2-7
燃料スタンドは山から風が吹き下ろしてくる位置にあって、寒い。
だから割と設備がしっかりしていて、休憩所にはコーヒーのディスペンサーと、汚れたキッチン設備が置かれている。コーヒーが駄目な人は、勝手にお湯を沸かして紅茶などを作ってもいい。
僕とその男は、コーヒーを手に、安いプラスティックのテーブルを挟んで向かい合っていた。
顔面に大きな傷痕を持つ男だ。パイロットにしては大柄だった。そのごつごつした躰をツナギ型の飛行服に窮屈そうに包んでいる。精悍な顔立ちで、顎にだけ無精髭が生えている。ただそれらよりも傷痕の印象ばかりが目立つ。
外に駐機してあるテンロウには、それに倣っているらしい傷のエンブレム。
つまり、先日僕達が遭遇した戦闘機編隊だ。
よく考えてみれば、この辺りの最前線で戦っているパイロットだったわけだから、こうして偵察や訓練飛行中に通報を受けて再会、なんていうのも、あながち低い可能性ではないのだろう。企業軍のローテーションから見ても無理のない時間だ。
まあ、それにしても偶然が働いたのだろうけど。
向こうは僕達のことを覚えていないようだ。反応も特になく、ガトーと名乗った。
「それで、ええと」
やりにくそうに大柄な男はうめいた。
「概ねの話は聞いたんだが」
窓の外を見ると、まだ山が見える。
半分くらいは錯乱していたミモリより、僕の方が状況をしっかり把握しているから、彼女は今、フレガータの整備中。僕だけが聴取を受けている形だ。
「どうにも信じられねえんだよな……」
「嘘は言っていない」
「疑ってるわけじゃないんだ。実際、お前らの来た飛行場から、管制の制止を振り切って離陸したおんぼろ戦闘機がいたことは確認してる。お前の言う機体特徴とも合致してる。そこはいいんだ」
彼はメモも取っていないから、これは本当にごく形式的な事情聴取だろう。本格的な調査は保険会社の仕事のはずだ。
だから僕も、特に気負わず、ありのままを話した。ただ、ぼかしているのは、
「ただなあ……どうしても分からん。旧式とはいえ、戦闘機だ。正直な、俺らは、お前さん達の仇討ちをするくらいのつもりで来たんだ。それが、被弾しているとはいえ、ぴんぴんしてる。で、相手は山壁に激突して自滅していると来た」
「本当のことだ」
「うーん……」
つまり、僕は、自分が意図的に敵機――あの老飛行士を心理的に振り回して視野狭窄させ、壁面に誘い込んだということは話していないんだ。
別段、隠そうという意図はない。ただ、誇示して話せば会社に迷惑が掛かるし、僕自身も面倒になるだろうと思ってのこと。
予想外だったのが、目の前の男が意外と理屈に煩いということだった。
「被弾箇所が数カ所。つまり何発か撃たれて、致命傷を避けてるんだよな? 普通は墜とされている」
そう、それが道理だ。
戦闘機が狙った獲物が、墜ちない理由はほぼないと言っていい。僕だって正直、半分以上死ぬものと思っていたのだけど。
「相手が下手だったんだ。そうじゃなきゃ死んでる、間違いなく」
これも、嘘は言っていない。
「例えば、貴方が相手だったら、僕は死んでる……多分」
「おべっかに慣れてないのは分かった」
吐息。
「まあ、何だ。谷底に落下した暫定空賊機に関しては、剣山連峰とはいえ今は夏だし、多少時間は掛かるだろうが、回収できる。お前さん達の機体には機銃がついていない以上、俺にはこれ以上のことは分からんね」
お手上げ、というように、申し訳程度に手に持っていた書類を机に投げ出すガトー。そうそう、そういう割り切りの良さが戦闘機乗りには大切な素質なんだよ。
「でもな、保険会社は問題にするかもしれん。相手が死んでるからな」
「うーん」
やむを得ないこととは言え、僕の判断で会社に、ミモリに迷惑が掛かるのは避けたいところだった。困ったように首を傾げると、ガトーはとびきり意地の悪い悪戯を思いついた子供のような顔をした。
「じゃ、こういうのはどうだい」
「何?」
「お前さんは俺に本当のところを話す。そうしたら、俺は保険会社に口を利いてやる。特に不審な点は見当たらないって、ひと言添えるだけだけどな。でもそれで随分と話が違ってくるはずだ」
僕は即答を避けた。じっと相手の顔を見てから(何が読めるわけでもない)、
「煙草を喫っても?」
「おう、いいぜ。ここは自由空間だ」
ガトーもまた、ポケットから煙草を取り出した。
しばらく室内に紫煙が漂う。
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