第9話・決着に向けて
前にお会いした時、お兄さまはぼろぼろな姿で地に這わされ、サジウスに首を刎ねられそうになっていた。いま、まだ痛々しい包帯姿ではあるけれど、お兄さまは生きて、ミーリーンが用意してくれた清潔な寝台に横になっていらっしゃる。
私がそっと室に入ると、お兄さまはこちらを向いて、涙を零された。
「ああ……セレナ。このようにしてまたおまえと会えるなんて。夢としか思えぬ」
「わたくしも……あのサジウスの宴で……とても耐えられないと思いました。わたくしも一緒に死にたいと。なのに、こうして」
私の涙も溢れて止まらない。今日は泣きすぎて目が腫れっぱなしなことだろう。私はお兄さまの枕元に駆け寄って、その手をとって頬にあてる。温かい。お兄さまは生きている。私も生きている。
「アルトさまのおかげですわ……」
「本当に。おまけにおまえはアルトさまにああまで想われて……」
「まあっ、どうしてご存知なの?!」
「父上亡き今、おまえの保護者はぼくだからと、愛情を以って后に貰いたい、と仰せだったのだよ」
「まあ……」
そして、私は先ほど、アルトさまとミーリーンが、危ない橋を渡って私を助けに来て下さった事を話す。半年前までのお兄さまは、ミーリーンのことは婚約者のある私の友人、としか見ていなかったようだったけれど、こんなにミーリーンに助けて貰って、今はもう、ミーリーンは元婚約者からもサジウスからも自由になれたのだから、是非お兄さまとの仲を取り持ってあげなくては、と思いながら。「ミーリーン嬢がそんなに勇気のある令嬢だったとは! 後で改めて礼を言わなければ」とお兄さまは驚いていた。
私たちは、まだ完全に、安全や自由を手に入れた訳ではない。為すべき大きなことが、まだ残っている。だから、本当はこんなに浮かれてばかりはいられないのだけれど、でも、少しくらいは幸福感を貰っても、今更罰はあたらないだろう……私はそんな風に感じていた。
暫く話していたら、アルトさまとミーリーンが入って来られる。私たちは改めてお礼を述べた。
「本当によかった。お二人とも、何一つ罪もないのに、こんなに大変な目に遭って……でも再会できて」
とミーリーンも涙ぐむ。
「さて、では、こうして我々四人は同志として会する事が出来た訳だ。何はともあれ、フィエラ兄妹を無事に取り戻せた事は本当に幸運だった」
「同志だなんて。わたくしたちは殿下に忠誠を誓った臣下ですわ」
アルトさまの言葉にミーリーンが返したけれど、アルトさまは首を横に振って、
「いや。皇子とはいえ、今のわたしはそなたたち以外に誰も認める者とてない存在。一歩外に出れば道化。そしてこのままではいずれ皇妃となる、シェルリアに疎まれている。ミーリーン嬢もあやつに疑われている。我々は志をひとつにして動かねば、いつまた危険な事になるやも知れぬ。……わたしには、そなたたちしかいない。だから、同志と呼ばせて貰いたい」
と仰った。
そして、互いの持つ情報を交換して共有する。オーラントとシェルリアの事をよく理解できていなかったミーリーンも、得心がいった様子。
「シェルリアの目的が、我が国に仇なすものであれば、一層父を動かしやすくなります」
とミーリーン。何故ここでダンテ候の名が、と訝る私とお兄さまに、アルトさまは、ミーリーンの提案を説明して下さる。
かつてのセレスティーナは、ミーリーンに冷たく見える候のことが苦手だった。お兄さまへの想いを打ち明けたのに却下されたと聞いて、憤ったりもした。
でも、思い返せば、亡きお父さまはいつも候の事を褒めておられた。
『あの態度や口調のせいで誤解されがちだが、彼はこの国にとって得難き忠臣だ。わたしと彼は真逆な印象かも知れぬが、真に心許せる貴族は彼だけだ。本当の忠誠というものを知り、必要ならば人から悪く思われるような事も厭わない。少年時代からの友人だが、国政に携わるようになってから、彼は言ったものだよ。『エリウス、きみは……臣を束ねる宰相は、常に正論でいかなければならぬ。だが、綺麗ごとのみでは国は治まらぬ。汚い役は私が引き受ける』と』
「そうですわね。ダンテ候は、きっとお力を貸して下さるとわたくしも思います」
と私は言う。
こうして―――私たちは館に隠れ、お兄さまは身体を癒しながら、ひたすら周到に計画を練った。この間に、アシルは新皇帝として即位してしまったけれど、それを止めるには間に合わなかった。
「束の間の玉座を楽しんでおくがいいさ」
とアルトさまはあまり気になさってはいないご様子。まだ取り返しはつくのだ、と。相変わらず宮廷道化師としてお勤めされる傍ら、ダンテ候と密かに会見なさり、仮面をとったアルトさまの立派なお姿とお志に、ダンテ候は協力を誓って下さったそうだ。
『亡き宰相から、いずれ明かされる大きなことがある、と一度聞かされたことがありましたが……おお、まさかこのようなこととは……。これで我が国はきっと救われる……』
と涙ぐまれたとか。アシルが即位して以来、宮廷は乱れるばかりと聞く。阿る者の意見をあっさり取り入れ、忠言はまともに聞かず、毎夜の宴。矛盾した策もろくに頭に入れずに両方容れたりするので、政は混乱していると。そうした流れを加速させるようにアシルを唆しているのはシェルリア。
私たちは様々な手はずを取り決め、シェルリアの皇妃戴冠の日、行動を起こす事に決めた。運命の日は、もうすぐだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます