俺と勇者の位置連動
我闘亜々亜
完
「お頼み申す」
学校の放課後、教室で友達にさらりと言われた。
「なに」
こいつの言動にはなれたから、突然の申し出にも日常として返す。
「最近、ゲーム開発にハマって」
ツールやプログラミングで、個人でも手軽に作れるようになったんだっけ? こいつも手をつけたのか。
「お前なんかにできんの?」
俺はゲーム開発をしたことはないけど、聞いたことはある。
完成までモチベーションを維持して、バグを見つけるたびにつぶして。とにかく大変そうだ。
「できるからやってんだよ」
かすかに眉をあげて、小さな反論を見せられた。図星だからこその反応だな。
「サイン、コサイン、タンジェント。わかる?」
ゲーム開発には学力も必要だろ。
シナリオを書くには、国語力が求められる。プログラミングで開発するなら、ある程度英語も読めたほうが楽そうだ。数学力もあったほうがいいだろ。サイン、コサインはシューティングゲーム開発に役に立つって聞いた。こいつがどんなゲームを開発しようとしているのか知らないけど。成績が悪いこいつが満足できる作品を開発できるのか、謎だ。
「そんなのできなくても、どうにかなるっ!」
とにかく楽観視な言動は、らしいな。俺からしたら『ゲーム開発をするヒマがあるなら勉強しろ』だ。こいつに言っても、聞かないんだろ。言ったとして『ゲーム開発が我が青春!』とか反論するんだろうな。勉強から逃げるネタに、ゲーム開発を使いやがったんだ。
「ある程度できたほうが――」
「テストプレイして」
『最後まで話させない』と言わんばかりに、まっすぐした意見を投げられた。
無視して、言葉を続ける道もあった。でも、こいつは聞かないだろ。言いたいことを言わせて、早く話を終わらせたほうが楽だ。
開発中のゲームを遊んで、バグを発見したりするのがテストプレイだったよな。開発者だけで済ませたら似たプレイ内容になって、バグを見つけにくくなるのかもな。商業のゲームもテストプレイヤーを募集するって聞いたような。ゲーム開発をする上でさけて通れない、大切な工程なんだろ。
「簡単?」
プレイ時間100時間越えとかだったら、さすがにお断りしたい。50時間近く遊んだのに、バグで先に進めないとかになったら落胆が激しい。こいつ開発のゲームにハマれるかも疑問か。
「お手軽ゲームよ」
俺の懸念を察したかのように、軽い笑顔で返された。
「どんな内容?」
多くのジャンルがあるのがゲームだ。モンスターを倒して冒険をしたり、横スクロールアクションだったり、ノベル、パズル、対戦格闘。ジャンルによって、こっちの心持ちも変わる。
「携帯電話で遊ぶやつ。ハイファンタジーな世界でモンスターを倒すタイプの」
「王道だな」
ゲーム開発初心者っぽいし、王道から始めるのはいいだろうな。王道から技術を学んでから個性をどんどん出していくのはお決まりだ。
軽く返した俺に、友達は指を振った。なめたような態度に気が逆なでされて、片眉がぴくりと動く。
「単純に考えてもらっちゃあ、困る」
そこそこのつきあいになるけど、ふとした瞬間の所作がいまだに鼻につく。『よく友達になれたな』と、たまに思う。
「王道にしか思えない」
逆立った内情を言葉に乗せて追い出したら、気分が少しゆるやかになった。
ハイファンタジー世界。モンスターを倒す。昔から使われてきた王道な世界観だ。『単純ではない』なんて、どんな了見だ?
モンスターが美女とか? 既にありそう。モンスターが野菜とかなら、まだないか?
ハイファンタジー世界で野菜モンスターを倒す、だったら。エンディングは『野菜モンスターを倒しすぎて食料危機』とかだったり? 楽しいのか?
「ゲーム世界と現実世界の位置が連動される。現実世界で動かないと、ゲームの世界でも移動できない」
想定とは異なる返答だった。携帯電話ゲームならではのシステムっぽいな。
「アイテム屋に行きたいなら、現実世界でもどこかまで歩かないといけない的な?」
「そうそう」
面倒くさくないか? とも思うけど、ゲームの遊びすぎ防止とか、運動不足解消とかになるのか? ゲーム世界の広さの表現にもつながるのか?
「現実世界で歩かないと、モンスターにも遭遇しない。モンスターに逃げられても追えるってシステムもあるぜ」
「追うのも、現実世界で歩くのが必須?」
親指を立てて返された。素直に『そう』って言えよ。いちいちイラッとする返しをしやがって。
面倒くさそうだけど、運動不足解消にはなりそう。表裏なシステムだ。
「ちょっとだけでいいからさ、やって?」
両手をこすらせて、懇願の姿勢を見せられた。正直、システム的にはひかれはしない。楽しそうより、面倒くさそうが勝つ。
冷酷に却下したい。ここまで頼まれるのも珍しいし、さわるくらいはしてやるか。
「少しだけでいいなら」
「心の神よ!」
ぽつりと了承したら、両手を天に掲げたこいつらしい感謝が返された。教室中に響いた謎の大声は、周囲にどんな解釈をされたのやら。
友達の開発したゲームが俺の携帯電話に追加された帰り道。友達に指導されつつ、ゲームを進めた。
主人公であるキャラクターは王道丸出しな勇者だった。余裕があったら複数のグラフィックを準備して選べるようにしたり、プレイヤーが準備した写真から選べるようにしたいとか。
プレイヤーのレベルにあったモンスターが出るようシステムらしい。どこでゲームを開始しても、勝てないモンスターが出ることはないとか。
ゲームを起動させて歩いていたら、弱いモンスターと遭遇した。2~3ターンで勝てて、お手軽だった。ほどよい強さは高揚を作る。
あと1体倒したらレベルアップする状態になって。早くモンスターと遭遇したい衝動のまま歩いていたら電柱にぶつかった。『ゲームに夢中になっていた』と悟られたくなくて、わざとぶつかったフリをした。見事、友達には隠し通せた。
個人開発にしては映えたモンスターや背景のグラフィック、サウンドとかは借りた素材を利用しているらしい。
どこに歩いたらどんな施設があるのかは、表示されたミニマップからわかる。開発者のエゴか、学校周辺に施設が多かった。
武器屋にも行けたけど、お金が足りなくて買えなかった。努力したら買えそうな値段設定の品もあって、そこそこ考えられたバランスは伝わった。数学は苦手なくせに、バランス調整はできるのかよ。
個人開発ゲームだからか、課金システムは一切なかった。こいつに現金を払いたくはないし、リアルマネーを必要としないシステムはありがたい。
ここまで遊んだ限り、バグらしい挙動は見られなかった。
『アイテム一覧でアイテムの効果がわかりにくい』とか『他プレイヤーとランキング機能があったらいいんじゃん?』とかの気になる点は伝えた。ランキングは考えていたらしい。事情があって、今は実装していないとか。
ざっと機能を教えてもらって、友達と別れた。
隙間時間に進めるうちに、ゲームをやる機会が増えていった。
回覧板を届けるとか母親からのおつかいの頼みも、モンスターに遭遇できるから嫌なだけの時間ではなくなった。面倒くさいと思ったシステムも、案外いいかもしれない。そう思えるまでになって。
すっかりゲームから目を離せなくなっていた。家でゴロゴロするのがもったいないと感じるほど、ゲームに夢中になって。
休日の今だって、昼間から携帯電話を片手に商店街を歩いていた。雑踏より気になるのが、ゲーム画面を表示させた携帯電話。
ちらりと視線を送った画面が、モンスターの出現を伝えた。
表示されたのは、見たこともないモンスター。何日か遊んだけど、こんなモンスターは初めて見る。
目を奪われているうちに、画面に『レアモンスター』の文字が表示された。こんなシステムもあったのか。
高揚しつつ、戦う。
攻撃は効くし、回避率も特別高いわけではない。素早いのか先制は奪われるけど、徐々にモンスターの体力は削れていく。このまま進めたら、倒せる!
思った瞬間。
モンスターは、画面から消えた。
何回か経験したからわかる。逃亡だ。証明するように、画面に『モンスターは逃亡した!』の文字の表示。
ここまで体力を削ったレアモンスターを逃がすなんて、したくない。
レアモンスターがどんな効果をもたらすかは知らない。大量の経験値なのか、お金なのか、レアアイテムなのか、それ以外か。わからないからこそ、逃したくない。
ミニマップを確認して、モンスターを追う。追いかけて接触したら、体力が削れた状態でまた戦える。しばらくしたらモンスターの表示は消えるから、時間の勝負。
モンスターの動きは速い。歩いても追いつけるモンスターとは大違いだ。早歩きでないと、ミニマップから消えてしまいそうだ。
ミニマップから目を離さないように、足を素早く動かす。商店街を抜けて、ミニマップを頼りに歩いて歩いて。
モンスターの動きがとまった。チャンスだ!
接近しようとした瞬間。
地についた足が必要以上に沈んで。かたむいた俺の体は、重力に落ちた。
なにが起こったのか理解が追いつかないまま、俺の体は地面にたたきつけられる。背中を襲う激痛。
まぶたを開けた視界に映ったのは、黒い世界にぽっかり空いた丸。丸から遠くに見える夕空。
痛みを押して、体を起こして手を伸ばす。ゴツゴツとした感触がふれた。積まれた石が暗い視界からどうにか視認できる。カビくさい不快なにおいが、鼻孔をついた。
ここ、どこだ?
見回そうとした俺に、暗い影がおりた。
「落ちた気分は?」
反響して届いた声に、空を仰ぐ。逆光で顔はよく見えないけど、シルエットや声で友達だとは思えた。
落ちた? さっきまでの行動で、ようやくつながった。
「俺、どこかに落ちたのか?」
レアモンスターに夢中になって、どこかに落ちた?
「古井戸ね」
それなら、積まれた石も納得だ。
「ヘルプ求む」
井戸に落ちて救出を求めるなんて情けないけど、強がっていられない状況だ。ハシゴとかが設置されている様子もない。積まれた石は、クライミングができそうな隙間もない。痛みもあるから、どちらにしろのぼれなさそうだ。
「拒否」
おい、この状況で見捨てるかよ。笑えない冗談はよせ。
いや、携帯電話があるか。ことは大きくなりそうだけど、警察とかに電話をしたらいい。
地面に落ちたと思われる携帯電話を手探る。落ち葉とかのゴミが多くて、不快な感触が伝わる。ある意味、クッションにはなってくれたのか? この量だと、それはないか。
思考しながら探る指先が、かたい感触にふれた。拾って視認したら、なじみのある携帯電話だった。暗くなった画面の携帯電話は、俺の操作に反応してくれない。落下の衝撃で壊れたのか? 画面にヒビが入っていそうな感触はある。ヒビ程度で壊れるのか?
「無理だよ。ウイルス感染してるから」
届いた声に天を仰く。変わらずに俺を見る姿が視認できた。
「なにが」
さっきまで正常にゲームで遊べていた。ウイルスを感じもしなかった。怪しいサイトにはアクセスしないようにしている。簡単にウイルスに感染するとは思えない。
「強い衝撃を感知したら、端末内にウイルスがバラまかれるように作った。ウイルスで携帯は使えない。衝撃で壊れて、使えなくなっただけかもしれんけど」
淡々と届く声は、なにを言っているのか理解できない。
「1週間も経過したらウイルスはゲームごと消えて、証拠はなくなる」
「なに、言っているんだ?」
ゲームって単語が出た以上、ウイルスはゲームに付属されていたのか?
「ここ、いい場所だろ?」
自分にとろかしているような声が怪しく響く。
「人がほとんど通らないから、殺すにはもってこいだよ」
『殺す』って、なにを言っているんだ? 全身がぞわりと異様にくるまれる。
「あとは、ここに落ちるようにするだけ」
ヤツの手に光ったのは携帯電話だった。ピカピカと明るい画面は、あのゲームを映している。
「ハマってくれて、よかった」
「待てよ! 『殺す』って!」
叫ぶだけで背中の痛みが響いた。思った以上に、ケガはひどいのか? まともなクッション素材のない井戸に落ちたから、当然とも言えるか。
「気づかなかった?」
あざ笑うような声が不快に響く。
「このゲーム、お前を殺すために開発したんだ」
衝撃的な事実に、喉を声が通らなかった。
いつもなら冗談だと思って、軽く流しただろう。
落ちた俺を救おうとしない。ゲームに隠されていたらしいウイルス。今の発言。そろった条件で、信じられるまでになってしまった。
「殺すって、なんだよ」
信じられた心のせいか、俺の声は少し震えたように聞こえた。体が震えているせいで、そう聞こえただけかもしれない。
「嫌だったんだよね。頭がいいわけでもないお前に、バカにされるの」
『ゲーム開発にハマった』と聞いた際も、軽口をたたいた。でも、それは。
「ただの、冗談じゃん」
友達だからこそ言えること。そうだろ? お前もそう思っていたんだろ?
「ずっとバカにしたじゃん。顔に出るから、手にとるようにわかったよ」
内心、バカにすることもあったのは事実だ。誰でもその程度は思うだろ? ちっとも悪く思わないで友達を続けられるヤツなんて、いるのか?
俺が発するより前に、起立して遠ざかる足音が届いて。
「待てよ! おい!」
石をたたいて訴えても、足音が近づくことはなかった。
どうしてこんなことになったのか。どうしてこんなことをされるのか。理解できないまま、夜はふけていく。
俺と勇者の位置連動 我闘亜々亜 @GatoAaA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます