2. アッサルト
2-1
朝。
幸いにして雪は降らず、飛行には支障がないようだ。
早朝だというのに、飛行場には早くも大量のエンジン音が、ぶんぶん鳴り響いている。
それは山肌に反射して、村中に響き渡る。真夏の蝉の大合唱だってここまで五月蠅くない。多分住民は全員起きていることだろう。苦情は来ないのかなと、なんとなく気になったが、止めさせたら、この集落に郵便や物資が届かなくなる。多少の不便は我慢ということだろうか。
たくさんの数の、たくさんの種類の飛行機が並んでいる。製造年代もまるでバラバラだ。こんな小さな飛行場に、よくもまあこんなに大量の飛行機が格納されていたものだと感心してしまう。ちょっとした博物館だ。
僕は煙草を喫いながら、フレガータのエンジンが暖まるのを待っていた。レシプロは起動までが案外長い。これが軍用になるともっと強力な発動機で一気に回転数を上げるのだけど、こんな田舎でそんな設備は望むべくもない。さっきから、時々咳き込むエンジンの機嫌を伺いながら、ミモリが操縦席で小さな工場(つまりスロットルやスタータ・ハンドルだ)と格闘している。時折コクピットに登っては、
「どう?」
と聞くのだけど、そのたびに彼女は苦笑いを浮かべて、
「参るよね。雪山の朝はいつもこうだ。このねぼすけ、まるで状況が分かってない。昼までには麓に行かなけりゃいけないのに!」
と零す。
管制塔は
僕は整備に関してはまるで素人なので、出来ることがない。肩を竦めて、灰皿のあるガレージに向かう。フレガータはここから引っ張り出して、現在暖機中というわけ。
ガレージの中、随分奥の方で、何か揉めているようだ。怒鳴り声か喧噪の隙間から聞こえてくる。乗せろ、出せ、無理だ、おんぼろ。聞こえてくる単語はそんなところ。何となくそちらを見て、そこで視線が止まる。随分と旧式の戦闘機があった。複葉機で、キャノピィもついていない。何世代前だろうか。
レシプロ航空機は一応、技術が完成した乗り物と言って良い。戦闘機という分野ではその大半は推進式になったけど、整備や量産の容易さから牽引式もまだ根強く使われている。つまり、細かな好みに合わせたバージョンや燃費の改善などが永遠に解決しない課題として残っているだけで、よほど画期的なエンジンでも開発されない限りはずっとこのままだろう。そして企業は、ジェット・エンジンを開発することは恐らく当分ない。五十年後は分からないけれど。
そしてこいつは、それらの戦闘機の先祖(先輩ではない)とでも言うべき代物だ。さっきの喩えじゃないけれど、博物館に飾っておきたいレベルの骨董品。人だかりはその周囲で揉めているようだ。戦闘機のほうに興味をそそられて僕もそちらに向かおうとしたけれど、
「しゃあっ、かかったあっ!」
ミモリの快哉と共に、力強いエンジン音が大きく鳴り響く。腹に響く心地よい音。
「出発?」
僕はちょっと未練な視線を戦闘機に投げかけてから、フレガータのところに戻る。
「もうちょっと暖機するけどね。でももう乗って。順番が押してるから」
「うん」
空を飛べる。
それだけのことで僕には嬉しい。この飛行場は他所より空に近いから悪くないけど、地に足を着けている限り、空の自由さには敵わない。
いそいそとコクピットに乗り込む頃には、旧式戦闘機のことはもう忘れていた。
何とか定刻通りに離陸。
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