第6話
足音が小さくなったということは、ミセス・ゼルダは去っていったんだろう。
依然として私は耳を澄ませていたが、ドアの向こうからはもう何も聞こえてこない。
やり過ごしたんだ……!
そう思うと同時に、深い吐息が出る。足から力が抜けていき、私は暗闇の中でしゃがみ込んだ。大きな深呼吸を一回。全身に酸素がまわり、身体が楽になってくる。そして、鼻に違和感を覚えた。
ん? なんか臭いな。なんだかカビ臭い。
古い本の匂いだ。
あ、そういえばこの部屋ってなんの部屋なんだっけ? この暗さだから、家人の私室ではないだろう。窓があるはずだ。同じ理由で、ギャラリーでもライブラリーでもない。じゃあなんなんだ? ああそうか、一旦出てみればいいんだ。
私はドアノブを手探りで握り、ドアをちょっとだけ開けて、廊下のようすを見る。
誰もいない。
そっとドアを開け、私は廊下に出た。そして部屋のドアを大きく開ける。廊下の光で、真っ暗だった部屋が照らし出された。
本。
棚。
本。
そして、本。
隣の部屋に目をやると、図書室がある。私が隠れていたのは、書庫だったのだ。
本に向かってノックしてたのか、私……。
ちょっと気恥ずかしくなりながら振り向くと、いた。
ゴンタロー。
私のキャップを咥えて。
しっぽを揺らしながら座り、じっとこちらを見つめている。
挑発しているつもりなのか、書庫に入った私をあざ笑っているのか、先ほどから一歩も動かない。
私は自分でも驚くほどの反応で、自分のキャップに向かって飛びかかる。彼も私を侮っていたらしい。ビクッと痙攣し、一歩だけ後ずさりした。
しかし猫の身体能力の高さなのか、私の伸ばした手をひらりと躱した。そして逃げ出す。
空振りした私は胸とお腹をしたたかに打ち付けたけど、そんなことにかまっていられない。すぐに身を起こして走り出した。
彼までだいたい一ヤード弱ぐらい。先ほどよりも距離はない。前方に曲がり角があるから、そこが勝負だ。いくら猫とはいえ、曲がるときも同じスピードを保っていられるわけがない。少なからず減速するはず。それに身体の横をさらすから、キャップが見える。そこを狙って取り返せばいい。
彼が曲がり角を左に曲がる。ようし……。
左足で踏み込んだ。ゴンタローをまたぐような形でジャンプする。ちょうど彼をまたぐような格好になった。
そしてすくい上げるように、左手をキャップに伸ばす。
ゴンタローも意表を突かれたのか、全く抵抗してこなかった。
左手に布の感触。掴んだ。少し抵抗がある。彼はキャップを噛んでいるせいだろう。しかしキャップは彼の口から離れ、無事私の手に戻ってきた。
勢いあまって壁にぶつかったけど、手をついたからそんなに衝撃はない。
振り返る。ゴンタローがこちらを見つめていた。
悔しいのか、じっと見つめたまま動かない。私はなんとなく気持ちがよくなって、勝ち誇ったようにキャップをかざした。フフン! どうだ、まいったか!
ゴンタローの目が鋭くなったような気がした。一歩だけ、ゆっくりとこちらへ踏み出してくる。
さっきまで抱いていた優越感は消え去り、私は彼の様子に気圧されてしまった。一歩後ずさり。
彼がまた一歩、こちらへ踏み出してくる。
私はまた一歩、後ずさり。
歩幅が違うから、私たちの距離はだんだん開いていく。しかし相変わらず彼はこちらをにらみつけたままで、一歩ずつこちらに歩み寄ってきた。
飛びかかってくる。私がとっさに後ろへ飛び退いたから、彼は空振りした。どうやらキャップに向かってジャンプしたらしい。
私はとっさに危険を感じて、ゴンタローに背中を向けて走り出した。振り向くと、ゴンタローがこちらへ向かって走ってきているのが見えた。
ちょっと、なんで私が追いかけられてるの!?
そう思ったところで、追っ手は背後を走っているだけ。私には逃げることしかできなかった。
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