第6話・したたかな会見

 面会は、セレスティーナの想像を大きく外れた形で行われた。ミーリーンは、セレスティーナの私室にひとりでやってきたのだ。


「この部屋に監視はついているのかしら」


 ドレスの裾を引きながら入って来たミーリーンが呟くように尋ねてきたので、セレスティーナは慎重に声色を使い、知性を感じさせない甘ったるい喋り方で、


「あたくしなんかに、一々監視などありません」


 と答えた。ミーリーンの意図が測りかねた。セレスティーナの知る彼女は、そんな事に気が回るタイプからかけ離れた箱入り娘だったからだ。

 それにしても、ミーリーンの方は、彼女のお気に入りの水色の上品なサテンのドレス姿なのに、セレスティーナは、踊り娘の衣装は流石に免除されたものの、サジウス好みの露出が多く品のない派手ないで立ち……思わず情けなくなったが、もちろんそんな気持ちは面には出さない。


 するとミーリーンは、セレスティーナに近づいた。綺麗に結い上げたブルネットの髪が揺れ、宝石を散りばめた髪飾りが光る。その青い瞳には涙が浮かんでいる。


「ああ、アリアとやら、確かにそなたはわたくしの亡き親友にそっくり……出来心で過ちを犯したといえども、わたくし、彼女が大好きだったのよ……」


 そう言ってミーリーンはセレスティーナを抱き寄せた。セレスティーナも彼女の友情に改めて感動しながらも、これはどういう成り行きかと戸惑う。


 するとミーリーンは低い声で語りかけてきた。


「ああ、セレナ……本当にあなたなのね。生きて……こんなに嬉しいことったらないわ! 貴女の無実は勿論知っているわ。どうして助かったかなんて今は聞かないわ。時間が限られているから……でも、確かに貴女はセレナ」


 やはり、一番の親友だった彼女を欺くのは無理だった。慎重に蓋をしたのに、簡単にこじ開けられてしまう。


「ミーリーン……隠しても無駄ね。でも、わたくしに関わってはいけないわ。それに、監視を気にするなんてあなたらしくない。一体どうしてこんな?」


 見破られれば、『セレナ! 生きていたのね!』と叫ばれかねないとすら思っていた。無邪気で優しくて……でもあまり後先は考えない、おっとりした娘だったのに。この警戒ぶりはどうしたことなのだろう。


「普段は監視がなくても、今はどうだかわからないわ。だから演技する。セレナ、あのことがあってから、私、変わったのよ」

「え?」

「私は親友と恋する相手を同時に失い、大嫌いな相手の機嫌をとって結婚するよう命じられた……陰謀によって。お気の毒なフィエラ公爵! こんな事になるとご存知であれば、自死などなさらなかったでしょうに!」

「ミーリーン……」

「私がこの館に父の言いつけ通りに通っていたのはね、どうにかしてあの方を助けられないかと思ったからよ! 嫌々ながらここに来させられた最初の晩、気分が悪くなって宴を抜け出し、南の庭園で涼ませてもらっていた時、聞いたのは確かにあの方の声だった!」

「あの方……?」

「セティウスさまよ! 私の想い人……貴女にだけは打ち明けたでしょう? あの方は、ここの地下牢に囚われているの。貴女のお父さまの遺産を隠していると疑われ、それを白状するよう、拷問されているのよ!」


 セレスティーナは横っ面を張り飛ばされたような気がした。すると、最初にサジウスの寝所に行った夜に聞いた呻き声は兄のものであったのか。確かに、父は財産の半分近くをアルト皇子に密かに譲り渡したと聞いている。欲深なサジウスが、収支が合わない事に気づくのは必然だったとも言える。無実の罪から逃れるために逃亡していた兄を遂に捕えたサジウスは、隠し財産のありかを嫡男が知っていると思い、捕えた事を公にせずに、拷問によってその情報を聞き出し、我が物にしようとしていたのだ。


「なんてこと。お兄さまが……」

「私はもう大切なものを失うのはいやなの。世間知らずな令嬢のままではいけないと思ったの。貴女もそうね? 復讐の為にサジウスの信用を得ようとしているのでしょう? 手段を選ばなくても、私は悪いとは思わないわ……」


 ミーリーンは、セレスティーナが復讐の為に実際に将軍に身を売ったと思っているのだ。それは違うと言いたかったが、そんな言い訳をしている暇が惜しい。


「私は絶対にあの男を破滅させる……そして、話を聞いたいま、お兄さまを救い出すという新たな目的が出来た。協力してくれる? ミーリーン」

「勿論、その為もあって会いに来たんですもの。貴女の噂を聞いたとき、会いたいと言ったとき、まだ半信半疑だった。貴女に似たひとなんてそうそういる訳はないと思うけれど、貴女が死んで棺に横たわり、土に埋められるのを私は見ていたんだから……」

「ある方が私を助けて下さったの。私だって、自分は死んだものだと思っていたわ」


 苦笑し、セレスティーナは身を引いた。もしも本当にこの会見を誰かが監視していれば、あまり長い事抱擁されているのも妙だろうと思ったのだ。

 ミーリーンもそれを察し、


「亡きひとを偲ぶ時間をくれてありがとう。ああ、わたくしがこんな事を言ったことは秘密ですよ? 彼女の名は禁忌ですからね。父に知れたらまた叱られてしまうわ」


 と何でもないような口調で言いつつ、


「けれど、貴女がこのままサジウスさまのお気に召す事が続けば、もしかしたらわたくし達は共にサジウスさまにお仕えする事になるかも知れませんね? わたくしとサジウスさまの婚約のお話が進んでいること、ご存知でしょう?」

「……はい」


 共にサジウスに? 想像しただけでも総毛立つとセレスティーナは感じたが、兄の救出と復讐がうまく行かなければ恐らくそうなってしまうであろう事は事実だった。そんな事になると確実に思えるようなときが来たら、折角救って貰った命だけれど、捨ててしまいたい、とも。


「そうなったら、わたくし達、仲良く致しましょうね? サジウスさまが貴女を寵愛されても、わたくしはどうも思わないわ。だって正妻はわたくしですから」


 ミーリーンはそんな事を言う。彼女の真意を測りかねたまま、セレスティーナはありがたく存じます、と返した。するとミーリーンはどうしてか宝石のついた髪飾りを外し、セレスティーナの手に握らせた。


「今日、お近づきになった友情のしるしと思って頂戴な? たいした品ではありませんけど、もし貴女がここを出ていくような事になれば、その時はお売りになったら生活の足しになると思うわ」


 ミーリーンは、高慢な貴族の女を演じ切っている。セレスティーナの知る親友は、心優しく弱く、他人に嫌な感じの振る舞いなど、身分の如何を問わず、出来なかった筈なのに。これでは、もしも誰かが盗み聞きしていれば、絶対に、彼女は一見愛想よく振る舞いながらも、サジウスの寵愛を一身に受けているというアリアを牽制し、同時に流れ者風情と見下していると思うだろう。……それは即ち、アリアがセレスティーナではないという認識を一層強める事に繋がる。


「ありがとうございます」


 ミーリーンの深慮に本当に感謝してそう言うと、彼女は、


「では、次の機会があったなら、また会いましょう……。もし貴女が元の一座の踊り娘に戻っていたなら、その時はうちの館で余興をお願いしてもいいわ」


 と言い捨てて出て行こうとする。この時セレスティーナは、渡された品が何か、何のためか、とまでは思い至っていなかった。けれど、すれ違いざまにミーリーンは囁いた。


「手に入れはしたものの、いつも傍に誰かがいてどうにも出来ない……多分貴女の方が機会があるわ。お願い、セレナ……」


 あとで、確実に誰も見ていないと思える状態になってから、セレスティーナは手に握らされたものを調べてみた。あっと声が出そうになった。髪飾りに結わえてあったのは、鍵だった。

 以前に、地下の合鍵を紛失した男がきつい咎めを受けて首になったと使用人の噂を耳にした。恐らく、ミーリーンはその男を買収して地下牢の……兄の囚われた地下牢の鍵を入手したのだ。


(ありがとう、ミーリーン……。貴女は本当に強くなったのね。私だけが、と思っていた自分が恥ずかしい……。私、必ずお兄さまを助け出すわ……)


 サジウスに毎夜飲ませる薬は、二十を切ろうとしていた。すべき事は山積していたが、将軍に対する嫌気と、将軍からの寵愛が増すばかりで、ろくな成果もなく焦っていた折でもあった。


 ミーリーンの勇気ある行動のおかげで、彼女は腹をくくった。もし薬が尽きるまでに目的を果たせなかったら、この身をもって将軍に同じ夢を見せるのだ。本当の売女になってしまってもかまわない……兄を救い、親友を救う時間を稼ぐ為ならば……国の民に害となる男を排除する為ならば……。

 何故だか、この時、仮面を外したアルト皇子の面影が脳裏を掠めた。かれは自分を妃にすると言ったが、それは売女になっていても叶えられる約束だろうか?


(馬鹿ね……自分の事なんかどうでもいいのに。私は皇妃の地位など最早望んでいない)


 すぐにそう思い直し、その疑問には蓋をした。

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