 堂林はどうしても仮装行列に俺と岩崎ミツルを加えたいらしい。クラスでいないのは俺たち二人だけだと。

 ぜってー仮装行列に入れるつもりだって、堂林の奴。

 なぜ彼女に合わせて人混みをかき分け、なぜ彼女に合わせて走る速さを合わせているのか。

 なんか面白くない。気に入らない。なんでなのか全然わからないけど。堂林が他の男を探しに行くだけだろ。

「おい」

 彼女の後ろ姿へ思わず尋ねていた。

「なんで、そこまでするんだよ」

 いや、してくれるんだ?

「……」

 少し待ったが堂林からの言葉はない。

「だって、小鳥遊君たち準備期間来なかったし」

 そうじゃなくて。

「そうじゃなくて。なんでそんな一生懸命にクラスの連中集めるんだよ。なんで全員じゃないとダメなんだ? 俺や奴がいなくても……」

「いなきゃ、困るんだよ」

「困るって……クラスの中心なお前はともかく、それは……」

「クラスの中心、か」

 言いかけたところで堂林は少しだけ口をつぐむ。言おうかどうか迷っているように見えた。

「私中学生の頃はさ、そんなんじゃなかったんだよね。なんていうの、クラスの中で目立って、行事の時に皆を引っ張ってとかとんでもなかった……」

 ふうん……そういえば中学では堂林って見なかったな。違う中学だったのか。

「どっちかって言うと目立たない方でさ。中三の時のクラスなんかは発言権の強い女子とその取り巻きにみんな従ってて、私は仲の良い娘と従ってるだけだった。でも結局みんなの気持ちバラバラになっちゃって……」

 少しだけ言葉を切り、何かを飲み込むような気配。

「発言力の強い人って目立つけど、自分と仲の良い人以外は見ていないなって思ったんだ。ほったらかし。三年間しかないのに、仲が良くなくてもせっかく一緒のクラスになったのに……そういうのは……もう嫌なんだ」

 そして寂しげな様子でつぶやく。

「でもさ、できるもんだね。高校デビューってやつ」

 堂林は振り返り、俺の目を見て声を張って破顔した。

「去年の……一年生の時のクラスは本当に楽しかったんだ。目立つ人も、目立たない人も、君みたいな不良も、みんなクラスに入り込めた気がしてた」

 誰が不良だ!

 そうツッコミを入れたかったが、俺の腕をつかむ彼女の手にぎゅっと力が込められたのを感じて、黙らざるを得なかった。

「だから、今年も……あのクラスでもできたらいいなって、思ってるんだ。だから小鳥遊君と岩崎君には参加して欲しかったんだ」

 先ほどと同じように腰に手を当てて強く主張しているわけでもなく。

 俺から目を離して前を向き、小さく、しかし力強くそう言った。

 クラスの中で目立たない人間というのは確かに一定数いる。目立たない奴とか俺みたいに興味のない奴は発言権が弱く、堂林のように――高校の堂林か。彼女の言葉通りなら――発言権の強い奴がいて、そいつとその周りの人間が主導権を握るパターンが多い。

 ……そういうのってなんてったっけ。スクール……スクール……カールじゃない……カースト?

「小鳥遊君はさ、ほら、私に借りがあるでしょ。だから絶対参加してくれるなぁと思ってるよ。バンドを一生懸命やってるんだもん、一本気な人だと思ってるし」

 いたずらっぽい笑顔をこちらに向けて堂林はそう言った。

 それでいいのか……でもそう言われると裏切るわけにもいかず、はめられた気がするもののなぜか悪い気はしないのだった。

「まぁ、あのボーカルはないと思うけどね……」

「褒めてんのかディスってんのかどっちかにしろよ!」

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