第6話 欲求吸収装置
「ついに完成したぞ!」
深夜の研究室に、博士の雄叫びが響く。博士は助手を呼びメディアに連絡させ、自分は朝早く床屋に向かい白衣を3日ぶりに洗濯し乾燥機にかけて、
身だしなみを整えてから記者会見を開いた。
記者が博士に質問する。
「あのー何か凄いものを発明したと聞いたんですが…」
「ウッホン、エンッウ。
今日皆様を集めたのは皆様にこの素晴らしい発明品をお見せする為です」
と博士はいうと助手に目配せし、助手に発明品を持って来させた。
それは大きな注射器みたいな形をしており、先端に針の代わりにチューブが、そしてチューブの先端には吸盤が備え付けてあった。
「これは欲求吸収装置です。人間の三大欲求である、睡眠欲、性欲、食欲これらを吸い上げる事ができるものなんです。皆さん会議中眠くなるのに、夜眠れない事は有りませんか?
これさえあれば会議前に睡眠欲を吸い上げ、眠れない夜に注入すればストンと眠りにつくことができます」
これはとんでもない物が出来たぞ、と
会場はざわめき大勢の記者達が質問しようと手をあげる。
「吸い上げる事の出来る欲求の容量みたいなのがあるんですか?」
「いい質問ですな。エンッウ。
個人差は有るがそれぞれのマックス欲求2回分がこの機械にはいる。
つまり、マックス空腹の状態で一度吸収して、時間が経ち再びマックス空腹が訪れ吸収したとする。しかし次にマックス空腹が訪れても今度は入らない。欲求は人間にとって必要なものじゃ、欲求をこれ以上人工的に抑制するのは人間にとって良くないと判断したので容量をここまでにした」
次の日各種メディアでこの欲求吸収装置が大きく取り上げられると、大手電機メーカーがハイエナのように博士を訪れウチで作らせてくださいと頼み込む。
「ホッホッホ、金欲も装置に備え付けとけばよかったかのう」
と博士が笑いながら、博士は一つの電機メーカーと契約を結ぶ。
電機メーカーはすぐ生産体制に入った。
言うまでもなくこの商品は売れに売れパソコン、携帯のように一人一台持つようになった。
朝眠い会社員は朝に睡眠欲を吸収して
パッチリした顔で会社に向かう事が出来たし、看護士などの不規則な労働を強いられている人々は、この装置で睡眠欲を吸収する事で夜勤、日勤の切り替えも体のリズムを気にすることなく
休日を有意義に使う事が出来た。
食べ放題を展開している飲食店は
入店前に食欲注入お断りの張り紙をして、食べ放題を頼んだお客に対しては
注射器の液晶パネルに表示される食欲メーターと注入履歴を確認しなければならなくなった。
この装置は医療の世界にも広がり、不眠症で悩んでいる人達はこの装置で眠れない夜と睡眠薬と縁を切った。
また体調不良により食欲が減退している患者は、食欲を注入することで精をつける事が出来た。
日常生活も大きく変化し、ダイエットに励むOLは夜に食欲を吸収し、朝に注入する事で夜の炭水化物を抑えることが出来た。年の差カップルは
パートナーとの夜の前に性欲を注入したし、逆に若い男性は性欲を吸収する事でツマラナイ性犯罪は大きく減少した。人々は夜起きているのが当たり前になり電車の終電が無くなり百貨店も24時間営業になった。
人の集まる時間帯が分配され、渋滞や待ち時間が解消された。人類は好きな時に眠り好きな時に食事をすれば良いのだ。ランチタイムに定食屋が混むという考えは古いのだ。様々な業態で24時間営業が当たり前になるとコンビニ業態は衰退していった。
このようにして欲求吸収装置は、人間界に変化を与えた。人間はこれまで様々な物を発明してきてその発明品によって生活を変化させてきたが、この欲求吸収装置も人間の生活を変化させるに足る装置だったわけである。
「よし出来たぞ!」
ある深夜の研究室に、電機メーカーに努める若者の雄叫びがが響く。
若者は上司に連絡し、朝早く美容院に行き新しい白衣をきて、身だしなみを整えて会議に出る。
「お前は何を発明したんだ」
「はい、今までの欲求吸収装置の容量は2回が限界ですが、これは4回まで注入する事が出来ます」
この発明を聞いた広報部は、TVメディアに連絡しTVメディアはこの発明品の為に番組をこしらえた。
もし三大欲求をマックス4回貯めて一気に注入した場合、人間はどっちの欲求を最初に解消しようとするのか。この実験をTVで放送しようとしたのである。
ウルサイだけで面白くない芸人が呼ばれて欲求を4回分貯める。
そしてその後欲求を同時注入した場合
どの欲求を最初に解消するのか、というのが番組の趣旨である。
会場には多くの観客と多くのカメラがひしめきあっている。
そして会場の中央には、面白くない芸人と4回分貯められている欲求吸収装置が置いてある。そして芸人の30m先には芸人の好物である
芸人の大好物である芸人の母が作った炊き込みご飯と、芸人の自宅から持ってきたベット、そして美女が悩ましげなポーズで芸人を挑発する。
芸人は既に体内に3大欲求が1マックスで溜まっている状態なので、落ち着きがない。
「3大欲求とは何なのか!
人間にとってどっちが優先なのか!
その疑問が今日明らかになりましょう!!」
アナウンサーが会場を煽る。
芸人はもう色々限界である。
眠たいし、空腹だし、ムラムラして、
自分で自分がコントロール出来ていない。数人のスタッフに押さえつけられながら頭に吸盤を貼られ、マックス4ゲージ分が同時に注入される。
「ホチャヤアアアアアア」
芸人が奇声をあげる。会場は思いがけない奇声に笑い声が起きる。
奇声の後、会場は芸人がどっちの欲求を満たすのか固唾を飲んで見守る。
「ホチャヤアアアアアア。エンッウ」
バタン。
再び奇声をあげた芸人は後ろに仰向けに倒れた。会場の観衆は最初芸人が睡眠欲を解消しにいったと思ったが、数人のスタッフが芸人に駆け寄り、ただ寝ているだけではない事が分かった。
スタッフがざわめき担架が運ばれ芸人を運ぶ。病院に運ばれた芸人はどうやら、絶命したらしい欲求を抑えすぎた結果命を落とした芸人はこの世に未練しかないだろう。
次の日多くのメディアは「新・欲求吸収装置の実験失敗」
、と大きく取り上げながら
今回の実験失敗は非常に残念だが、欲求吸収装置は今や人間界にとってなくてならないもので、今後も使われて行くべきだと文章を締めくくっていた。
一方ある地方の新聞新聞の社説は、
この悲劇を教訓として一度欲求吸収装置について我々はよく考えていくべきではなかろうか。欲求とは人間が生活していく上で自然に発生するものでそれを人工的にコントロールするのは問題だ、と世間に問いかけていたが
既に人類の生活に大きく影響を及ぼしている欲求吸収装置の大きな波を覆す事はできず、この問いかけも虚しく波に飲み込まれてしまう形になった。
人々は何事もなかったかのように欲求吸収装置を使い生活していく。
我々は新しく便利な物が生まれた際に
陽の部分だけに注目し陰の部分について気付かぬふりをしてしまう。
そして今日もある深夜の研究室では
誰かが
「ついに出来たぞ!!」
と雄叫びをあげている。
今の人類に抑えるべき欲求は、睡眠欲でも食欲でも性欲でもなく進化欲かもしれない。
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