2-8

「分からないのは」


 ニコチンが脳に回り、頭が冷えてから、僕は言う。


「何故、貴方がそんなにこのことを気にするか、なんだけど」

「単純に、個人的興味だな」


 ガトーの答えは簡潔だった。


「戦闘機相手に、非戦闘機がどうやって生き残ったのか。そのロジックに興味があるだけだ。参考に出来るもんなら、したい。安心しろ、俺から約束した以上、それが法に触れるものでなけりゃ、絶対に黙っていてやる」

「僕は絶対、とか、全然、とか、そういうことを口にする奴は信用しないことにしている」


 今度はガトーが困った顔をする番だった。


「じゃあどうすれば話してくれる?」

「その煙草、どんな味?」


 彼は煙草を一本差し出す。受け取ると、ライタで火を点けようとしてきたけど、それは断って自分で点火。礼を失した行いかもしれないけど、僕はそういう行為は大嫌いだ。するのもされるのも嫌い。

 しばし味わう。どちらかというと、からりとした味だった。黒猫に比べると随分マイルド。銘柄を見る。海模様のパッケージ。


「まあ、そんな、隠すようなことじゃないんだけどね……」


 僕は少しの沈黙の後、話し始めた。


 経緯を話すに従って、ガトーの僕を見る目が変化していくのが分かる。その変化は、僕にとって決して不快なものではなかった。ただ面白い話を聞こうとする意思が変化して、こちらを探ろう、知ろうとする類の目になったというだけ。もう少し僕にだけ分かりやすい例えをすると、野鳥の飛び方を観察する時の、疑り深くも敵意のない目。


 話そのものは簡潔に終わった。脚色しようにも短い時間の話だし、したところで面白くなるものでもない。


 終わった後、ガトーはしばらく考え込んでいた。考えていることは分かる。だから僕はアドバイスを送ることにした。


「前提条件が違いすぎる。たぶん、ドグファイトでは使えないよ」

「どうかな……状況に応じて使えるかも。偵察機がそういう動きをする、とか」

「渓谷内で、戦闘機相手に? 貴方の乗ってるテンロウ相手じゃ、どうやったってパワー負けする。絶対に、不可能だ」

「お前、何者だ? 戦闘機の経験があるな。どこのパイロットだった」


 喋りすぎた。ここでようやく僕は、自分が自覚している以上にハイになっていることに気づいた。全くどうかしてる。空中戦のせいだ。きっと、ストールの時に余分な酸素が脳に行ったんだろう。


 舌打ちを堪えて、煙草を口にして間を取る。


「いや……機体でいろいろ遊んでいたから、あんな芸当が出来ただけで」

「の割には、テンロウ相手じゃ絶対不可能なんて、えらく自信ありげに断言したな」

「理屈で考えれば、誰だってそう思う……特に、テンロウは有名だし。飛行機好きなら誰もが知ってるだろう?」


 僕が誤魔化そうとしているのは、単純に「戦闘機経験者が乗っていた」という事実によって、保険が下りたり下りなかったりしないか、という、会社というか、ミモリに対する気遣いによるものだ。


 全く不自由。なんて地上。


 空を飛んでいる間は考えなくてもいいことを、余計に考えてしまう。

 ガトーはしばし、胡乱げな眼差しを僕に向けていたけど、やがてふんと鼻を鳴らす。


「まあ、いい。約束したしな。その辺も黙っておいてやるよ」

「そうしてくれると、助かる」

「もう一度、名前聞いてもいいか?」

「シラユキ」

「俺はガトー。覚えておくぜ、お前のこと」

「僕は人の顔と名前を覚えるのが苦手なんだ。忘れてしまっても怒らないで欲しい」

「出来れば覚えて欲しいな」

「善処はする」


 外に出ると、郵便連盟の代理の運び屋が到着していた。整備士も。早速ワインレッドの機体に取り付いて、作業を開始している。それを腰に手を当てて見守っていたミモリが、僕に気づく。


「終わった? 随分長かったみたいだけど」

「いや……雑談をしていた」

「ピレネー社のエースと?」

「エースなの?」

「スカーフェイス隊……あの傷のエンブレムの、傷痕の人の隊って、エース部隊なんだって」


 あまり興味なさそうに、ミモリ。誰から聞いたのだろう。他の隊員か、郵便連盟の人か。


 スカーフェイス。傷顔か。基本的に部隊名は、隊長のコードネームを使う。本来、本名とそれは繋がらないように隠されているのだけど、エースともなると有名人だからそうもいかない。よほど特別な事情でもない限り、本名も公開されて、会社の宣伝に使われることになる。


 特別な事情というのは、例えば……人間じゃない、とかかな。


 ミモリはエースよりも、戦闘機に興味津々のご様子。


「あんなにでかいエンジン、どうやって整備するんだろうね。爺ちゃんは兎も角、トーヤにも出来るかな」

「無理じゃないと思うよ。勉強すれば、割とすぐ。かれは才能があるから」


 それに、テンロウは空冷星型エンジンで、しかも整備性を念頭に設計されている。初心者向けだと言ったのは、誰だったか……思い出せない。


「シラユキはトーヤをすごく買ってるよね。それって、恋?」


 飛行機に向けるのと同じくらいの好奇心の眼差しを向けられて、僕はちょっとだけ笑った。


「いや……先行投資かな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る