第3話
困ったことになった。
ビラ配りを頼んでいた生徒が急遽来れなくなってしまったというのだ。なんでも来る途中で交通事故を目撃してしまい、警察に行く羽目になってしまったらしい。
バンドのメンバーとは「当事者じゃなくて良かった」と話してはいたが、代わりに誰がチラシを配るのかということで沈黙してしまった。
どうしてもライブを成功させたくて、本番ギリギリまで練習をすることになっていた。だからチラシを配布するための人を別に頼んでいたのだが……十五分経っても見つからなかったら練習を短くして自分たちでチラシを捌くしかないということで、俺たちメンバーは自分らでも配りながら代わりに配ってくれる人を探すことにした。
さっき堂林に冷たく言ってしまったバチが当たったのか……? と一瞬だけ頭をよぎる。そんなアホらしいことあるわけないだろ。誰なんだアイツは。神なのか。
俺もどこかに知り合いがいないか、練習場の音楽室を出て廊下をさまよう。もちろんチラシの束を持って。
「この後二時からライブやります! よろしくお願いします!」
正直、アテなんてない。
「第二体育館でライブやります! よろしくお願いします!」
そう声をかけながら廊下ですれ違う人にう、片っ端からチラシを配って回る。
文化祭期間中だから、蘭子さんのように学外の人もたくさんいる。受け取ってくれる人、にこやかに少しだけ頭を下げながら拒否する人、無視する人……受け取ってくれる人のほうが圧倒的に少ない。メンバーと分担したとはいえまだ手元には何十枚も残っているし、リハーサルの時間も確保しなければならない。
だから誰か頼む人がいればいいけど、あいにく友達と呼べる奴はバンドのメンバーぐらいだった。皆、俺みたいに自分たちのクラスでは浮いた存在だったし。
少しは友達でも作っておくべきだったか……なんてすごく勝手な考えが浮かぶけど、なりふりは構っていられない。いないものはいないし、どうしてもこのライブを成功させたかった。
私服姿の同じ年ぐらいの女の子二人組に差し出し、賦形であろう中年の男の人に差し出し、この学校の制服を着た女の子に渡そうとしたところで思考が凍りつく。
「小鳥遊君……」
制服を着た女の子は、堂林だった。
ああもう! なんでこんな時に会うんだよ……最悪のタイミングだろこれ……
「はかどっては……いないみたいだね」
堂林は俺が左手に持ったチラシの束に視線を落として、少し気まずそうに言った。
ああ、そうだよ。馬鹿にできるだろ馬鹿にすればいいだろう。
「この後第二体育館でライブやります!」
彼女を無視して再びチラシを配るのに戻る。さりげなく、しかしそれと気付かれないように、彼女から離れつつ配っていく。いや、差し出していくといったほうがいいか。誰も受け取ってくれないんだから。
なんだよ。見てんじゃねえよ堂林。女王のくせに。
「ねえ」
無視。
無視だ。
「手伝ってあげる」
無視……なんだって?
「ほら、チラシ渡しなさいよ」
そう言って堂林は俺の左手からチラシの束を引ったくる。
「どうぞよろしくお願いします~二時から体育館でライブやります! よろしかったら来てくださいね!」
呆然とする俺を尻目に、堂林はにこやかな笑顔でチラシを配り始めた。
「……ん? ねえ、二時であってるよね?」
「あ……?」
「二時……ってこれに書いてるか。体育館は第一じゃなくて第二でいいんだよね」
俺の返事を待たずに、チラシに目を落としつつ配り始めた。
「……小鳥遊君、このライブ二時からって書いてあるけど、今何時か分かってる? 一時四十分だよ? こんなところにいて大丈夫なの?」
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけどさ……
「ほら行った行った!」
そう言いながら堂林は俺の背中を押しつつ、顔は行き交う人々の方へ向けている。
俺はチラシを配り続ける堂林を少しの間見ていたが、彼女に睨まれた。逃げるように他のメンバーへ連絡するために携帯を取り出しつつ、音楽室へ向かう。
「ちょっとあんた!」
鋭い声がしたので振り返ると、その場でチラシを捨てた男子生徒を堂林が一喝していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます