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 郵便局は飛行場の近くにある。これはどこの街でも同じだ。街の外から集配された郵便物は一旦そこに集められ、街中へと改めて配達される。


 ただし、もっと大きな貨物……食料や衣類、その他諸々の資材となると、大規模な輸送機の団体編成が、月に一度くらいの割合で編成されて配送される。


 僕とミモリの勤めている会社の近くを、毎月その航空輸送のキャラバンが通過するけれど、轟音とともに現実感のない巨体を飛行させていくその様はまるで、空という巨大な海を集団で回遊する鯨の群れだ。もっとも、僕は鯨を、上空からしか見たことがないけど。


「シラユキ?」

「あ、うん」


 名前を呼ばれて、空に向けていた視線を戻す。短くなった煙草を灰皿に捨てて、僕らは連れ立って飛行場を後にした。


 紙と木と、それとインクの甘ったるいにおいのする郵便局で、手続きを何ということもなく済ませると、次の荷物がすぐに手渡される。中身はもちろん手紙と、それとわずかな小包。大きな荷物は専門の会社がやる。僕らのような小会社は、軽い荷物を出来るだけ速く運ぶのが仕事だ。風に乗れば旧式のフレガータでも結構な速度が出るし、何より軽くて小さいから、どんな飛行場にも降りられる。なので、僕らの仕事は基本的には山間の小さな村や集落への配達ばかりだ。


 今し方終えた仕事もその一つ。剣山連峰の山間に位置する集落をいくつか周り、集めてきた手紙をこの街の郵便局に届ける。そしてここで受け取った手紙を持ってまた連峰越えだ。ねぐらの飛行場に戻るのは、明後日くらいになるだろう。


 届けた手紙はたぶん、それぞれ効率的に分配されて、他の飛行士や地上の郵便配達員に任されて方々に散っていくんだろう。そこから先に僕らが関わることは、ない。


 出発時刻まで時間を余らせられたので、休息が取れる。

 飛行場の詰め所に寝ていた整備士をたたき起こして機体を任せて、街中のコーヒー・ショップに向かった。


 三日月パンとコーヒーを前にして、ブリーフィング。地図とコンパス、定規、エンピツと消しパテで打ち合わせる。面倒だけど大事なことらしい。傍らには鉱石ラジオ。今日の天気は問題なさそうだった。ただし、風は少し強い。


 ここでは僕は完全に後輩。ミモリは郵便飛行士として飛び始めて三年くらいになるはずだから、それなりに慣れているのだろう。てきぱきと、既に無数の書き込みがある地図を指差す。


「午後は風が強いから、ここから直進して山岳部を目指すともろに向かい風受けるね。迂回していこう。ただそうなると……」


 ちらり、とラジオを一瞥。「――目撃された船団の確認を取るため、調査団が派遣されております。同空域の立ち入りはしばらく制限されます。繰り返し――」

 低くよく通る声のアナウンスが流れている。


「……制限空域を避けていくと、ポイントEからの遠回りになるね。戦場指定区の横を飛ぶか。ま、よっぽど距離離れてるから大丈夫だろうけど、一応、ここではあたしが操縦するね」

「うん」


 早々に食事を済ませた僕は、相槌を打ちながら煙草に火を点ける。


「あとはまあ、コンパス確認しながら飛んでいこう。地図とかはもう覚えた?」

「たぶん」

「それ、王蝶アグリアス?」

「いや、黒猫バステトう?」


 僕の持っている煙草のことだ。黒猫は、一番きつくて、いっとう体に悪いやつ。


「いい。あたし、あれしか喫わないから」

「王蝶って、すごく軽いやつだよね、あれ」

「肺活量、落としたくないのよ」

「なるほど」

「シラユキはそういうの考えない?」

「僕、そっち方面は無縁だから」

「いいよね」

「そうかな」


 いまいち実感が持てず、灰皿に煙草を置く。コーヒーをひとくち。

 鼻からすっと息を抜く。

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