第3話・地下牢にて

 複数の足音が近づいてくる。

 私はじっとうつ伏せていたけれど、結局無理に起こされて、拷問を受けるのだろうと思う。

 隠れていた間に、私はそれに耐える事が出来るのだろうか、と何度も考えた。とても……とても恐ろしい。出来れば、そんな事はせずにさっさと処刑して欲しい。だって、彼らの求める『貴族の黒幕』なんていないのだから、どんなに辛くても、私はただ痛みに耐えることしか出来ないのだ。


 苦しみのあまりに我を忘れて、アルトさまのお名前を口にする事だけは我慢しなければならない。その為に私は、


(どうせ言っても彼らは信じはしない。皇太子お気に入りの道化師が黒幕だなんて)


 と自分の頭に繰り返し刷り込んだ。アルト皇子なんてそもそもいないのだと。


 ストーリーを考えた。将軍を暗殺した理由。

 出来れば、シェルリアを道連れにしたい。シェルリアがサジウスを恨んでいて、私を下手人として遣わしたというのはどうだろう? これはなかなかいいように思われた。……でも、あの狡猾なシェルリアが、彼女の本当の素性が判るような証拠を残しているとは思えない。将軍が持っていた証拠は、すべてアルトさまに委ねると決めている。それに、彼女が私に命じたという証拠がない。駄目だ、アシルが信じる筈がない。

 そこで、もう誰にも迷惑がかからないよう、私は将軍の館の地下牢にいた囚人と密かに情を交わし、彼を逃がしたところを将軍に知られ、殺されそうになったので、薬を盛って殺したのだ、という事にしようと思った。囚人が逃げたのは館の者は皆知っている。あの時は、私ではないという証言が多々あったので無罪になったけれど、本当はもっと前に、鍵と武器を渡していたのだと。これなら辻褄はあう。私はただ、己の命惜しさに国の重鎮を殺した踊り娘。それで、いい。

 最初からすらすらこんな事を白状すれば、黒幕を隠していると疑われるかも知れない。だから、初めはただ罪に怯え、許しを請い、身に覚えがありませんと叫ぼう。そうして、いくらか痛めつけられてから、実は保身の為に、と打ち明ける。黒幕? なんの事かわかりません、と。


 このような事を頭の中でおさらいしていると、牢屋の鍵を開ける重い音がして、軍靴を鳴らしながら兵士たちが入って来た。


「おい、いい加減に目を覚ませ! いつまで寝ているつもりなんだ」


 荒々しい声と共に、男が私の髪を鷲掴みにして引き起こす。私は痛みに呻いた。


「ああ……ああ……どうしてこんな事をなさるのです? わたくしは何も……」


 自然に涙声になる。男の持っているしなやかそうな鞭が目に入ったから。ああ、でも、お兄さまもあれを受けたのだ。だけど、お兄さまはアルトさまの事を最後まで言わなかった。だから私にも出来る筈。お兄さまの妹なのだから。


「ふーん、流石に噂の美女だな。将軍閣下が惑わされたのも無理はない」

「きっと閨の技術に長けているのもあるんだろうさ」


 三人の男が私を取り囲み、下卑た目で私を眺めまわす。踊っている時にはいくらでもそんな事はあったけれど、抗えないこの場所では、吐き気がこみ上げる程に厭わしい。もう、さっさと鞭を食らわせばいい、と思う。

 だけど。三人の中で一番位の高いらしい兵士が放った言葉は、想像もしていないもので、私を心底恐怖に震えあがらせた。


「おい女。痛めつける前に良い思いをさせてやろう。取り調べの方法は特に指示されていないからな。おまえが俺たちを満足させた上で、正直に黒幕の正体を話すなら、痛い事は免除してやってもいいんだぜ」

「……え?」

「流れの踊り娘なら解るだろうが。何を取り澄ました顔をしていやがる。さっさと服を脱ぎな!」


 ……確かに、公爵令嬢のセレスティーナならばまだきょとんとしていたかも知れないが、踊り娘アリアには、何を求められているのかが解った。


「い、いいんすかね、曹長。こんな上玉、おれ初めてで……」

「いいに決まってんだろ。どうせ数日後には、綺麗な顔と、将軍閣下を悦ばせた胴体は離れ離れなんだ。どう扱おうが構わんさ。この任務を与えられた時に、『最近働きが良いから褒美だ』とまで言われたんだぜ」

「そ、そうすか!」


 少し鈍そうな若者は、上官の言葉に嬉しそうな顔になる。


「おら、さっさと脱ぎな」

「……いや」


 私は後ずさったけれど、後ろには冷たい壁があるばかり。こんな、こんな事は想像していなかった。皇家の兵士がまさかそんな外道のようなことを。


「ああ? 将軍閣下は良くても俺たちみたいな下っ端兵士の相手は嫌だってか?」

「ならなんで将軍閣下にあんな大それたことをしたんだよ?」

「嫌だなんて言える立場かよッ! 自分で脱げねえなら手伝ってやるぜ!」


 三人目の髭の男が、酷薄な笑いを浮かべて腰の剣を抜くと、抗う間もなく私の纏っていた町人の娘の麻の服は一閃で胸元から切り下げられた。私は慌てて胸元を隠そうとするけれど、男に両腕を押さえられてしまう。私の身体は露わになってしまう。


「おお、なんと美しい肌だ」

「鞭をくれるのがもったいないっすね」

「まあ、その前に存分に味わってやろう」

「いや、いや、いやーーーーーっ!!!」


 けれど、叫びもむなしく、私は三人の男に押さえつけられて……。

 …………。


「やめぬかっ!! それが皇国兵士が我が宮廷の敷地内でする事か!!」


 怒号が、三人の動きを止めた。その隙に私はさっと身を引いた。ぎりぎりの所で、私は救われた……。


「ま、まさか……」

「皇太子殿下?! な、何故、このようなところに?!」

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