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昼食は近くの食堂で摂った。
ブルー・カラーが多いらしく、とにかく量が多くて困った。味も濃い。僕は一番少なそうなパスタを注文したけれど、それも底の深い皿にどっさりと積まれていて、少し口にして途方に暮れていたら、残りはフィレカツ定食を食べ終えたトーヤが平らげてくれた。こういう時、肉体労働者がいると助かる。しみじみと実感した。
食堂は客の回転が速いので、早々に退散。次に日常品の買い物に移る。
僕は兼ねてより欲しかった照明スタンドを買う。これで夜でも最小限の明かりで読書が出来るだろう。
他に、歯ブラシやコーヒー、剃刀にテープ、その他、食材含めて諸々……荷物の大半はトーヤが持ってくれたけど、僕も持たされるほど大量に買い込む。不便なところに住んでいるから、一度に買い込まないとガス代が勿体ないのだそうだ。
それにしたって。
昼下がりに入る頃にはくたくたになって、僕は荷台の上で煙草を喫っていた。トーヤはまだ買い物があるらしく、不在。正直、シマの指示は僕を外に出すことより、本当に買い出しの人手が足りなかったからという可能性が濃厚になってきた。
操縦桿を力一杯引っ張ることには慣れているし、毎日走り込みもしているから、筋力はそれなりにあるつもりだったけど、それって日常生活で何の役にも立たないのだということがよく分かった。使っている部位が違う。早くも悲鳴を上げる躰の各所を意識しながら、ビル群をぼんやりと見上げる。
巨大な看板には戦闘機が描かれている。すぐ側には別の戦闘会社の機体。
こんなのはよくあることだ。殺し合う企業同士が、街中では平然と肩を並べている。昼食の席を共にすることだってあるだろう。それをおかしいとは思わない。
現代の戦闘はその大半が空中戦で決する。何故か。そうしないと民間人を巻き込む可能性が高い。戦闘会社もそのほぼ全てが株式会社だから、そんなへまをしてスポンサーの機嫌を損ねたくはない。だから、誰もいない戦闘指定区域で存分に戦って趨勢を決める。
戦闘会社は、クライアントのゼロサム・ゲームに付き合っているだけ。
だから、地上で会っても殺し合うなんてことはそうそうない。
皆無ではないのは、たまに上司や部下、友人を殺された恨みから、地上で犯行に及ぶ戦闘機乗りがいるから。
そんな奴は最初から飛ぶべきじゃない。
空を穢す卑しい人間。
空で勝てないから地上で殺す。
そんな発想は汚い大人だけのものだ。
視線を下に転じれば、街角に飾られたテレビには、最近行われた企業間紛争についてのニュースが報じられている。死者数とそれによる企業の業績の上下。戦争は経済行為だけど、ここまで徹底的に体系化されるだなんて誰が想像しただろう。
国家による一大イベントだった戦争は、既に企業の手に移って日常化した。
画面には戦果が表示され、どちらが勝ったのか、王冠のマークがついて分かる。すると、地図の色が一部塗り変わる。その地域の主な利権を、勝利した企業が獲得したわけだ。
ニュース・キャスターが盛り上がる。その戦闘で活躍したエースの話題だ。
エースはどの会社にも一人はいて、各社の広報が総力を挙げて英雄扱いする。大メディアがスポンサーにいる場合は、その知名度はダントツだ。といっても僕は一部しか知らない。東の魔女ヘルガ、ピレネー社のガトー。この二人くらいだ。
ちなみにヘルガについては、たった今ニュースで取り上げられて知った。
どうやらエース達の名前に関しても、僕は喪失しているらしい。或いは知っているエースは皆、墜ちたのかも。
エースなんてそんなものだ。一時の栄光。いや、本物のエースはそれを栄光とすら思わないだろう。そして、いつかは墜ちる。文字通り、大地へ。すぐに忘れ去られるのだ。心配することは何もない。代わりの英雄はメディアが創ってくれる。
僕の耳が自然と反応。すっと背筋を伸ばしてその方向を見る。
やがてはっきりと聞こえてくる轟音。最初、羽虫のようなそれは、やがて空を震わせるほどになる。
爆撃機の編隊が、摩天楼の上にその威容を見せた。
航空艦の類は見当たらないけど、あれはそもそも街の近くで飛行機と同行するものではない。速度も大きさも違いすぎるからだ。
爆撃機直掩の戦闘機もかなりの数。
大きな編隊だ。
どこの企業だろうか。目を細めるが、流石に高度がありすぎる。機体の種類も、かすかな僕の記憶にあるものと違っているから判別出来ない。
人々が立ち止まって空を見上げる。口々に何かを言い合って指を差している。笑っている奴もいる。彼らにとって戦闘会社の戦いは、遙かな高みの出来事だ。地上に災禍が降ってくるっていう神話があったけど、それも所詮は神話。もう誰も信じちゃいない。
でも降ってくることもある。皆、それを忘れているんだ。
僕は彼らに向けて操縦桿を調整。
機銃のロックを外した。
どこを見ても標的だらけ。撃てば当たる。楽な仕事。
迎撃がないなら、対地攻撃は一方的だ。
ばばばば。
もちろん、弾は出ない。
「何をしてる?」
冷たい声に振り向くと、荷物を抱えたトーヤが見下ろしていた。
「そこに置く。退いて」
「あ、うん」
飲料水の馬鹿でかいボトルがどさどさと放り込まれる。結構な重量のはずだけど、一人で持ってきたのか。たいした体力だ。
もちろん、食料などはこれで全部ではない。水道は引かれているし、野菜なんかは飛行場近くの農家から買うし、時折、運送会社が給油のために滑走路に降りてきたりするので、その際にいろいろ買ったりもする。運送会社もそういう、持ちつ持たれつを見越して、余分に荷物を積んでいたりする。
企業の支配下で運輸も徐々に合理化されつつあるけど、広すぎる大陸ではやっぱりファジィであることが宿命的に求められる。彼らの支配に限度があることを証明しているのだけど、誰もそれを指摘しない。
企業の傘下にあるメディアが報じないから、誰も知りようがないのだ。
では何故僕が知っているのか。誰よりもそれを僕自身が訊きたい。
知らないうちに知識が湧き出して思考を支配しているなんて、本当にぞっとしない。うんざりしながら首を振ると、トーヤの訝しげな視線。
「大丈夫か」
「ああうん……いや、大丈夫。もうこれで全部?」
「ああ。時間も頃合いだし、そろそろ戻ろう。多分、もう、保険会社も帰ってる」
街で五時間くらいは過ごしていたことになる。往復二時間と考えると、成る程、とっくに帰っていると思っていい時間か。
やっと、このざわめきの空間から抜けられる。
それだけで僕はほっとした。
最後に、飛び去っていく爆撃機編隊を見送る。
もうかなり小さくなっていた。
あの方向は……例の雪山近辺だろうか。
「あの編隊、これから戦争だね」
「ああ。あんなにでかいと、敵会社を直接爆撃する気かもな」
どこかは知らないけど、とトーヤは言った。
途中、燃料スタンドに寄って給油してから帰投。
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