1-8
僕にとっては初めての飛行場だったので、慣れているミモリが着陸を担当。
雪解けの反射と、ナトリウム灯に彩られた滑走路に飛び込む。
周囲には結構な数の飛行機が止まっていた。これから飛び立とうとする機体はない。
こんな辺境にこんなに飛行機がいるのは、ここが剣山連峰の中継基地になっているからだそうだ。ここを拠点に、各集落に飛行機が散っていく。
「その割に僕、今までここに来たことなかったんだけど」
疑問に思ったので訊いてみたら、
「うち、ほんとに小さい仕事しか回ってこないから……」
ということらしい。
何故か夕飯は僕が奢ることになった。
手続きと引き継ぎを済ませて滑走路脇を歩く。雪がところどころに積み上げられた飛行場の空気は、針のように痛かった。オイルの匂いがかすかに漂うのは、多分格納庫からだろう。寒いときと暑いときとで、匂いにはわずかな違いがある気がする。煙草は控えた方がよさそうだ。
飛行場を立ち去る直前、飛行機の前で仲間と談笑していた中年の飛行士が声を掛けてきた。髭を蓄えた小柄な男だ。
「ようミモリ、今日はここで泊まりか?」
ミモリの知り合いらしい。気安い様子で声を掛けてくる。ミモリも笑いながら、
「暗くなっちゃったからね。メルケルのおっちゃん達も今夜はここ?」
「おう。だがなあ、ちょいとエンジンの音がおかしくてなあ。場合によっちゃ徹夜で修理かもなあ」
「あー。手伝おうか?」
零細企業だから、ミモリも簡単な整備は出来る。というより、民間の飛行士はみんな、多少の整備は出来るものらしい。いつでも飛行場に整備士が常駐してるとは限らないのだそうだ。
ちなみに僕は全く出来ない。
「いんや。お前さんも明日早いだろ。他の連中の手伝いなんざ考えんな。休め休め!」
「はあい。ま、手が必要になったら言ってよ」
「ああ。そういや、西部の戦場はピレネーが勝ったらしいな」
「あ、そうなんだ。昼下がりにそこに行く戦闘機と話したよ」
「まじか。ジンガか?」
「テンロウだった。黒いやつ」
「じゃあ今度擦れ違ったら中指立ててやれ。こっちの賭け金パアだったんだからなあ」
「知らないし。ていうか賭けるなよー」
戦争賭博は禁止されているけど、徹底されてはいない。何でもそうだけど、法律で強く締め付ければ不満が起きるし、地下に潜られれば摘発はより困難になる。よほど問題のある行為でない限りは、たまの見せしめで十分治安が保てる、というのが、今の支配者たちの考え方らしい。それが正しいかどうかは知らない。ただ、罰則を強化すれば何もかも良くなる、と考える時代はもう終わったらしい。
昔はそういうのが横行して、それが元で戦争が起きたり、動乱が起きたりしたものだけど、今はすっかりそういうことがなくなった。
ミモリが話し込んでいる間、僕はずっと彼の飛行機を見ていた。双発の牽引式。重そうだけど航続距離は長そうだ。乗客を結構乗せられるタイプ。言わば空のバスだ。
もっとも、窓が全部汚れているのを見る限り、載せているのは人間じゃなくてただの貨物だろう。大型の荷物を運ぶことを専門にした飛行士かもしれない。一二気筒の空冷エンジンは頼りになりそうだ。ただし、双発ということは整備の手間も二倍掛かるということでもある。液冷式の双発なんて、考えるだけでも面倒くさそうだ。尾翼と機体の間に、ワイア・アンテナが張られていた。
「シラユキ、いつまで見てんの。ご飯行くよ」
「あ、うん」
いつの間にか話が終わっていたらしい。ミモリは飛行機から離れたところにいた。
「ちょっと待った、嬢ちゃん」
追いかけようとしたところで、髭の飛行士に呼び止められた。
「僕?」
「あ? 何だ、お前、坊主か?」
「神様は信じてないかな」
髭の飛行士は首を傾げたが、
「まあどっちでもいいや。その髪だけどなあ、隠しとけ」
「髪?」
反射的に前髪に触れる。ショートボブくらいの長さの髪を、邪魔にならないように後ろで縛っている。その色は抜け落ちたような白。僕が自分の名前がシラユキでもいいと思ったのは、ミモリがこの髪の色に似合う名前だと言ったからだ。
「そう、その髪。この辺りじゃなあ、若白髪は不吉だって言って嫌われんだよ。喧嘩は売られんと思うが、絡まれても面倒だ。隠しとけ」
「ふうん……」
相槌を打って、とりあえずさっきまで機内で被っていた飛行帽を取り出して、髪を仕舞い込む。
「こんな感じで?」
「ああ。人前では脱がんほうがいいな」
「了解。ありがとう」
特に逆らう理由も拘りもない。僕は素直に礼を言った。もっとも、まだ実際に役に立ったわけではないから、お礼を言うのはおかしなことなのかもしれないけど。
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