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 視線を落とした地図にはこの国の知識主体たる大陸書会の署名がある。西大陸の全てを網羅したといっていいその図面には、大陸を二つに分ける連峰が一際大きく刻まれている。その山々の大半は共和国の領土で、そこの住人も共和国人となる。


 が、そもそも大陸全土が広すぎるせいもあって、そこに住まう人々の多くは自分たちを共和国リパブリックの国民であると名乗る前に、各自治体の名前を挙げて自らの所属と言う。つまり、大きすぎる区分けがもう何の意味も持っていないということ。地図に引かれた国境だって曖昧だ。


 これだけ広いと自国の統治そのものが放任的にならざるを得ず、それゆえに、国民意識の育たなかった共和国と連合王国ウニオンは、隣り合う地形であるにも関わらず大きな戦争をほとんど経験せずに今日まで過ごしてきた。


 無論、皆無ではない。国境付近で戦争じみた武力闘争が起きたことは一度や二度ではない。


 けれど、どこかの自治体が諍いを起こしても、それ以外のコミュニティにまで感情が波及しないのだ。帰属意識が薄い。


 そのためどちらの自治体も、税も兵も戦時徴発なんて望むべくもない。あっという間に物資の補給が滞り、なし崩しに諍いは終息してしまう。


 国家間の争いなんて、せいぜいそんなものだ。

 企業の起こす戦争に比べれば可愛いもの。石を投げ合う程度。


 代わりに企業戦争は規模が違った。

 何せ資本が違う。企業内部の意思統一も違う。使用する武装もまた違う。だからミモリの時代の戦争といえば、企業間戦争のことを指すのだろう。


 それでも、戦争には違いない。

 たくさんの飛行機が墜ちた。

 たくさんの船を沈めた。

 いっぱい機銃を撃った。


 僕の躰が覚えている。


 あの強烈なターンの重圧、


 鼓膜を振るわせる、二十気筒エンジンの咆哮、


 びりびりと震えるポリカーボネイト、


 ストールの、全てから解放される浮遊感、


 キャノピィの破片が頬を切り裂く痛み、


 叩きつける烈風、


 血の味、


 塩辛い、


 自分の躰から流れる液体、


 僕は血で固まった右目に触れた。


 残った目でジャイロ式照準器を睨みつける。


 ガンクロスのど真ん中、最後の一機を捉えて離さない。


 右へブレイク。


 逃がさない。


 フック気味にカーヴ。


 ぴったり背後。


 水面すれすれだ。前を行く敵機が飛沫を上げる。高度を落としすぎて焦ったのか、僅かに機首が上がる。


 機速が落ちた。


 ほら、もう終わりだ。


 僕は機銃のトリガを引いて――……


「シラユキ」

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