2-5
「あ、当たった、当たったよ!」
僕は叫ぶミモリに、落ち着いて各所の舵を確認するように言う。問題なし。
やはり読まれてきた。というか、こっちの鈍さが分かってしまえば、操舵の動きを見て十分回避方向を予測できる。次に同じ行動をしたら、確実に当ててくるだろう。
「どうしよう! ねえ、警備隊はまだ? シラユキ、怖い……」
「落ち着いて、ミモリ」
努めて冷静に言う。でも僕に言わせれば、ここまでパニックを起こさずに機体を操ってきたミモリの度胸を賞賛したい。恐らく初めて撃たれただろうに、泣き喚かないのは、実は僕にとって最大の計算外だ。
回避するのはあと一回くらいが限度だろうが、その一回は大きい。要するに生きているか死んでいるかの違いなのだ。
「ミモリ、言う通りにやって。敵がまた撃ってくる前に合図するから、右のラダーを踏んで機体を横滑りさせるんだ。後の回避行動は一切要らない。もちろん、進行方向には注意して。出来るね」
「え……」
「大丈夫。当たらないおまじないだ」
適当に言う。ミモリは黙ったまま、背中を緊張させている。その首が頷きを見せたので、僕はほっとする。
敵の機体が迫ってくる。あまり近づかないのは何故だろう? 多分、この狭い渓谷内で、撃墜した機体との激突を恐れているんだろう。実際の空中戦でもよくある事故だ。その余裕がある限り、僕達が生き延びる目はない。
あと二秒で射撃位置に着く。そう思った時には、ミモリに合図していた。
ラダーが稼働。機体は進行方向をわずかにずらした。ただし機首は変わらない。つまり、正面を向いたまま斜め歩きをしている状態だ。
僕は背後を注視。敵がそれを悟っていないことを確信する。
「シラユキ……」
「大丈夫、僕を信じろ」
今にも急旋回をしそうなミモリに声を掛けて、それでも緊張は抑えきれず、僕の手が自然と操縦桿に伸びる。機体を動かさないようにだけ我慢して、その瞬間を待った。
ファイア。
撃たれた。
でも火線はまるで僕達を避けるように、僕達の左側を駆け抜けていった。
「え、外れた?」
「魔法だよ」
ミモリが驚くのをよそに、僕は今度こそ操縦桿を握りしめる。
「ミモリ、アイハヴ・コントロール」
「え?」
「操縦桿を離して」
「あ、うん、ゆ、ユーハヴ・コントロール」
スロットルを全開に。操縦桿をめいっぱい引く。
機首を上げると、風の感触が手に戻ってくる。急激な上昇に、しかし戦闘機は楽々、追いついてくる。そりゃそうだろう。上昇性能ではあちらが遙かに上だ。
忙しなく後ろを確認しながら、僕は尾根のある一点を目指して飛行。
そこは波濤が固まったような形状をしていて、下から見ると僕達に覆い被さるような印象を与える尾根だ。普段なら危なくて絶対に下は通らない。
敵が背後に食いついてくるのを見ながら、僕はさらに操縦桿を引く。
迎え角が九十度を超えた。
世界が反転。
全部ひっくり返って、大地から空へと、人も雪も落ちていきそう。
そんな空想をほんの刹那。
僕は敵に見えないように機体の角度を徐々に調整しながら、フラップを開いていく。
スロットルも徐々に絞る。
敵の姿はもう、背後、すぐ側。
今にも撃ってくる。
郵便機相手に六回も外したんだ。
戦闘機乗りとしてのプライドはもうズタズタだろう。
絶対に次で仕留めようとする。
そう、今度は確実に距離を詰めて、こちらの舵にもしっかり目を向けている……
機体がある速度に達した。
僕はめいっぱいフラップを開き、スロットルを引いた。
下がったエンジン・パワーと、重力が拮抗。
一杯に広がった翼が、谷間の気流を受け止めた。
軽いフレガータはたちまち空中で止まり、風を受けてふわりと浮かんだ。
尾根から剥離するように、羽みたいに軽やかに。
重力が消えた。
僕は全てから解放される。
この惑星からも、敵からも。
生や死からさえも。
その刹那に法悦を覚えた。
相手はこんな郵便機がストールするなんて思ってもいないから、完全に反応が遅れた。
僕達を追い抜いていく戦闘機。
風防のない、遮風板だけのコクピットが見えた。
目が遭う。
僕は気づく。
パイロットの髭面。
その、ゴーグルの奥の濁った目。
昨夜の宿の前にいた、あの老人だった。
一瞬ですれ違う。
僕達のほうを見ていたパイロットは、自分の進行方向にあるものに恐らく最後まで気づかなかった。
覆い被さるように突き出した尾根。
勢いを殺さないまま、戦闘機はそこに突っ込んだ。
プスン! という音がして、鉄と木材が飛び散る。
フレガータがそこで万有引力に敗北して反転。
エンジンのある機首が下を向く。
視界から戦闘機が消えた。
機体の制御に集中。
スロットル・アップ。
フラップを少し閉じた。
落下の気流を翼が受けて、すぐにコントロールを取り戻す。
それでも急激な機動をすればバランスを崩すから、敢えて谷底ぎりぎりまで下降して、十分に機速を得てから上昇に転じる。
バック・ミラー越し、破片が落ちていくのが見えたけど、その時にはもう僕は興味を失っていた。
あちこちに首を振って、機体をぐるりとローリング。他に敵機がいないかを確認。一機片付けたと思った時が危ないんだ。
他に敵影はなし。
機体を正姿勢に。
僕は言った。
「ミモリ、ユーハヴ・コントロール」
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