第5話・親友の声
「ダンテ侯爵令嬢がこちらへお見えだ。父君のお使いのあと、ユリエラさまのお茶会に顔を出されると」
ダンテ侯爵令嬢……ミーリーン・ダンテ! 家族以外にたったひとり、死にゆく自分に声をかけてくれた、かつてのセレスティーナ・フィエラの親友。セレスティーナとして生きていた頃の、彼女との様々な楽しい記憶がその名前から引き起こされて、彼女は口を覆い、涙を滲ませた。
亡きフィエラ公爵と親しかったダンテ侯爵は、次々と追放、粛清されてゆくフィエラ派の貴族たちの有様を見て、家を護る為に本心は捨て、将軍に阿る決意をしたようだ、とはアルト皇子に聞いていた。ダンテ候はフィエラ公と違って、家族への情愛や私情よりも、ダンテ家の存続を何よりも重んじる性質なので、セレスティーナの自死の際に声をかけた娘に怒り、娘たちの中で一番美しいミーリーンをサジウスの後添えに差し出す事で縁者になりたがっているとか……親子ほども歳が離れているのに!
サジウスもまんざらではないそうで、それもまた、セレスティーナが彼を憎む原因のひとつでもあった。ミーリーンが彼を愛する筈もないが、気弱な彼女は父親に逆らえない。それをわかっていて、たくさんの妾を持ちながら、若く美しく身分のあるミーリーンを正妻に……と考えているのだ。
それに、セレスティーナはミーリーンが本当に好きな相手を知っている。シェルリアにより親の決めた許婚を奪われた時、父親からの叱責、悔しさに涙しながらも、
『ほんとうは、すこしほっとしているの……。あの人を愛さなければと思ってずっと心を封じてきたけれど、わたくし、本当はずっと……』
打ち明けてくれた想いにセレスティーナは驚きと喜びを感じ、自分が後押しすればきっとうまく行く……お似合いの二人、と思っていた矢先の事件でもあったのだった。
しかしそれにしても、ここでミーリーンに顔を合わせる訳にはいかない。サジウスや大抵の者には『売女セレスティーナに似た容姿が特徴』で通せても、親友のミーリーンは、恐らくアリアがセレスティーナ本人であると見破ってしまうだろう。それはセレスティーナばかりでなくミーリーンにも危険が及ぶことかも知れない。
セレスティーナは身を翻し、自室に戻ろうとした。ユリエラというのはサジウスの娘のひとり。恐らくミーリーンは、父親にサジウスへの貢物を持たされた上に、将軍の娘とも親しい関係を築いてくるよう言い含められているのだろう。
案内係と雑談しているらしい懐かしい声を背に、セレスティーナは唇をかんで去ろうとする。懐かしい親友の顔を一目見られたら、随分慰めにもなるだろうにと思いながら。
だがこの時、ミーリーンの言葉がはっきりと聞こえた。
「噂に聞いたのですけど、亡きセレスティーナ嬢によく似た踊り娘がこちらにいらっしゃるんですって?」
心臓の拍動が早まるのを感じながら、セレスティーナは大木の陰に隠れた。ミーリーンは自分のことを既に噂で知っている……。
案内係は、ミーリーンと将軍の縁談が持ち上がっている事と、将軍の踊り娘への熱愛ぶりを知っているので、返答に困っている様子で、さあわたくしはかの令嬢を拝見した事がございませんでしたので……似ているといっても誇張も多いでしょう、何せ他国の生まれで肌の色も違うのですから、などと誤魔化そうとしている。
「それでもいいわ。わたくし会ってみたいの。今ではその名を出す事も宮廷では憚られるようですけど、わたくしが彼女の親友であることは誰もが知っていたこと。彼女を偲べるよすがになるなら、わたくし、その娘と会いたいわ。お茶会のあとに……はからって頂ける?」
「それはもう……ダンテ侯爵令嬢のお望みなら……しかし……」
するとミーリーンは何故かかろやかに笑った。
「将軍閣下がどういうおつもりでその娘をお館に置かれているかなんて追及する程馬鹿ではありませんから、なにも心配はいりませんよ。流れ者の娘などと寵を争う考えなどありません」
「は……」
そうして、話声はセレスティーナの隠れている場所を通り過ぎて、廊下の向こうへ消えていった。セレスティーナは息を吐き、落ち着こうと努めた。あの流れでは、お茶会の後でミーリーンは自分を呼び出して面会を求めるだろう。そして自分にそれを断る権限はない……。
せめて他者の目がないところで……と願うが、ミーリーンは自分を流れ者の踊り娘と思っているのだから、二人きりになろうなどと思う筈もない。ならばとにかく、ミーリーンを動揺させないよう、アリアを演じ切るしかない、とセレスティーナは己に言い聞かせた。甲高い声で話す安っぽい娼婦と思い込ませなければ。将軍の寵愛を笠に着て、挑発的な態度をとるのもいいかも知れない……その結果、ミーリーンから憎まれても仕方がない。侯爵令嬢に失礼な態度をとったことが将軍に伝われば、お叱りを受けるかも知れないが、それだけで寵を失うこともないだろう。
(セレスティーナは棺の中。ミーリーン、貴女が私を偲びたいという気持ちは嬉しいけれど……ごめんなさい。今は、過去を懐かしむ余裕はないの……)
かつての親友を騙す為の手段を色々と考えながら、セレスティーナは心のうちで詫びた。
だが、会見は、彼女の予想とは、全く異なるものとなった。
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