2-3

 フライト開始から三十分ほど。


 不意に僕は気づく、その異音に。

 僕らのプロペラと少しだけ違う波長が混じっている。


 こういうのは良くない。好きじゃない。

 僕はさらに高度を上げた。


「シラユキ、上がりすぎ――」

「ミモリ、ロールするよ」


 昨日、注意されたことは覚えているから、事前に言って上昇角を調整、トルクに任せてゆっくりローリング。谷間にいたままでは音が反射して、方向が分からないのだ。


 それに、空中において高度は絶対的なもの。ゼロを乗算するのと同じ。

 加えてローリングによって死角をなくす。昔からよくやる習性だ。


 別に習い癖のようなものだ。

 でも正体の分からない、他の飛行機が近くを飛んでいるという状況が、僕にはひどく気に入らないだけ。


 それだけなのだけど。


 すぐに思い出す。僕が乗っているこれは、ただの連絡機を改造した、郵便飛行機だということ。高度を取ったって何の意味もないじゃないか。まったく何てことだ。


 自分のミスに気づいたけど、得たものもあった。


 見つける。

 黒茶の点を、雪の中に。


 冬季迷彩だったら、きっと気づかなかっただろう。そのくらいに小さい。


 僕は即座にそのまま大きく上昇、背面飛行に移る。すぐに大きな円を描いて、やがて惑星が一回転して下降に入るのだ。ループ機動。


「ちょ、ちょっと、シラユキ」

「ミモリ、この辺の地形は慣れてる?」

「え、うん」

「合図したら操縦桿を預ける」

「え?」

「急降下。歯を食い縛れ」

「ちょっと……」

「喋るな!」


 最後に怒鳴りつけ、僕はループからダイブ。向こうはとっくにこっちに気づいてる。どう来るかな。僕がやることは何が何でも一つだ。急降下して再び山間に入らなければ。


「ちょっと、シラユキ、何を遊んで……」


 ダイブ。


 向こうは単純でシンプルな行動を取った。そりゃそうだろう。僕でもそうする。


 上昇、機首上げ、対面交差。


 つまりヘッド・オン。真正面から向かい合い、すれ違うのだ。


 武器のない飛行機相手に、正面から撃つほど楽な仕事はないだろう。


 僕は敵の機体を見る。向こうも見た。

 そう思った時にはラダーを蹴ってローリング。あまり無理をさせられない機体だ、これが精一杯。


 でもそのおかげで、致命傷を受けずに済んだ。

 どこかに弾丸が当たる音がしたけど、角度的にエンジンだけは無事なはずだ。


 空気を切り裂く鋭い音。


 風防のすぐ横を火線が通り過ぎていくのを見て、僕は再び降下を選ぶ。


 今の一撃で仕留められなかったのは幸運だった。運というものを僕は信じていないが、この時だけは信じたっていい。それくらいだ。


 原因は三つ。相手が下手だった。機体が古かった。そして二挺搭載されている機銃のうち、一挺が作動していなかった。これだけ重なって信じてあげなかったら、幸運の女神だって可哀想だろう。


「え、何、何。撃ってきた? え、何で?」


 ミモリが混乱している。僕は舌打ちして言う。


「敵」

「え?」

「撃ってきた。敵だ。あれは、戦闘機。郵便機じゃない」

「だ、だってこんな山中で空賊? 獲物が山に激突して」

「ただのトリガ・ハッピィかもしれない。機体だって随分いい加減。とにかくまともじゃない。空賊に追われた経験は?」


 僕はその経験を既にミモリから聞いていたけど、敢えて訊く。ミモリはバック・ミラー越しに一度頷き、


「ある……ある」


 もう一度頷いた。

 OK。少し落ち着いてきた証拠だ。

 僕は続ける。


「ミモリ、僕はここの地形に慣れてない。相手は戦闘機。普通に空の上で逃げ回ったら絶対に墜とされる」

「う、うん」

「だから、ユーハヴ・コントロール」


 水平飛行に移ってから僕は操縦桿を手放す。

 ミモリが慌ててそれを握った。


「え、え、」

「機長、コントロール」

「あ、アイハヴ・コントロール!」


 これで良し。不慣れな僕が地形追随飛行をしてもクラッシュするのが落ちだ。だからメインの操縦は彼女に任せる。

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