第4話 喫茶店『ルブラン』

「池田君、起きてくれ」

身体を揺さぶられて目を開けると背後からアマドが信二の肩を掴んでいた、すこし眠っていたようで目がうまく開かないので左手で目を擦ろうとすると何かやわらかいものに辺り驚いて左側を見ると隣にはキャシーが座っていて信二の反応を見て笑った。

すこしムカついたが無視してアマドを見た。

「どうしたんですか?」

「アダチ薬局とさっき電話が繋がったんだよ」

アマドの隣に立ち腕を組んでいるケンジが続けた。

「やっぱりキャシーの錠剤の薬は喘息の予防薬みたいで、一日も持たないらしいから薬局に向かうことにしたよ」

真剣な顔をしていってきたので本当に決意をしているのだろうがあえて信二は言った。

「本気か?」

「あぁ、本気だ」

ケンジが目をそらさず返事をしたので思わず聞いた。

「何か案はあるのか?」

「それは私が説明しよう」

アマドが話しに割って入ってきたのでアマドを見た。

「池田君、確かにアダチ薬局までは距離はあるがそこまでの移動手段を考えてある、安全とはいえないが、通りを歩くよりは安全だよ」

「俺とアマドさんとトウカちゃんが考えたんだぜ、お前が寝ている間にな」

ケンジが得意げに笑った、大分自信があるようだ。

「なら聞かせてくれ、その移動手段を」

思わず怒るように言って腕を組んだ。

「寝てたのに偉そうね」

背後から声が聞こえ振り返るとトウカが見下ろしながら睨んできたので普段はそんなことをされても睨み返しはしないがこんな状況で疲れて眠っただけで文句を言われてムカツキ睨み返した。

「なによ、不満?」

「まぁまぁ、信二も寝起きだから機嫌が悪いだけなんだ、なぁ信二?」

ケンジが割って入ってきたのでトウカから目を離して深呼吸してケンジを見た。

「ケンジ、とりあえず話を聞くよ」

「すまないな、信二、それではアマドさん説明してやってください」

「わかった、池田君、ちょっと私についてきてください」

「はい、いいですよ」

信二が立ち上がるとアマドとケンジが店の奥に進んでいくので信二も後に続くとカウンターと食料庫の奥にある扉を開けると外の景色が広がっていた、大通りの反対側の裏通りで道幅も狭く人影も少ないが精神病患者のうろつく足音と肺から空気が搾り出されるような低い呻き声が何処からか聞こえてきた。

恐怖を感じ思わず外に出るのを躊躇していると前を行くケンジが振り返って信二を見た。

「信二、大声を出すなよ、これからそこの避難梯子で上に登るから、黙って付いて来い」

声を出さずに頷きケンジの後を追った。

信二もベランダに出ると上の階から非常梯子が下りていてアマドが音を立てないようにゆっくりと登っていた、ケンジが次に登り信二も梯子を登るとベランダの上で建物の中に入る扉を開いてアマドが待っていたのでケンジに続いて建物の中に入るとアマドが中に入りドアを閉めるのを見てから信二が聞いた。

「この階は誰の家なんだ?」

「私の家ですよ」

振り返るとアマドが信二とケンジの隣を抜けながら続けた。

「この三階建ての建物は一階は他の人に店を貸して二階で自分の店をしていて三階が自宅なんですよ」

近くの部屋の中に入ったので後に続いて入った、その部屋は寝室らしくベットが置かれていた。

「こっちに来てくれ」

窓際から外を見ていたアマドが呼ぶのでベットを避けて近づくと遠くを指差した。

「池田君ここからアダチ薬局の看板が見えるだろ?」

指差すほうを見ると確かにアダチ薬局と書かれた看板が二階の位置にでかでかと書かれていた、ここからは二キロくらいと聞いていたが実際は一キロくらいしかない距離だ。

「思ったよりも近いな、二キロも無いんじゃないか?」

「それはまっすぐ行けたらそうかも知れませんが、道を通って行くと二キロは無いですが、結構距離がありますよ」

「それで、ケンジたちが考えた移動手段ってのはなんなんだ?車で精神病患者を轢いて行くのか?」

言うとアマドが少し笑った。

「違いますよ、行く道ってのはもう見えてますよ」

言われた信二は窓から建物の周りを見たがわからなかった。

「わからんな、教えてくれよ」

すると背後からケンジが近づいて肩に手を置いた。

「見えてるだろ?信二、そこを通っていくんだよ」

ケンジが隣の家を指差したが、駅前の大通りなのでいろいろな店や家がほとんど隙間なく建っているため家の間を抜けていくのは無理そうだった。

「隣の家の壁を壊して通るのか?」

「合ってるが少し違うな」

ケンジの得意げな表情にイライラしてきた。

「いいから教えろよ、クイズ大会してんじゃないんだよ」

「わかった、わかった、屋根だよ、屋根を通っていくんだよ」

言われて気が付いた、確かに家と家の間隔が狭く屋根を渡れそうだ。

「だけどそんなうまく渡れない場所だってあるだろ?」

「そこも考えてあるさ、さっきの避難梯子を外して持って行くんだ、そうすれば多少開いた家の間も渡れるだろうし、地上に降りてもすぐに近くの家の二階に登ることができる」

確かに先ほどの梯子を思い出した、確かに避難梯子は折りたたみ式で頑丈そうだ。

「確かに下の道路を走って行くよりも安全かもしれないな」

「だろ?良い案だろ、アマドさんが考えたんだぜ」

二人がアマドを見ると照れて頭をかきながら言った。

「いや、いや、それほどではないですよ」

「なぁ、信二、お前もこの案に賛成だろ?」

ケンジが信二の返事を待っている、信二はもう一度窓から外を見てこの場からアダチ薬局までの屋根を見たが遠くのほうは確認できないが大分先まで屋根を渡って移動できそうだ。

「まぁ、反対ではないね」

「面倒な言い方をするな、賛成なんだろ」

ケンジが肩を何回も叩いてきて振り払おうとするとその様子を見たアマドが笑っていた。

(そういえば三階もアマドさんの家だって言っていたな、一人で住むには大きな家だな・・・)

「アマドさん、この家に一人で暮らしているんですか?」

その瞬間にケンジが変な事を聞くなという顔をしたがアマドは笑って答えた。

「そうですよ、池田くんは私に家族がいるんじゃないかと聞きたいんでしょ?」

「はい、広い家ですしアマドさんも結婚して子供がいらっしゃってもおかしくない年齢ですから・・・」

ケンジも気になったのかアマドを見た。

「心配しなくても結構ですよ、この家は両親が残してくれた建物なんですが、両親はもう二人ともお墓の中で寝ています」

「そうですか・・・、なら結婚は?」

信二の問いにアマドは頭を横に振った。

「昔はしていたんですけどね、離婚したんですよ、子供はいません」

アマドが笑って言うので信二もそれに答えて笑った。

「田中くん、池田くん、両親は大丈夫なんですか?」

言われた瞬間に両親の事を思い出し心臓が重く鼓動して息が詰まりそうになった。

(両親は山形に住んでいるが大丈夫だろうか?最近はあまり電話もしていない、父親は最近山歩きを始めたといっていた、母親は家の裏庭で野菜を育て始めたそうだ、テレビのニュースでは今朝は山形の方は大丈夫そうだったが・・・・)

「おい、信二」

呼ばれてケンジを見ると心配そうな顔をして信二を見ていた。

「大丈夫か?」

「ちょっと親の事が心配になっただけさ、お前はどうなんだ?」

「俺だって心配さ、だけど俺の両親は富山県に住んでるから俺より悪い状況にいる事は無いと思ってな、それに俺達は生きて何時来るか分からない救出を待たなきゃならない方が心配だ」

「そうだな」

信二が納得するとケンジは続けた。

「だけどその前にキャシーの薬を取りに行かないとね、アマドさん」

「そうだね、ケンジくん」

アマドが頷きながら返事をしたので聞いた。

「ケンジとアマドさんの二人が行くのか?」

二人とも頷いてアマドが言った。

「私以外がアダチ薬局に行ってもアダチさんに本当に薬を取りに来たのを信じてもらえないでしょうしね」

「俺はあれだよ、トウカちゃんにカッコいい所見せたいからさ、さっきお前が寝ている間に家族の事を聞きながら彼氏がいるか聞いたんだがどうやら居ないみたいなんだ」

笑って話すケンジを信二は睨んだ。

「そう睨むなよ、ここで命を掛けてキャシーを救おうとすれば『ケンジさんカッコいい、付き合ってください』なんてことになるかも知れないだろ?」

「そうなるとは思わないけどな」

「それにトウカちゃんやキャシーに行かせるわけにも行かないしな、それに信二は薬局にあまり行きたくないんだろ?アマドさん一人に行かせるわけには行かないから俺が行くしかないだろ?お前が俺の代わりに行くか?」

「・・・・・」

言われて黙っているとケンジが肩を叩いた。

「信二はここでトウカちゃんとキャシーの面倒を見てくれ」

「面倒を見ろって・・・、トウカって子には嫌われてる様だし、キャシーには笑われてるからな・・・」

思わずため息を付くとアマドが笑って言った。

「大丈夫ですよ、ただ一緒にいて危険が無いか周りを見ているだけですから、必要なければ彼女たちとしゃべらなくても大丈夫ですよ」

「・・・・わかりました、ここに残って二人の帰りを待つよ」

「二人をお願いするよ、池田君」

アマドが言うとケンジが頷いて言った。

「日が落ちる前にさっさと行かないとな」

時計を見ると午後三時を過ぎていた。

「すぐに出発するから信二は下から二人を連れてきてくれ、二人には先に言ってあるし、俺達は最後の準備をする」

「わかった」

返事をして信二は二階に向かった。

梯子を降りるためにまたベランダに出ると外に居る腕や顔を噛まれた血まみれの精神病患者たちが目に入った、その姿を見ると背筋が震えるような恐怖を感じ梯子を降りている時も足が震えてしまい梯子から足が滑った。

(よくケンジは薬局に行くな・・・)

梯子を無事に降りて信二は二階の店の中に入り中の二人を三階に連れて戻った。




信二は三階のアマドさんの家のリビングの隅にある畳の上で横になって目を瞑って寝ようとしたが中々眠れずにいた。

目を閉じるとケンジとアマドがこの建物を出て行く時の事を思い出してしまう。




ベットがある部屋の窓からケンジが隣の家の屋根の上に降りその後にアマドが続いた、アマドは先ほどまでのウェイターのような服装とは違いジーンズを履きバイク乗りが着ているような皮の上着を身に着けていて二人ともリュックサックを担いでアマドのリュックは黒色だった。

ケンジが振り返って信二が持っている二階から地上に降りるために付いていた避難梯子を指差したので窓から外に居るケンジに向けて差し出すと受け取りながら言った。

「すまんな信二、迷惑かけて」

「迷惑じゃない、それにケンジは立派だと思う」

信二が言うと照れて笑った。

「なんだよ、恥ずかしいじゃないか」

「本当の事だから気にするな、それよりもケンジもアマドさんも二人とも気を付けてください、無理そうだったら帰って来て下さい、他の手を考えますから」

外に居るアマドが信二を見て頷いた。

「わかっています、無茶はしませんよ、それに」

アマドは信二の隣で並んで立っているトウカとキャシーを見た。

「二人とも大人しく待っていてくださいね、必ず戻ってきますから」

隣いるトウカがキャシーの頭を撫でていった。

「はい、アマドさんもケンジさんも気をつけてくださいね」

「それじゃあ、行ってくるよ」

アマドが言いケンジが振り向いて梯子を持ちながらゆっくりと隣の家の屋根の上を進んで行き、その後をアマドがゆっくりとついて行く。

残っている三人は部屋の窓から二人が離れて行くのを見ていたが、五十メートルくらい離れた時にケンジが振り返りこちらに手を振ったのが見え、信二が思わず手を振り返すと隣のトウカとキャシーも手を振り返していた。





それから二人の姿が見えなくなるまで窓辺に立っていた、姿が見えなくなるとリビングに移動しようと二人に言ったが、トウカは嫌だと言い、ここで様子を見るといって聞かないので、『外から姿が見えないように部屋の奥から二人が向かった方向を見てくれ』と言うと大人しくしたがったので信二はキャシーを連れてリビングに戻りキャシーはソファに座り信二は部屋の隅に置かれている畳の上で横になっていた。

(どれくらいで帰ってくるだろうか、たぶん一時間以上はかかるだろう、あれから大分時間がたったように感じたが時計を見たが二十分くらいしかたっていなかった)

目を開けて周りを見ると不安で仕方がなくなってしまう自分がいて目を閉じて今の自分の状況を忘れようとした。

誰かに身体を叩かれて目を開けるとキャシーの青い瞳が心配そうに信二の顔を覗き込んでいた。

「池田 大丈夫?」

呻っていたのだろうか自分ではわからなかったが、この母親が死んだばかりで周りを知らない大人、しかも外国人の大人に囲まれた子供に心配されるなんて俺は最低な奴かも知れないな、ケンジとアマドさんはこの子の為に命がけで薬を取りに行っているのに・・・・。

(俺はケンジやアマドさんみたいな事は出来ないがせめてこの子に心配されないように、いや不安にさせないようにしよう)

そう決意して起き上がりキャシーを見た。

「大丈夫だ、大丈夫、俺よりもキャシーは大丈夫か?」

「私は、大丈夫」

言いながら頷いた、最初考えていたより大分日本語が分かるようだ。

「キャシーは何歳なんだ?えっと・・・、ハウ オウルド アー ユー?」

「十五歳」

「十五歳ね・・・」

思わず呟いてしまった、十五歳といえば高校生か中学生くらいだったと思いキャシーを頭の先からつま先まで見た、外国の子供は大人になるのが早いなんて聞いたことがあったが顔は幼いように見え、キャシーの抱いた時の重さや先ほどケンジたちを見送った時に立っていた時の身長を考えたが小学校高学年か中学一、二年生くらいのように思えた。

「本当に十五歳?」

信二が疑って聞いた。

「十五歳、本当」

「中学生?」

「ハイスクール」

「ハイスクールね・・・、体調は大丈夫なのか?」

「リトル コールド」

どうやら少し寒いみたいなので信二は立ち上がった。

「ちょっと待っててくれ、毛布を持ってくる」

キャシーはわかっているのかわかっていないのか信二にはわからないが頷いたので信二は近くのふすまを開いて中を見たが、そこにはアマドの洋服が入っていて毛布はなさそうだ。

(寝室に行けばあるかもな)

信二は足早に寝室に向かった。

寝室に入ると中ではトウカは黙ってただケンジとアマドがアダチ薬局に向かった方向を部屋の奥から見ていたので聞いた。

「なにか変化はありましたか?」

「いや何も」

トウカは頭を左右に振って答えそれ以上は何を聞いていいか判らないので出来るだけ外を見るトウカのをジャマしないようにアマドのベットの上に敷かれている布団の毛布を取って寝室を出てリビングに戻った。

リビングではキャシーがテレビを見るために置かれている三人掛けようのソファに座ってスマホをいじっていた。

「これを使え」

毛布をキャシーに掛けてあげると顔を上げて信二を見た。

「サンク」

「どういたしまして」

言って信二はキャシーの隣に座った、悪いとは思ったがキャシーがスマホで何を調べているか気になったので覗くと、キャシーはSNSを開いていた。

(友達や家族の無事を調べているのだろうか・・・、だがキャシーの母親は・・・)

そう思うとふと気になる事が出てきた。

「キャシー、ちょっといいかい?」

「いいかい?」

(いいかい?がわからないのか・・・)

「えっと、トーク オッケー?」

聞いたキャシーはスマホの電源を落として信二を見た。

「OKですよ」

キャシーの青い瞳が目に入り信二は思わずドキッとしてしまった、半分くらい年下だが今まで生きてきた二十六年間で外国人と二人っきりの状況でこんな近くで話すことは無かった。

「どうした?池田?」

ドキッとしてしまった事を悟られないように何も映ってないテレビを見てからキャシーに尋ねた。

「キャシー、お父さんか兄弟はいないのか?」

すると母親のことを思い出したのか少し黙ってしまった。

「じゃぁ、母親と二人で住んでたのか?」

「マザーと一緒に暮らしててファザーは仕事でいなかった」

どうやら一人っ子のようだ。

「ならファザーと連絡は取れたのか?そのスマホで?」

スマホを指差すとキャシーは首を振った、どうやら連絡は取れていないようだ。

「わかった、無事にこの町から脱出できたら俺とケンジがキャシーのファザーを探すのを手伝うよ」

キャシーは眉をひそめて首をひねった、どうやら伝わっていないようなのでもう一度簡単に言った。

「俺とケンジ、キャシー ファザー 見付ける 手伝う、見付けるって英語でファウンドで合ってるんだっけな・・・」

「ふふっ」

キャシーを見ると信二を見て微笑んでいたのでまたバカにされている気分になって思わずため息をついて顔を落とした。

「ソゥリー、池田」

信二が顔を上げてキャシーを見た。

「その池田の話し方、英語おかしい」

つたない日本語のキャシーに言われて信二は思わず自嘲するように笑うとそれにつられてキャシーも微笑んで言った。

「もうすこし普通に話してくれてOKですよ」

「わかったよ、次はもっと普通に話すよ、それで俺の言いたい事はわかっているのか?」

「イエス、サンキュー 池田」

呼び捨てかよと思ったが突っ込みはしなかった、映画の主人公みたいな事を言ったので恥ずかしくなって立ち上がった。

「どうした?池田?」

キャシーが信二を見上げていた。

「えっと・・・、あれだ、すこし喉が渇いたから何か飲み物を取ってこようとおもってな」

「じゃぁ、私にも飲み物を持ってきて、池田」

信二は『池田』と呼ばれたが言った。

「牛乳でいいだろ?」

「OK」

「それと、俺のことは池田さんと呼べ、さんをつけるんだ」

「わかった、池田・・・さん」

「それでいい」

頷いてリビングの隣にあるキッチンの冷蔵庫を開け中を見ると下の喫茶店の残り物らしき三人分以上のミートソースとゆでられたスパゲッティの麺がラップを掛けられて置かれていた。

缶ビールも六缶置いてあるのが見え、一瞬飲みたくなったがそんな状況ではないのであきらめ、賞味期限が明日の牛乳パックを取り、近くの棚からコップを二つ取り出してリビングに戻った。


ソファの前の膝位の高さのテーブルにコップを置いて牛乳を入れて一つをキャシーに渡し、もう一つを自分で飲んだ。

「ぬるっ」

思わず呟いた、電気が来ていないので冷蔵庫の中の物が冷えてないのは当たり前だが、生ぬるい牛乳を飲むと感覚的にお腹が下ってきそうなので信二はコップを置いてとりあえずトイレを探した。

トイレは玄関からリビングに向かう廊下の途中にあり中に入ってトイレの水を流してみたが水は出なかった。

(知らない男女が一緒にいてトイレの水が流れないなんて・・・・きついな)

用を足さないでリビングに戻って生ぬるい牛乳を少しずつゆっくりと飲んだ。

それからしばらくの間はソファに座ったり立ち上がり窓から外の様子を見ていたが段々と日が傾いてきていた。

信二はリビングの壁に掛けられている時計を見ると午後五時半を過ぎていた、信二はポケットからスマホを取り出し、節電の為に電源をオフにしているのでオンにすると溜まっていたメールが一気に入ってきた。

メールは両親や友人からの物で『心配している無事なら連絡をくれ』という内容であった、だがその中にケンジからのメールは無かった。

念のために警察や消防に電話を掛けたが呼び出し音もならず繋がるようすはなかった。

隣にキャシーがいるので出そうになるため息を堪えてメールが来ていた両親にメールを書いた。


『俺は無事で友人とT市のT駅前の大通りの喫茶店ルブランに避難している、喘息の病気の子供がいて薬が必要で救助を送ってくれ』


とメールを送って友達にもほぼ同じ内容のメールを送りスマホの電源をオフにした。

ケンジとアマドの事が心配になり寝室から外を見ているトウカの所に向かった。

部屋に入るとトウカはまだ部屋の奥からケンジとアマドが出て行った方を見ていて入ってきた信二を一瞬見てまたすぐに窓の外を見た。

「アマドさんとケンジたちは?」

「全然見えないわ・・・」

トウカは頭を左右に振った。

「そうか・・・」

トウカも帰りが予定より遅いということに気が付いているようで心配そうな顔をしているが疲れてもいるようで表情がさえなかった。

信二もケンジたちが向かったアダチ薬局の方を見た、アダチ薬局に向かう屋根が夕焼けでオレンジ色に輝いて見えずらいが目を凝らしてしっかりとケンジ達の姿を探したがその中に動く人影のようなものは見えなかった。

思わずため息をついてトウカを見るとトウカは目を閉じて目頭を押さえていた。

「トウカさんもリビングで休んだ方が良いんじゃないですか?大分疲れが溜まっているように見えますよ」

「大丈夫です、まだここにいて見てます」

抑えていた目頭から手を離して信二を見て答えたが続けた。

「トウカさん、アマドさんやケンジの事が心配なのはわかりますが、少しは休んでおかないといざという時に動けなくなりますよ」

その言葉を聴いたトウカは信二を睨んで吼えた。

「いざという時とはどんな時ですか!?それとも池田さんは二人が帰ってこないとでも思っているんですか!?」

「違いますよ!何言っているんですか!ケンジは俺の友達ですよ!?あなたと違って大学生時代は互いの家に泊まって酒飲んだりしてバカを一緒にやった仲なんですよ!?心配しないわけ無いじゃないですか!?」

今にも掴みかかってきそうなので信二も慌てて言ったが話しているうちに段々とトウカにムカついてきて語尾が強くなってしまった、トウカも少し信二が怒ったことに驚いて目を丸めていたので続けた。

「この建物だって今は安全かもしれませんが周りには精神病で頭がおかしくなったやつらがウロウロしているんですよ?休める時に休んでおかなければ次に何時休めるかわからないんですよ?それに」

そこまで言うとトウカが黙って顔を伏せてしまったので信二も言うのをやめた。

(トウカだって社会人なんだ、俺が言わなくても自分で判断できるだろう)

窓の外を見て夕日で輝く屋根の上にケンジ達の姿が見えないか探したが姿はなく信二はあきらめてそのまま何も言わずに寝室から出た。

リビングではキャシーが首元まで毛布を被って目を閉じていた。

(どうやら眠っているようだ)

信二はキャシーを起こさないようにリビングの一角の畳の引かれた場所に横になり伸びをしてこわばっていた身体を伸ばすと腰や足の関節からゴキゴキと音が出た、信二は天井を見上げてからため息をついて目を閉じたが、ケンジたちの事が心配なせいで全然眠気がしないどころか焦っているのか心配しているのか自分でもわからないが時計の秒針の音が聞こえるごとに精神か心が磨り減っていく様な気がして、眠るどころか段々頭が冴えるような気がした。

目を開けて時計を見るが時間は一分もたっていない、起きて何かをしているほうが精神的に楽なような気がしてきたが、ここはアマドさんの家の中なので勝手に部屋を漁るわけにも行かずに今は身体を休めるしかやることが無かった。

信二はキャシーが座っているソファの背もたれを見たが起きている様子は無く寝息が聞こえてきた。

(俺も身体を休めたほうが良さそうだ、前にテレビで横になって目を閉じれば起きていても寝ている時と同じように身体が休まるというのを見たが本当だろうか?今は嘘でも試すしかないだろうな・・・・)

目を閉じて信二は余計な事を考えないように数字を千一、千二、千三と数え始めた。



突然何かが身体に当たる感触がして飛び起きた、周りを見渡すとキャシーとトウカが信二を挟んで座り信二を見ていた。

「どうしたんだ?一体?」

信二が慌てて言うとトウカが呆れたようにため息をついて言った。

「さっきから夕飯が出来たので起こそうとしたんだけどキャシーが何回起こそうとしても起きないから私が顔を叩いて起こしたのよ」

トウカが言いながら立ち上がり腕を組んだ、確かに信二の右頬が痛いとはいわないが違和感?のようなものを感じて思わず右頬を触った。

「そんなに強く叩いていないわよ」

トウカが言いながらソファに向かい座ったので信二も立ち上がろうとするとキャシーが信二の手を引っ張り立ち上がるのを手伝ってくれた。

「ありがとう」

お礼を言うとキャシーは頷いてソファに向かうので信二も後に続いて向かうとテーブルの上に食パンと牛乳が入ったコップが三人分置かれていた。

寝ぼけていた頭が目覚めてきた、慌ててカーテンが引かれた窓の外をカーテンの隙間から覗くと電気が止まっているので町は真っ暗になり部屋の中は二階の喫茶店のルブランから持ってきた懐中電灯が置かれていて周りの物が見える程度に薄暗く信二は壁に掛けられている時計を見ると午後八時をさしていた。

「ケンジとアマドさんは?」

部屋の中を見渡してケンジとアマドの姿を探したが見当たらない。

「まだ帰ってきてないわ」

トウカの声が聞こえ思わずトウカを見ると下を向いて信二に顔を見せないようにしていて、心配したキャシーがトウカに近づいて何かを囁いた。

(この時間に帰って来ていないということは二人に何かあったに違いない)

考えると手足が震えだし、信二は立っていると地面に崩れ落ちそうになるのでキャシーやトウカに心配をかけないように足に力を入れて出来るだけ振るえを止めてゆっくりとソファに座りポケットからスマホを取り出すと手が震えてソファの上に落としてしまった。

(しまった)

トウカとキャシーを見たが二人は何か話し合っているので信二は見つからないようにスマホを取ろうとしたがその掴もうとする指が震えて思わず手を握ったり開いたりしてみたが震えは収まらないので強引にスマホを掴んで電源を入れた。

震える指でメールの問い合わせを行ったが先ほどまで届いていた電波がなく、アンテナが立たないので信二は立ち上がってスマホを上に掲げながら電波が届く場所を探して部屋の中を歩き回った。

アンテナが一本立った場所で動かないようにしているとメールを受信したスマホが震えたのでスマホの画面を覗くとメールを五件受信していてすばやく送信者を確認した。

「きた!」

表示された五件のメールの送信者の中にケンジの名前があり思わず叫んだ。

「アマドさん達からメールが来てるんですか!?」

反応したトウカが勢い良くソファから立ち上がり近づいてきた。

「あぁ、ケンジからメールが来てた」

言った瞬間にトウカがスマホを持つ手を掴みスマホを奪おうとした。

「なにするんだよ!」

怒鳴って振り払おうとしたがそれでもトウカは手を離さずにスマホを奪おうと手の平に噛み付こうとするのが見えて慌てていった。

「わかった、わかった、渡すから離れてくれ、スマホを落として壊したら意味がないだろ!」

そこまで言うとトウカが動きを止めたので信二は続けた。

「キャシーだって怖がってるだろ、大人しくスマホを渡すから奪い取るような事はしないでくれ、なぁ」

信二はキャシーが居たソファの方を見るとキャシーはトウカの行動にショックを受けたのか不安で泣き出しそうな顔をして胸の前で手を組みこちらを見ていた。

「本当?」

トウカが聞いてきた。

「本当だ、俺はお前と争う気なんて全然ないんだ、それよりもケンジからのメールの内容を知りたい、だから大人しく渡すからその掴むのを止めてくれ、そうすれば渡すから」

信二が答えるとスマホを奪おうと掴んでいた手を放したので信二はトウカから一歩離れてトウカを見ると泣き顔なのか怒っている顔なのかわからない表情で信二を見ていたので大人しくトウカにスマホを差し出した。

「ロックの解除は6・4・8・6・5・3・1だ」

トウカは腕を伸ばしてスマホを操作しようとしたが手が止まったので、トウカに掴まれて痛い腕をさすりながらトウカに近づきスマホの画面を覗くとロック画面で止まっていた。

「6・4・8・6・5・3・1」

信二がもう一度言うとその通りにトウカがスマホの数字を押してロックを解き素早くメールの受信ボックスを開くとケンジからのメールがあり、他は両親からのメールと会社の上司の岩崎さんからのメール、後は友人からであった。

「その田中健次郎を開いてくれ」

トウカがケンジからのメールを開いて読み始め信二も盗み見ようとしたが暗くて何て書かれているかわからない、強引にメールを見ようとして暴れられてスマホを落とされては困るのでトウカの様子を見ていた。

「大丈夫?」

突然声を掛けられビクッとして振り返るとキャシーが近づいて信二の腕を掴んで引っ張った。

「大丈夫だ、問題ないよ」

「でも・・・」

キャシーがトウカを見たので信二もトウカを見ると先ほどケンジからのメールを開いた時と同じ状態で固まっていた。

(確かに問題ないとはいえそうに無いな・・・・)

「トウカさん、メールには何て書いてあったんだ?」

「・・・・・」

トウカはメールを見たまま動こうとしない。

(ケンジからのメールには何かヤバイ事が書いてあるようだな・・・)

振り返り腕を掴んでいるキャシーを見るとキャシーが信二を見たので、できるだけやさしく言った。

「ソファに座ってくれないか?」

理解できたのかキャシーが頷き腕から手を離し薄暗いので足元に気を付けながらソファまで歩き座るのを確認してからトウカを見ると先ほどから動かずに固まっていた。

(今度は殴られるかもしれないな・・・)

思わずため息が出そうになるが近づいてもう一度名前を呼んだ。

「トウカさん?」

トウカがスマホから顔を上げて信二を一瞬見たがそのまま視線が通り過ぎ天井を見上げるとその場に倒れこもうとしたので慌ててトウカに駆け寄ったが間に合わず地面に倒れる鈍い音が響いた。

倒れたトウカの上半身を起こして揺さぶった。

「おい、大丈夫か?おい、しっかりしろ!」

反応したトウカの顔が少し歪むがそれ以上反応しないので床に寝かせておくと後が面倒なので仕方なく先ほど信二が寝ていた畳の上までトウカを運ぶために両脇の下に腕を回して前で腕を組んで引きずるように移動させたが、若い女性のやわらかい肉感と同時に風呂に入っていないので甘いなかに少し汗の臭いがしてドキッとして寝ているトウカを見るとトウカの大きい胸に腕が食い込むように当たっていた。

(日常の出来事ならうれしいが今はそれよりも早くスマホのメールが見たい)

そのまま畳に寝かせ信二は自分のスマホを探すとトウカが倒れた場所で画面が光っているのが見え、すぐに近づき拾い上げて画面を見た。


『緊急事態』

『田中 健次郎』

『屋根伝いにうまく移動してアマダ薬局で薬を手に入れる事が出来たのだが、大通りを渡る時にゾンビに梯子を掴まれて失ってしまったので戻る手段が無くなってしまった、すまないが、梯子を持ってアマド薬局の前まで来てくれないか?』


メールを読んでトウカを見た。

(大変な事になったが倒れるほどではないだろう)

信二は他のメールを見ると両親からのメールは信二が前に送ったメールの返信で内容は警察に伝えてすぐに救出に行くように言ってあるから安心してという内容で、もう一件は会社の上司の岩崎からのメールでしばらく会社は休みという連絡で、他二件は友人からの安否確認のメールだった。

ケンジからのメールの返信を打とうとするのだが、どう返信をしたら良いか判らず指が動かない。

「どうしたの?トウカは?」

声がして顔を上げるとソファに居たキャシーが心配そうな顔で信二を見てから畳の上で倒れているトウカを見た。

「トウカは心配ない、ただ緊張して少し取り乱して気を失っただけだ、休んでいれば大丈夫だろう」

(それに今起きてまた先ほどみたいに掴みかかってきたら面倒でしかたがない)

言わなくて良いことは黙っておくのは一番とキャシーには話さなかった。

「メール」

キャシーがスマホを指差したので立ち上がって答えた。

「それはだな・・・、ちょっとソファに座ろう」

キャシーの背中を押しながら信二はソファまで移動して腰深く座るとすぐ隣の腕がぶつかる位置にキャシーが座った。

(すこし離れてくれればいいのに・・・)

言っても仕方がないので深呼吸をしてから頭の中でメールの内容を整理してキャシーを見るとキャシーがジッと見返して来たので口を開いた。

「先ほど見たメールの内容だがな・・・」

「メール」

「そうメールの内容だがな、すこしまずい事になったんだよ」

「まずい?」

呟きキャシーは首をひねった、どうやら分からないようだ。

「まずい・・・何て言えば分かるかな・・・・、あー、トラブル」

「まずい、トラブル OK」

キャシーは理解できたようで頷いたので話を進める。

「アマドさんと田中がトラブルで薬局で薬を手に入れたが周りを精神病患者に囲まれて梯子も無くして帰ってくることが出来なくなってしまったらしいんだ」

キャシーを一瞬見たが黙っているので話を進めた。

「それで助けに来てくれというんだがな・・・どうしたものかと思ってな・・・・」

「どうしたものかとおもってな?」

「あー、助けに行くか行かないかを悩んでいるんだよ」

「どうして悩むの?」

キャシーが首をかしげて聞いてきた。

(かっこ悪くて情けない説明をしなきゃならないな)

思わずため息をついてキャシーから目をそらして映ってないテレビを見ると懐中電灯の明かりで薄暗いテレビ画面に疲れが浮かんでいるさえない自分の顔がうっすらと映っていたので更に視線をそらして天井を見て言った。

「俺もケンジやアマドさんを助けに行きたいが俺が行った所で本当に助けになるのかわからないし、それに俺の両親がここに俺達が避難しているのを警察に連絡してくれたようだからその内助けが来るから俺が行かなくてもケンジやアマドさんはアダチ薬局でじっとしてれば安全に助かるかも知れないんだ、でも・・・」

それ以上は言葉が詰まって黙ってしまった。

(ここでキャシーの喘息が問題なんだとはいえない)

「私なら大丈夫」

キャシーを見ると泣きそうな顔をしていた。

「私は大丈夫、池田は自分の安全を考えて」

自分の泣き出しそうな顔が見られていると気が付いたキャシーは信二から顔をそらしソファの背もたれにかけてあった毛布を頭から被ると鼻水をすするような音が聞こえた、泣いているのだろうか?。

(自分が嫌になる、この子を励まして父親を見つけるのを手伝うとか言っておいて、いざ自分がこの子の為に危険な目に合いそうな時は躊躇してしまうなんてな・・・・、でもそれが普通なんじゃないか?誰だってそうだろ?自分の命は他のものには代えられないんだから・・・・)

信二は頭を抱えてしまった、どうやってケンジにメールの返信をしようか・・・・、考えるだけで気が重くなってしまうが返信しないわけにはいかないので搾り出した。

メールの内容はこうだ。


『わかった、だが今俺の両親が警察にこの『ルブラン』に立て篭もっていることを連絡してもらってあるし、キャシーも大丈夫だといっているからしばらく様子を見よう、そちらも下手に動かない方が安全だろう』


入力して電波を探して部屋中を歩き回って何とかメールを送信した後、両親にも了解したという内容とアダチ薬局にも人が取り残されていてキャシーの喘息の薬が少ないという事を救助に来る警察か消防に連絡してくれと書いて送信した。

会社や友人たちには電池の節約の為にメールは返信しなかったというよりももうそんな元気が無くなっていた。

キャシーを見るとすすり泣く声は聞こえなくなっていたが毛布を頭まで被ったままで息の音がかすかに聞こえていた、どうやら寝てしまったのだろうか、それなら今は起こさないでおこう。

振り返り畳の上で気を失って寝ているトウカを確認して信二はいざという時に使えるものが無いかアマドには悪いが三階の部屋の中を探し始めた。



まぶしくて目を覚ますと日の光がカーテンの隙間から顔に当たりすぐに目を閉じた。

昨日は使えそうな物をバックにつめた後、信二も身体を休めるために床に横になり身体を丸めるようにして眠った。

日の光が目に入らないように顔をそむけてから目を開けて立ち上がり、フローリングの硬い床に寝たので身体がこわばっているのでストレッチをしながら回りを見た。

「うぇぁー」

身体を捻った瞬間に肺から空気が押し出されて変な声が出たがあることに気が付いた。

「あれ・・・いない」

昨日トウカを寝かせた畳の上に誰もいない。

信二はすぐにソファに移動してキャシーがいるか確認すると昨日最後に見た時と同じように頭まで毛布を被っているキャシーらしき姿があったが念の為に毛布をはぐった。

すると毛布の下でまだ眠っていてキャシーの瞼が動いた、寝るときに泣いていたのか少し目元が腫れて赤くなっていた。

「う~んっ」

目をさすりながらキャシーが呻いた。

(キャシーはOKだ)

信二は急いでトウカがトイレにいないか確認するためにトイレまで移動して扉を叩いた。

「おいトウカ、入っているのか?おい」

何回も叩いたが中から返事は無い。

ドアノブを掴んでまわすとあっさりと回ったどうやら鍵はかかってないようだ。

「開けるぞ!いいな!」

返事が無いので開けると中には誰もいなかった。

「くそっ」

ドアを閉めてから信二は手当たり次第にドアを開けて部屋の中にトウカがいないか確認をするため近くのドアを開けて部屋の中を確認したが、空けた部屋は物置で中にトウカはいなかったので次の部屋に移動してドアノブを掴んだ。

「池田!池田!」

キャシーの呼ぶ声が聞こえる方を見ると寝室のドアを開けて中を指差して泣きそうな顔をしていた、慌てて近づきキャシーが指差す先を見ると部屋の窓の外から中の梯子を出そうとしているトウカの姿が見えた。

「マジかよ・・・」

(なにがトウカをケンジとアマドたちを助けるのに突き動かすんだ?頭がイカれたのか?確かにイカれてもおかしくない状況だが・・・・)

「トウカ!!行かないで!!」

隣のキャシーが叫びながら走って行き窓の外に出そうとしている梯子を掴んだ。

「放して!行かなきゃならないの!!」

トウカも負けじと窓の外から梯子を引っ張りキャシーがズルズルと引っ張られ窓に近づいていくので信二も慌てて駆け寄って梯子を掴んだ。

「おい、とりあえず落ち着け、なぁ?このままじゃ両方とも危ないぞ?それにトウカに勝手に出て行かれたら俺達がケンジやアマドになんて説明すればいいだ、まず説明してくれないか?それにキャシーだってなぁ?」

トウカが泣きながら梯子を掴むキャシーを見ると梯子を引っ張る力が弱まったので信二が力を込めて梯子を部屋の中に引っ張り込むとキャシーがトウカに近づき泣きながら英語で何か話しかけトウカを部屋の中に引っ張り込んだ。

(これでひとまず安心だな)

信二も近づきとりあえず窓を閉め鍵を掛けてからトウカを見るとまだキャシーが英語でトウカになにか話しかけていた。

「キャシー、落ち着け、発作を起こすぞ」

キャシーをなだめてから部屋に戻るなり立ち尽くしたまま動かないトウカをすぐ後ろにあるベットに座らせてキャシーも落ち着かせるためにトウカの隣に座らせてトウカを見た。

「昨日から聞こうと思ってたんだが、ケンジやアマド達の事が気になるのは分かるが、俺に掴みかかったり一人で助けに行こうなんて・・・・、なにか俺達に話してないことでもあるのか?何か問題でもあるのか?話してくれないか?」

「トウカ・・・・」

キャシーが泣きそうな顔で下を向いているトウカの顔を覗くと下を向いたままトウカが話始めた。

「実は・・・、私とアマドさんは付き合っているの・・・」

「付き合ってるの?」

キャシーが説明しろという目線を信二に送ってきた。

「えーっと恋人、トウカ ラバー アマド って事かな」

信二の言葉を聴いたキャシーは何も言わずにトウカを見て何かを耳元で囁いた。

(俺の言ったこと分かっているのか?)

「トウカさん、事情はわかったし、俺もキャシーも君がアマドさんを大切に思っているのは分かったから次何か行動するときは俺やキャシーに相談してくれ、それは昨日会ったばっかりだからすべてを話してくれとは言わないが俺達もケンジやアマドさんの事が心配なんだから」

するとトウカが顔を上げて信二を見た、その目からは涙があふれて潤んでいた。

「なら助けに行ってもいい?」

「トウカさん、その問題だがな、俺は親にメールで助けを求めてあって、このルブランとアダチ薬局に人が取り残されてるって事とキャシーに薬が必要な事を警察に連絡してもらってあるんだ、だからアマドやケンジたちも不用意に行動しなければ安全なんだよ」

「そうなんですか・・・」

安心したのか大きなため息をついた、だがすぐに思い出したように隣にいるキャシーを見た。

「でも、それじゃキャシーの薬は・・・」

「そうだ、そこなんだよ、俺達に助けが来るならこれ以上バラバラになるような事態は避けて俺達もケンジとアマドさん達も大人しく身を隠していれば救出されると思うが、救出が何時来るか分からないしキャシーの薬をどうするか相談したかったんだよ」

「私に相談ですか?」

「あぁ、喘息の人が知り合いが居たのは君だけだしね」

「でも私だって詳しく知りませんよ?」

トウカは言ってキャシーを見たので続けた。

「それでも俺より詳しいのは確かだし、それにキャシーだって男の俺といるよりも女性のトウカさんのほうが話しやすい事とかあるだろうしな、キャシーもトウカさんがいるほうが良いだろ?」

キャシーが頷いてトウカを見た。

「イェス 一緒がいい」

トウカが思わずキャシーに抱きつくとキャシーもトウカの背中に両手を回して抱き合った。

(トウカの件は収まったが、トウカとアマドが付き合ってるなんてケンジが聞いたらショックを受けるだろうな・・・、むしろ向こうでアマドから聞いててくれれば俺の口から言わなくてすむ)

『グゥ~』

信二のお腹が鳴り二人にも聞こえたようで信二を見て微笑んだので言った。

「とりあえず朝食を食べないか?」

「そうね、そうしましょう」

トウカがキャシーから手を離して立ち上がるとキャシーも立ち上がり部屋から出て行くので信二も後を追った。



スマホでメールが着てないか確認しようとしたが何処を探しても建物の中では電波が入らなかった、この事は二人には話さないでおいた。

食事を終えた信二はトウカに言って念のためにアマドの家や下の店から役に立ちそうなものを三階のリビングに集めトウカが持ってきたリュックに詰め込んでリビングの隅に置いてある信二のリュックの隣に置いた。

一仕事終えて三人ともソファに座っているとキャシーと何か話していたトウカが信二を見た。

「それで私達はどうするの?」

「喘息の症状についてトウカとキャシーの話を合わせると、喘息の薬が必要なのは分かるが、ケンジの所に向かっている間にこの店と薬局に助けが来たらその間にいる助けに行った人がただでさえ危険な外に取り残されるかもしれないからキャシーが大丈夫ならこのままここにいた方が良いと思うんだ、それにキャシーの発作も気をつけて刺激を与えないようにすれば薬が無くても持つようだからな」

キャシーを見たが、キャシーは自分の名前に反応して頷いていた。

「それはそうかも知れませんけど・・・」

「刺激を与えないように俺達でキャシーを守れば良い、そうすればみんな安全に救助を待つことができるからな」

トウカは何も言わなかった、どうやら仕方ないといった感じで納得してもらえたようだ。

「ちょっと薬局のほうを見てくる」

テーブルに置いてあるトウカが出してくれたアマドの双眼鏡を持って立ち上がり寝室に入り窓から外を見ると昨日までは見えなかった黒煙が薬局の方から上がっているのが見えた。

「なんだ?」

一人呟き持っていた双眼鏡で黒煙が上がっている方を見ると、アマド薬局の看板の近くの通りから黒煙が上がっているように見えた。

(トウカに言ったら面倒になりそうだが、言わないともっと面倒な事になりそうだ・・・)

先ほど電波が無かったが信二はポケットからスマホを取り出してアンテナマークが出ないか必死に部屋の中を探したが反応がなく寝室から出てリビングに向かい電波を探した。

リビングに入るとキャシーとトウカが話していて一瞬信二を見たがスマホを天井に向けながら歩いているのを見るとすぐに目を離して話に戻った。

建物内で昨日電波が来ていた所は圏外になったままだった。

(しかたない、トウカとキャシーに大人しく黒煙の事を話そう、トウカが面倒になりそうだな・・・)

信二はリビングのソファの先ほどまで座っていて空いている場所に座るとトウカが信二を見た。

「どうでしたか?何か変化ありました?」

「あぁ、トウカさん落ち着いて聞いてくれ?」

すると何か察したのか穏やかだった表情が一転して急に真顔になり素早く立ち上がったので信二は腕を掴んだ。

「トウカさん、落ち着いて聞いてくれ、アダチ薬局の方から黒煙が上がっている」

持っていた双眼鏡を差し出すとトウカが引ったくるように掴み信二の手を腕を振り払い寝室に走って行き、キャシーが何が起こったのかわからずに信二の顔を見たので立ち上がった。

「キャシー」

手を差し出すとキャシーは信二の顔を見ながら手を取って立ち上がり、そのままキャシーの手を握ったままトウカの後を追って寝室に入るとトウカは双眼鏡で黒煙の立ち上るアダチ薬局の方を見ていた。

「池田」

キャシーが不安そうに黒煙を指差した。

「アマドとケンジがいる薬局付近から黒煙が上がっている」

「アマドと田中たちは大丈夫?」

「わからない」

信二が返事をすると双眼鏡を下ろして振り返ってトウカが信二を見た。

「私、行きます」

「言うと思った」

思わず言ってしまった。

「トウカさん、なら聞くが行ってどうするんだ?警察や救急車を呼んだって助けに来ないんだぞ?」

「たしかに池田さんの言う通りかもしれませんが、警察や消防署の人たちが助けに行かないからこそ私が助けに行かなければならないんじゃないですか?」

信二が思わず黙っているとトウカが双眼鏡をベットに置きリビングに向かうので信二はキャシーの手を握っていた手を離して寝室からリビングに向かうドアの前に立ちふさがるとトウカが語尾を強めて言ってきた。

「どいてください」

「だから、落ち着いてくれ、なぁ」

信二は出来るだけトウカの気を立たせないように優しく言ったがトウカは信二を睨んできた。

「池田さんはケンジさんを本当は助けたく無いんじゃないんですか?昨日から話を聞いていると自分の命が惜しいからここから出たくないんじゃないですか!?」

その言葉を聴いて自分の頭に血が上っていくのを感じたが俺まで怒ってはダメだと思い深く息を吸い込んで心を落ち着かせてから口を開いた。

「じゃぁ、聞くがトウカさん?あんたは助けに行くといったが行ってどうするんだ?梯子を持って更に消火器まで持っていくのか?」

「そうです、梯子と消火器を持って行きますよ」

その返事を聞いて信二は思わず鼻で笑った。

「何がおかしいんですか?」

「遠くから見て分かるくらいの黒煙が上がっているということはかなりの強い火があの下にあるって事ですよ、そこにこの店にある消火器を持って行っても消せる可能性が低いしそれに燃えていのが車だったら消火器の中の消化剤が車用のではないからあまり効果がないかも知れませんよ?そんなことも知らない奴が助けに行く?迷惑を掛けに行くの間違いじゃないんですか?よく考えてください」

トウカが動いたと思うと頬に鋭い痛みが走りよろけてドアにぶつかった。

「私はあなたの話をききたいわけじゃない!」

頬がジンジンと痛みだした、どうやら叩かれたようで頬をさすりながらドアの前から移動してトウカに道を明けた。

「ここまで言っても行くというのなら止めはしない、俺は止めたからな」

トウカは信二を睨みながら部屋を出てリビングに向かった、ため息をつくとキャシーが近づいてきた。

「池田大丈夫?トウカはどうしたの?」

「止めたんだがトウカはアマドやケンジの所に向かうみたいだ・・・」

「なんで?ここにいれば安全なんでしょ?」

信二はキャシーを見て少し考えてから口を開いた。

「たぶん安全なだけだよ、こんな状況だし自分の好きな人の傍に行きたいんだろ」

リビングで何か物音が聞こえるので覗こうとした。

「ねぇ、トウカを止めてよ、外は危ないよ」

「俺だって止めたさ、けど叩かれたしな、俺はこれ以上トウカを止めないよ」

「なら私が止める!」

「おい」

キャシーはいきなり部屋中に響くような大声を出してトウカの後を追って部屋から出て行った。

(もう嫌になってきた、何で俺が叩かれなきゃいけないんだよ、まったく)

そう思いながら仰向けにベットに倒れこんで目を閉じた。

小さくキャシーがトウカに向かって叫んでいるような声が聞こえた、その声がトウカをしっかり止めない自分を責めているように感じるのと同時にケンジならもっとうまく止められたんじゃないか?という考えが頭に浮かんでくる。

キャシーもトウカなんか放っておけばいいのに、まったく自分だって母親が死んでつらいだろうし、喘息なんだからそんなに大声を出されて病気でも悪化したらどうするんだ?。

トウカはどうでもいいがキャシーにはおとなしくするように言ったほうがよさそうだ。

もう一度ため息をついて立ち上がり肩を回して寝室から出てトウカとキャシーの声が聞こえるリビングに向かった。

リビングではトウカにキャシーがしがみ付いていた。

「キャシー放して、お願いよ」

「ダメだよ!トウカ!外は危険なんだよ!」

建物中に響くように叫んだ。

「わかってる、でもアマドの所に行きたいの、助けたいのよ、ねぇ分かってちょうだい」

トウカはキャシーの頭を撫でながら優しく言ったがキャシーは頭を振った。

「嫌だ!分からないよ!死ぬかもしれないんだよ!死んだらっ」

突然キャシーは話すのをやめて自分の喉を押さえた。

「どうしたの?キャシー?」

トウカは異変を感じたようでその場にしゃがんでキャシーの顔を正面から見た。

「O・・K・・・、大・・・丈夫・・・」

信二も異変を感じて近づくとトウカが信二を見た。

「発作かもしれない・・・・」

血の気が下がっていくのを感じたが何か行動をしなければならない。

「トウカさん、とりあえずキャシーをソファに寝かせよう、他はどうすればいい?」

「私にもわからないわ」

信二はキャシーをソファに寝かせて楽な体勢を取らせようとキャシーを抱え上げてソファまで運び寝かせたが、キャシーの気道が狭くなっているのか喉から絞りだすような呼吸をし額にうっすらと汗が浮かんだ。

「これ、吸入器」

トウカがキャシーのバックから吸入器を取り出し差し出してきたので受け取りキャシーの顔の前に持っていった。

「キャシー、これを使え」

キャシーの手が伸びて吸入器を持つ信二の手を掴みそのまま口に吸入器を持っていき、息を吸い込むのと同時に信二の指越しに吸入器のボタンが押されて薬品が出る音が聞こえると、キャシーは吸入器を咥えたまま呼吸を何回も繰り返した、心配しながら見ていると呼吸は少しずつ落ち着いたようで吸入器から口を離して深呼吸を繰り返した。

「大丈夫?」

信二よりも早くトウカがキャシーの顔を覗きながら尋ねた、信二はキャシーが使用した吸入器の残りを確かめるために軽く振って残量を確かめようとすると吸入器を咥えたときに付いたキャシーの唾液が飛んで顔にかかり思わず拭うと薬品の臭いがした。

そのことをすぐに頭から追い出してもう一度吸入器を振って中身を確かめたが中に薬品が残っているようには感じられない。

「大丈夫だよ、トウカ、安心して」

キャシーがうっすらと汗をかいた青白い顔で笑い信二は心が痛むのと同時に震えるのを感じた。

「池田も心配しなくていいよ、私は大丈夫」

「そうか、分かったが何かあったかいものでも飲むか?」

「うん、甘い紅茶がのみたい」

「わかった、そこで休んでいろ」

信二は持っていた吸入器をソファの前のテーブルの上に置いて立ち上がりキッチンに向かうとその後をトウカが付いてきた。

「とりあえず紅茶だな」

信二は冷蔵庫に入っている飲料水を取り出して一人分をヤカンに入れて火を付けようとしたがうまく火がつかない。

「あれ、おかしいな」

何回もガスコンロのスイッチを何回もまわしてみたがカチカチ鳴るだけで火がつかない。

「つくはずよ、プロパンガスでガスボンベが一階にあるんだから」

いいながらトウカが信二の前に割って入りガスコンロのスイッチを何回かまわすと火がついた。

「ほら、ちゃんとつくじゃない」

トウカはキッチンの戸棚を開けて紅茶の茶葉が入ったビンを取り出した。

「後は、私がやっておくわ」

「わかった、だけどトウカさん、アマドの所に行くのはやめてくれ」

紅茶の茶葉をスプーンで取る手を止めて信二を見た。

「なんで?」

「・・・なんでってキャシーの世話をしてもらわなきゃならないからな、俺よりもこの家と下の店に詳しいだろ、どこに何があるかとか、それにキャシーは女の子なんだから男性の俺よりも女性のトウカさんの方が話しやすい事があるだろ?」

トウカが声のトーンを低くして睨むように言うので少し言いよどんでしまった。

「でも・・・・」

トウカは呟きキャシーを見たので信二もキャシーを見た、キャシーの喘息の薬は少ないというかもうほとんど無い事をトウカも気が付いている様だ。

キャシーは浅い呼吸を繰り返しているのか頻繁に胸が上下するのがキッチンからでも分かった。

深呼吸をして目を瞑り今後の事を考えようとするとキャシーのつらそうな呼吸を繰り返す光景が目に浮かぶと次にアダチ薬局の前からの黒煙とケンジからのメールの内容を思い出し大きくため息をついてから目を開けるとトウカが信二を見た。

「止めても無駄よ」

「俺が行くよ」

予想外の言葉が返ってきたのかトウカは信二を睨んだまま固まってしまった。

「トウカさんはここにいてキャシーの面倒を見てくれないか?」

ハッとしたトウカが口を開いた。

「あなたがアマドの所に行くの?」

「あぁそうだ、俺がアマド達の所に梯子を持って行き二人を助けてキャシーの喘息の薬を持って帰ってくるよ」

答えると一瞬間があってトウカが聞いてきた。

「どうして考えを変えたの?あなたは助けに行きたくなさそうだったじゃない?それなのにどうして?」

「俺だって本当は行きたくないさ、ここにいれば俺は助かるからな、だけどキャシーの苦しむ様子と残りの薬を考えたらやはり誰かがアダチ薬局に向かったほうがいいと思ったのさ」

「なら私が行ってもいいじゃない、池田は行きたくないんでしょ?」

トウカが懇願しながら近づいて胸が当たりそうになったので信二は後ろに一歩下がって避けた。

「正直に言うが俺も一瞬トウカさんが行けば良いと思ったんだ、だがこの家でキャシーの面倒を見る時にこの家や店の何処に何があるかなんて俺には分からないがトウカはアマドの彼女だから少しは分かるだろ?」

「それはそうかも知れないけど・・・」

そこまで言うと水を沸かしているヤカンの口から白い湯気が出始めたのでガスコンロのスイッチを切って火を消した。

「キャシーにあったかくて甘い紅茶を入れてやってくれ、俺はちょっと考えがあるんで二階で準備してくる、それでいいだろ?」

トウカはゆっくりと頷き信二はキャシーを見てソファの上で横になっているのを確認してからベランダの避難梯子を使い二階に下りた。










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