第4話

 ライブは無事終了した。

 前日夜遅くまで機材の準備や歌詞を覚えなおしたり、当日どんなトラブルが起こっても良いように「こうなったらこうする」といったことを何十パターンも想定していたのだが……終わってしまえば何事もなさすぎて拍子抜けするぐらいスムーズに終わった。

 そして。

 よりにもよってその堂林と、今廊下を一緒に歩いている。

 き、気まずい……

「お前がそうやってクラスの仮装行列にやる気があるように、俺はこの後のライブに集中したいんだ。だから仮装行列に参加している暇はないし、そんなくだらないものに割く時間はないね。やる気が無いのに無理矢理参加させるなんてどうかしてる」

 あんなこと言っちゃった後だしなあ……

 堂林の顔を盗み見てみる。

 ピンと背を伸ばし、視線はまっすぐ前を向いている。悩みや迷いなど知らないかのようだ。特に気張っているわけじゃないのに自信に満ちたように見えて、その姿がほんの少しだけまぶしく思えた。

 まさに女王だ。

 彼女になんという言葉をかければいいのだろう。いやチラシを配ってくれたんだから、言うべきことはお礼しかないんだが……そうじゃない。そうじゃなくて……

 ああもう、なんでこんなに悩んでるんだ俺! ただお礼を言うだけじゃないか。そのどさくさに紛れて、あんな言葉をかけたことも謝ればいいじゃないか。すごくシンプルな話だろ。

 俺がもたもたしていることなど知りもせず、堂林はその場に立ち止まってこちらをまっすぐ見つめてきた。釣られて俺も立ち止まり彼女の目を見る。しかしすぐに口元へ視線を逸らした。まだ目を見るのは無理だった。

 あんなことを言ったのに代償も求めずチラシ配りを買って出てくれた。彼女への申し訳なさと、なんと謝ったらいいのかわからないのと、自分への恥ずかしさ。そんなものたちがごちゃまぜになって俺の中をぐるぐるかき回していた。

 彼女から逃げ出したい。でも謝らなきゃ……仲がいいわけではないといえ同じクラス。この先卒業までクラス替えはないのだし。

「ヘタクソ」

 ん?

「なんなのあの演奏。あれでよく人前に出る気になれるね」

 んん?

 驚いて彼女の顔を見なおした。

「あんなこと言うからどれだけのものかと思ってたのに……言うほど大したことないじゃない。まったくもう……」

 そして堂林はくどくどと苦情を言い始める。もちろん俺に向けて。

 め、めちゃめちゃ根に持ってたー!

「だいたい、クラスの行事サボってまで参加するならもっと本腰入れなさいよ」

 あっはい、すみません……

「なんなのあのボーカル。あなたでしょ歌ってたの!」

 そうです。俺がボーカルです。

「全然声出てなかったじゃないの。ところどころ聞こえなかったし。歌詞は間違えてもいいからはっきり歌ってくれないと聴いてるこっちが恥ずかしいじゃない」

 ごもっともです……

 もしかして自信に満ちた顔をしているように見えたのは、これからどんな苦情をオレにいってやろうかたくらんでるせいだったのでは……

 ……

 うはは。

「すまん」

 おかげでというべきか。

 謝りやすくなってしまった。

「さっきは言いすぎた」

 眉根を寄せる堂林。その表情がおかしくて、口角が緩むのをこらえるのに苦労した。

「……謝る気あるのアナタ」

 いやあるから……フフフ……

「参加するよ」

 俺が彼女の後ろ姿に言葉を投げかける。

「え?」

「参加する。まだ打ち上げが済んでないけど、あいつらは待ってくれるだろ。お礼もしてないし」

 短くそう言った後で堂林が俺に向けた笑顔を、おそらく一生忘れないだろう。

「本当? やった!」

 いわゆる、「くしゃっとした笑顔」ってやつか。ほうれい線……だっけ。口の周りのシワがぐっと上がっている。両目が細められ、ニカッと前歯が覗いていた。

「でも、ヘタクソだって言ったのは事実なんだから撤回しないからね」

「へいへい」

「もう、ちゃんとわかってる?」

「わかってる。悪かったよ」

「悪いと思ってるなら、今から頼みたいことがあるの。ちょっと頼まれてよ」

 堂林の言葉に、拒否権はないなとまず思った。

「岩崎君がどこにいるのか分からないかな?」

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