第3話 生き残り

駅前の大通りに続く道を信二とケンジは右手にピッケルを持ち背中にはケンジが青色のリュック、信二は赤色のリュックを担ぎ物陰に隠れながら慎重に進んでいた。

先にケンジのアパートの近くのコンビニに向かったのだが、コンビニには大勢の詰め寄った客の中に精神病の人がいたのか割れた窓ガラスや地面に倒れて動かない数人の人影とその周りをふらつく十人以上の精神病の人が見えたのでコンビニは危険と判断し駅前の商店街に向かうために物陰に隠れながら少しづつ進んでいたが、生存者は見つからず精神病の人がふらふらとさまよっていて、ジャマになりそうな人を二人ほど背後からピッケルで頭を突き刺して殺し先に進んだ。

大通りに出ると道路の真ん中や端のあちらこちらに死体があり、その周りを精神病の人がふらふらと次の獲物を探しているようにさまよっていて、その様子を見たケンジが呟いた。

「ここは通らないほうがよさそうだ」

「ならどうする?」

信二が言いながら周りを見るとスーパーやコンビニ、ドラッグストア、などは大通り沿いにありそれぞれの店に入るためには大通りを通る必要があった。

おもわずため息をついてケンジを見た。

「ここはやめたほうがいいな」

「そうだな、さすがにこの中を通って安全に目的の店までたどり着く自信はないな、それに店のシャッターが完全に閉まってるし店の中にゾンビがいたらそれこそ終わりだからな」

ケンジに言われて店を良く見てみたが、シャッターは降りていて誰かに叩かれたのかベコベコに凹み血で汚れているのが見えて信二は言った。

「別の店を探した方がよさそうだな」

「けど、もう思い出せるような店は他には、少し離れたところにある大型のショッピングモールくらいしか思いだせないぞ」

「俺もだ」

返事をした信二はケンジと一緒にしたゾンビゲームのショッピングモールを思い出したがゾンビであふれ返り、ゾンビから逃げながらショッピングモールにある食料を生きている人間と奪い合い殺し合っていた、ゲームなら良いが現実ではやりたくない、想像しただけで背筋に悪寒が走って恐怖で身震いしてしまう。

「しかたがない、家に戻った方がよさそうだな」

ケンジも同じ事を考えたようで話しながらケンジが信二を見たので頷いて答えた。

「帰り道の自動販売機で水を買おう、そうすれば家でも二日は持つだろ?」

信二は財布を取り出して中身を確認すると七千円入っていて聞いた。

「おまえ、いくら持ってる?」

「えっ、自動販売機をぶっ壊して中身をいただくんじゃないのか?」

「そんなことはしねーよ、修理代を求められたらたまったもんじゃないぞ」

「でも、災害なら自動販売機って無料になるんじゃなかったっけ?」

ケンジが言ってこっちを見たので、そういえばそんなことニュースでやっていたような気がする。

「俺みたいに壊そうとする奴がいるから、さっさと中身をタダで配った方がいいと判断したんだろうな」

ケンジが言うので信二はため息をついて言った。

「自分で言うなよ」

「なら、取り合えず自動販売機に向かうか、ここから一番近いのはたしか・・・」

その時、何処からか騒がしい音が近づいて来た。

「信二!」

ケンジも気が付いたようだ。

「わかってる、急いで隠れよう」

返事を待たずに信二は近くの家の塀の中に身を隠すとケンジもその後に続いて信二とは入り口を挟んで反対側の塀に身を隠した、様子を伺うと騒がしい音はだんだんと大きくなり近づいてくることが判った。

ケンジが塀から大通りをゆっくりと一瞬覗き見てすぐに顔を引っ込めて信二を見た。

「暴走族だ」

「暴走族?こんな状況で?」

「嘘じゃない、見てみろ」

恐る恐る信二は塀から顔を出して大通りの音のする方を見ると遠くから車と十台以上のバイクが走って来た、バイクに乗っている者は全員がヘルメットを被っていない金髪の若い男女で鉄パイプを振り回していて見つかったらマズイと思いすぐに顔を引っ込めた。

「あいつら何を考えているんだ?あんな音出してたら襲われるぞ?」

「何も考えていないんじゃないのか?観光気分なのかもしれないが、見つかったら面倒そうだ、このまま隠れてやり過ごそう」

「そうだな」

返事をした信二は塀の影にしゃがみ込んで見つからないように祈った、ケンジは塀の隙間から大通りの様子を覗こうとしていてやめろと声を掛けようと思ったが暴走族の集団の音が大きくなっていたので声を掛けるのをやめると近づくエンジン音の中に何かを打ち付ける音が聞こえた。

「おい、信二、見てみろ、様子が変だぞ!」

話しかけるなという目でにらみ返したがケンジは続けた。

「いいから、見てみろ、車がバイクの奴等に鉄パイプで殴られてるぞ」

(どういうことだ?)

信二も塀の影から音のする方を覗くと青い普通車とその後ろをハイエースのような大きな車が縦に並んで走行して先頭の青い普通車を取り囲むようにバイクが走りながら窓ガラスやボディを鉄パイプの様なもので叩いているのが見え、普通車の運転手は金髪の女性に見えたが暴走族ではないようで酷く怯えているように見えた。

青い普通車はバイクに煽られるままに大通りをさまよっている精神病患者を次々とぶつかり弾き飛ばしながら大通りを進んで行き、バイクに乗っている若い男女は笑いながら自動車で引きそびれた音に反応して近づいてくる精神病患者をかわしながら鉄パイプで頭部を叩き、叩かれた患者は地面に倒れ頭を打ち付けていく。

そのまま100メートル近く進むと先頭を走っていた青い車がいきなり加速を始め、窓ガラスを叩いていた運転席近くを走っていたバイクにワザとぶつかりバイクはバランスを崩して火花を散らしながら地面に倒れた、それを見た後ろを走っているハイエースが速度を上げ目の前を走る青い車の斜め後ろにぶつかるとバランスを崩した青い車は道路脇の電柱に正面からぶつかり派手な音を立てて動かなくなってしまった。

「うわぁ」

思わず声が出てしまい周りを見た、信二の声に反応した精神病患者はいなかったが男性の叫び助けを求める声が聞こえてきた。

「助けてくれ!!おい!!早く!!」

声のする方では倒れたバイクの運転手が道路に倒れたまま頭を血で真っ赤にしながら片足を挟んでいるバイクを両手でどかそうとしたが、どうやら自分一人ではバイクを起こすことができないようだ、その運転手を狙って精神病患者達が集まり始めた。

仲間のハイエースやバイクの連中を見たがその連中は停車して倒れているバイクの男をみたが、そのまま車をまっすぐ走らせた。

「どうやら見捨てたみたいだな」

ケンジの声が聞こえ信二は尋ねた。

「助けに行くか?」

「いや、もう助けれない、あんなに囲まれたらどうにもならん」

バイクの男を見ると鉄パイプを振りまわして叫んだ。

「来るな!近寄るんじゃない!来るな!誰か助けてくれ!誰か!助けてくれ!」

叫び声を上げて近づいてくる精神病患者達を鉄パイプで殴りつけて近づかないようにしたが叫び声を上げているためどんどん精神病患者達が集まり、倒れたバイクの男の周りには二十人以上が集まり更に増え続けていった。

「おい、信二」

「なんだ?」

「今の内に大通りを渡ろう、チャンスは今しかない」

言われた信二はハイエースとバイクの集団が走り去った方を見たがすでに何処かで右折か左折でもしたのか姿は見えなくなっていて電柱にぶつかった青い車には精神病患者が3人近くでふらついてい大通りにいた精神病患者のほとんどがバイクの男に向かって行った。

「そうだな、一気に渡ろう」

信二が言うとケンジが頷いた。

「一、二、の三」

ケンジが言って塀から飛び出し信二も後に続いて飛び出した、ほとんどの精神病患者は倒れたバイク男に集まっているので、二人は音を立て注意を引かないように素早く急いで渡ろうとした。

「キャー!!」

何処からか女性の耳が痛くなりそうな高い悲鳴が聞こえ、ケンジと信二は片側二車線の道路の片側を渡ったところで足を止めた。

悲鳴は止むことがなく聞こえてくる、どうやら事故を起こした青い車から聞こえるようで精神病患者が青い車に近づいて行く。

前にいるケンジを見ると振り返り信二を黙って見ていたが、ケンジがどうしたいかわかったので頷き返すとケンジが青い車に向かって走り出し信二も後を追った。

青い車では三人の精神病患者がボディを叩き後部座席の割れた窓から手を突っ込んでいてその手を避けるために車内の後部座席で暴れている足や手が見えた。

ケンジは一番近くの車の後ろの窓をひたすら叩いてヒビを入れているサラリーマンらしき男性の頭に振り返る間も与えずにピッケルを振り下ろすと身体を一瞬硬直させてから地面に倒れケンジが頭からピッケルを抜いている間に信二が後部座席の助手席の後ろの窓から手を入れている50代のおばさんの頭にピッケルを振り下ろすと車内に手を突っ込んだまま車に寄りかかるように倒れもたれかかった。

「信二、中の人を助け出せ」

「OK!」

焦り興奮しているので少し声が大きくなってしまった、信二は車に寄りかかり倒れているおばさんの死体横っ腹を足で蹴り倒してからドアを開けようとしたが開かない、何度か試したがやはり開かない。

その間にケンジは反対側にいた若いサラリーマンの精神病患者の頭にピッケルを突き刺して倒していた。

「おい、信二、お前は後ろの暴れている奴を頼む、俺は運転手を助け出すからまずその叫ぶのを止めさせろ、ゾンビが寄ってくる」

「わかった」

ケンジは言いながら運転席のドアを開けようとしたが電柱にぶつかった衝撃で破損していてうまく開かないようだ、信二は車内の後部座席でまだ状況が掴めずに暴れている人に声を掛けた。

「おい、落ち着け、叫ぶのをやめるんだ、奴等が近づいてくるぞ」

信二はおばさんが腕を突っ込んでいた穴を覗きながら中で暴れている人に声を掛けたが、恐怖で混乱していて声が届いていないようでまだ手足をバタつかせていた。

信二は振り返り周りの精神病患者を見ると悲鳴に反応して転倒したバイクの男を襲っていた精神病患者の一部がこちらを向いて近づき始めたのが見えた。

「ケンジ、ドアは開かないし、中の奴は暴れたままだ」

するとケンジが信二を見た。

「仕方ない、こっちもドアが開かないから窓を壊して連れ出すぞ」

言いながらピッケルで運転席の窓を叩き割り始めた、信二もおばさんの頭に刺さったままのピッケルを抜いて窓を素早く叩き割り中の人を安全に窓から出せるように端に残っているガラスを取り除くとドアのロックがかかっているのが見えた。

「クソッ」

思わず呟いてからドアのロックを解除してドアを開けると簡単に開いた、どうやら衝突の衝撃で歪んで開かなかったわけではなさそうだ。

「おい、落ち着け!」

思わず声を大きくして後部座席で暴れている人を怒鳴ってしまった、すると暴れるのを止め顔を上げて信二を見たので目が合って思わず言った。

「外人かよ」

車の後部座席で暴れていたのは金髪の青い目をした白人の女の子供で怯えた表情で信二を見ていた、信二は唇に人差し指を当てて黙るようにジェスチャーをすると暴れるのをやめて静かになったので信二は手を伸ばして言った。

「アイム ヒューマン、アイム ヒューマン、ディス イズ デンジャラス、カモン」

ヘタクソな英語だがしかたがない、外国人の子供は怯えているのか手を伸ばそうとしない。

「早くしろ、信二」

ケンジの声が聞こえて信二は周りを見ると二十メートルくらい近くまで精神病患者が迫っていた、車内にいる外国人の子供を見るとまだ怯えているのか外に出たくないと思っているようで信二の手を一向に掴む気配が無い、時間がないので信二は上半身を車内に突っ込んで強引に子供の上着を掴み一気に車内から引きずり出すとそのまま地面に倒れこみそうになったので慌てて助け起こしてからケンジを見た。

「こっちはオッケーだ」

言っていると外国人の子供は中にあるリュックサックを取ろうと手を伸ばしていたので信二は子供を掴んでいる手を離すと素早くリュックサックを取ったのでもう一度服を掴んで引っ張り出して子供の手を掴んで車の反対側で運転席のドアを開けようとしているケンジのそばに近づいた。

「どうだ?」

「抜けない、信二、手伝ってくれ」

言われて信二はピッケルを車の屋根の上に置き子供の手を掴んでいる手を離はなしてケンジと一緒の運転席の金髪の女性の上着を掴んで引っ張ったが何かが引っかかっているようで動かない。

「抜けないな」

ケンジが言うと信二の隣にいた子供がなにか英語を叫びながら運転席の女性の肩を掴んでゆすり始めた、マムといっているように聞こえ、どうやらこの子供の母親のようだがまったく子供の声に反応しなかった。

「くそっ、どうする?」

ケンジが聞いてきたので信二はもう一度運転席の女性を引っ張り出そうとしたが抜けず周りを見ると精神病患者がもうすぐそこまで来ていた、このままでは俺達も巻き添えを食ってしまうと判断して、言いたくはないがケンジを見た。

「ケンジ、俺のピッケルを持って、俺はこの子供を持つて逃げる」

「この運転手を見捨てるのか?」

「あぁ、そうだ」

ケンジを見ずに答えて母親を必死に起こそうとしている子供を両手で抱え上げた、ケンジは迷っているのか信二のピッケルを取らなかった。

「早くしろ!俺たちまで死ぬぞ!」

怒鳴るとケンジが信二のピッケルと取り小さな声が聞こえた。

「俺が後ろを守るから先に行け」

言われた信二はその場から早く離れようとバイクが転んだ場所とは反対側の精神病患者が少ない方に走った。

子供が抱えている信二の腕の中で暴れながらマミーと大声で泣き暴れ始めた、信二は慌てて子供の口を塞いだが、暴れるので口を押さえる手がずれてしまい泣き声がすこしもれてしまい周りの精神病患者が信二たちに向かって歩き始めた。

だが、精神病患者の移動速度は早歩き程度なので囲まれないように走れば捕まる事はないが、疲労が溜まっていけば終わりだ。

(早く逃げる場所を探さないと)

思ってはいるのだが、子供を抱えて走りながら道路にうろつく精神病患者を避けていると考えがまとまらない。

「おい!信二!こっちだ!」

背後からケンジの呼ぶ声が聞こえて振り返るとケンジが建物と建物の間にある路地に入るよう言うので走って入るとそこはスナックなどの飲み屋が並んでいる路地で精神病患者のうろつく姿は見えなかった。

「何処か入れそうな店は無いか手当たりしだい開けてみろ!それとその子供を黙らせたほうが良い」

「わかった」

信二は答えて近くに精神病患者がいない所に移動して抱いている子供を地面に降ろした。

「シャラップ OK?」

子供は信二の言うことを聞かずに入ってきた路地から大通りに飛び出そうと走り出したので信二が素早く肩を捕まえると振り払おうと暴れだした。

「クソッ」

一瞬ハンカチを口に突っ込んでその上から口を布で縛って黙らせたくなったがそんなことをしている暇は無いのでまた子供を抱え上げ片手で口を塞いで黙らせて近くの居酒屋のドアを開けようとしたが鍵がかかっていて開かない。

すぐに隣の店のドアを開けようとしたがやはり鍵がかかっているようだった。

「そっちはどうだ?」

振り返り反対側の店のドアを手当たりしだい開けようとしているケンジを見た。

「開かねー、畜生!」

そういってスナックのドアを蹴った。

信二はさらに隣のパブのドアに取り付いて開けようとしたが開かない。

「開けてくれ!子供がいるんだ!子供だけでもいいから中に入れてくれ!!」

中に人がいるのかわからないが言ってみたが何も反応が無くイラついてケンジのようにドアを思いっきり蹴飛ばすと背後からケンジの声が聞こえた。

「ヤバイ!ゾンビが来た!逃げろ!」

入ってきた大通りに繋がるほうを見ると大通りから精神病患者が続々と路地に入ってきた。

「とりあえず通りを抜けて別の場所に行こう」

「わかった」

ケンジが返事をしたのを確認して通りの先に進むと左に折れてその先道路が見えると精神病患者の一人が子供の叫び声に反応してこちらに向かってきた。

「ケンジ!」

「任せろ!!」

声がした瞬間にケンジが信二の隣を通り抜けると右手のピッケルで精神病患者の胸を突き刺し左手に持ってるピッケルで更に頭を串刺しにした。

信二はその隣を通り抜けて通りに出ると先ほどの大通りよりは少ないが精神病患者が十数人うろついていた。

右側を見ると二車線の道路が続いていて道路沿いには民家が立ち並んでいて反対側を見ると大通りに戻ることになりまた大勢の精神病患者に追い詰められてしまう。

信二は大通りとは反対側に向けて走り出した。

「ケンジこっちだ!!」

何処まで体力が持つかわからないがこのまま突っ切るしかない、信二は覚悟を決め子供を放さないようにしっかりと持ち直した。

「おい!信二!あれを見ろ!!」

振り返るとケンジが大通りを血の滴るピッケルで指しているので信二はその先を見た。

その先には建物の二階の窓からたいまつの様に燃える火の棒を振っている男性が見えた。

「なんだあれ?」

思わず言うと信二とケンジが見ていることに気が付いた用でこちらに向けて手を振り始めた。

「どうする?行くか?」

ケンジに言われて信二はもう一度周りを見て精神病患者を見たが先ほどよりも増えているような気がして子供を抱えながら走ってもすぐには捕まらないが何時までも逃げれるわけではない。

信二の考えている事がわかったのかケンジが言った。

「あいつに助けを求めよう、俺達は入れてもらえないかも知れないが子供一人くらいなら入れてくれるだろう」

今度は信二がケンジを見るとケンジも信二を見て叫んだ。

「後ろ!!」

振り返ると精神病患者が信二に掴みかかろうと両手を伸ばしきたので素早く避けてたいまつを振っている奴の場所に向けて走り出すとケンジも一緒に走り出した。

信二とケンジが近づいてこようとしているのに気が付いた様でたいまつを振っていた男性は二階の窓の中に引っ込んでしまったが関係ない、精神病患者を避けながら走り隣のケンジはジャマになりそうな精神病患者を殺していると時間がかかるのでピッケルで突き飛ばしながら走った。

大通りまで来るとたいまつが振られていた建物の一階からおっさんが金属の棒を持って出てくるのが見えると信二たちに向かって手招きをしてから近くの精神病患者の頭を叩き割るのが見えた。

(どうやら助けてくれるみたいだ)

子供を持ちながら走っているせいか腕が痛くて重く息も切れて苦しいがもうすぐ助かると思うとあと少しがんばれそうだ。

ケンジも信二を襲おうとしている精神病患者を突き飛ばしてくれていた。

大通りを半分まで渡りもう少しでおっさんにたどりつきそうだ。

「こっちだ!早く!」

おっさんの渋い声が聞こえ信二に駆け寄ってくると興奮しているのか顔に汗を掻きながら息を切らして言った。

「大丈夫か?君達?」

聞かれた信二は子供を抱えて走ったため息を切らせて答えられない。

「まだ、大丈夫じゃない!建物に入れてくれ!」

後ろにいたケンジが精神病患者を突き飛ばしながら答えるとおっさんが慌てて言った。

「そうだな、私の後についてきてくれ」

言っておっさんはたいまつを振っていた建物に近づき脇にある外階段を登り始めたので信二とケンジも後に続いて階段を登ったが、もう限界なのか足が重く感じうまく上がらない。

「早く上がれ!」

後ろからケンジの声が聞こえる。

「さぁ、あと少しだ、早く」

ケンジが更に言うと目の前を行くおっさんが振り返り信二を見た。

「もう少しだ、さぁ、早く!」

言われて階段を登る重い足を進めると二階で女性が扉を開けて待っているのが見えた。

「さぁ、中に入って!」

おっさんは扉の前で鉄の棒を構えて階段の下を見張っているので脇を通りドアの中に急いで入ると足がもつれて床に倒れそうになり子供をかばうようにして何とか背中から床に倒れた。

「グェ」

受身を取れなかったために背中を打ち付け変な声が出てしまった、それにもう立てそうにないと思えるくらい手足が鉛のように重く感じる。

隣では子供の泣き声が聞こえているが立ち上がって口を塞ぐことも出来そうにないと思っているとドアを開けていた女性が子供に飛びついてすぐに口を塞ぎながら何処かにつれていくのが見えるとケンジとおっさんが部屋に入り素早くドアの鍵を閉めて近くにあった棚や机をどんどん積んで扉を塞いでいくの見えたので信二も息を切らしながら立ち上がり近くにある椅子を積んでいった。

「もう大丈夫だろう」

おっさんがいうと信二は床に座り込んで大きなため息をついた。

「大丈夫かね?君達、怪我はしてないか?」

「はい、大丈夫です」

おっさんにケンジが答えるのが聞こえたので信二も顔を上げて答えた。

「大丈夫です、助けていた、だいてありがとうございます」

息切れで変なところで言葉が切れてしまった。

「もう少しでやられるところでしたよ」

ケンジも疲れきった様子で床に座り両手に持っていたピッケルを床に置いて答えていた、それはそうだ、もうすぐで死ぬところだったんだ。

「なにか飲み物を持って来ますよ、とりあえず水でいいかね?」

「はい、お願いします、信二もそれでいいだろ?」

「はい」

信二が答えたのを確認しておっさんはカウンターのような場所に移動した。

(カウンター?)

呼吸がまだ少し乱れていて、心臓の音が聞こえるくらい早く脈が打っているが少し落ち着いて今いる場所を見渡すと、テーブルの席のようなものが窓際にあり、テーブルを扉の前に積んでいるときに落ちたのか床にメニュー表があった、どうやらここは喫茶店のよな場所みたいだ。

足音が聞こえ振り向くとおっさんが水を汲んだコップを両手に持って近づいて信二とケンジに差し出したので受け取った。

「ありがとうございます」

礼を言って水を一口飲んだ、冷たくは無いが身体に染みて行くのを感じた、ケンジを見るとすでにコップの半分くらいまで水を飲んで大きなため息を付いていた、信二も更に飲もうとコップを口に近づけようとした時、コップを持つ手が震え水がこぼれそうになっていた、そのことを気が付かれたくないが口に運ぼうとする間にも震えで水が波打って少しこぼれてしまった。

コップに口をつけると残りの水を一気に飲んだ。

「もう一杯いります?」

飲み終わるのとほぼ同時に言われた。

「いや、いいです、水ありがとうございます」

おっさんにコップを返そうとする手も震えてしまっていたがおっさんは何も言わずに信二からコップを受け取った。

「そちらの方はどうです?」

するとケンジが顔を上げた。

「もう一杯いただけますか?」

「わかりました」

ケンジがコップを渡そうと手を伸ばしたがその手は信二と同じように震えていた、コップを受け取るとおっさんはカウンターに向かって歩いていった。

おっさんがいなくなった事を確認してからケンジが笑って信二を見て言った。

「かっこ悪いな、コップを渡す手がめちゃくちゃ震えたよ」

「気にするな、俺だって同じだ、手どころか心臓だってまだ爆発しそうだよ」

信二も自嘲気味に笑い返して手を強く握った、そうしていなければ手が勝手に震えだしてしまいそうだ。

そのまま二人は何も言わずに床に座って手が震えるのが収まるまで待っているとおっさんがカウンターから出てきて水の入ったコップを持ってケンジの隣に立った。

「水ですよ、えっと・・・お名前は・・・?」

「田中健次郎です」

言いながらケンジはコップを受け取った。

「健次郎君、そちらは・・・・」

おっさんが言いながら信二を見てきたので答えた。

「池田信二です、助けていただいてありがとうございます、えっとお名前は・・・」

信二が言うとおっさんがにこやかに笑いながら答えた。

「私はこの喫茶店の店主のアマドイサムです」

アマドイサムと答えたそのおっさんの服装を良く見るとウエイターというよりもマスターという感じが似合うこぎれいな白いワイシャツと黒いズボンを履いていて、顔も愛想がよさそうな感じだが、今は無精ひげが生えていて清潔な感じとはいえなかった。

信二はアマドに頭を下げて言った。

「もう少しであいつ等に食べられるところでした、本当にありがとうございます」

「何回お礼を言ってもたりないくらいですよ」

ケンジも信二にならって言った。

「いえ、あなた達はあの子供をあの病気の奴等がさまよう中、命がけで救い出したのですから頭を上げてください、さぁ」

言われて信二は頭を上げたがケンジは床を見たまま呟いた。

「だけど運転手は助けることができなかった・・・・」

落ち込んで悔しそうな感じが伝わってきたので信二は言った。

「体が挟まっていたのか判らないが動かなかったんだ、俺達はできるだけのことはやっただろ?それにあのままあそこにいたら俺達は襲われて今ここにいなかったかも知れないんだ、気にするなとは言わないが、気にしすぎるなよ」

話を聞いたアマドがケンジに言った。

「そうですよ、今はあまり気になさらずどうかゆっくりと休んでください、上着を脱いで横になってはいかがですか?」

アマドに言われて気が付いたが、信二とケンジは登山用の上着を着ていて座っているとゴワゴワしたので上着を脱いで床に置いたが、ケンジの上着は精神病患者をピッケルで刺し倒したときに浴びた返り血で汚れていたので床に血が付かないように慎重に上着を脱いだ。

「かしてください、掛けておきましょう」

するとアマドが二人の上着を受け取り近くにあるハンガーを取って椅子の背もたれにかけようとするとカウンターの奥の扉が開いて女性が出てきた。

「子供は大分落ち着いたみたいですよ、マスター」

言いながらカウンターから出てアマドの隣に立った、この店に入る時に扉を開けてくれた女性だが、大人ではない感じのする女性であった。

「この人たちは?」

「田中君と池田君だ」

アマドが紹介すると品定めをするように見下ろしながら二人を見たので信二が聞いた。

「あの子供は?」

「今は、食料庫の中でオレンジジュースを飲んでもらっているわ、あの中なら子供が泣いても少し声が漏れるくらいですむわ」

「そうか・・・・、ヘタクソな英語で話しかけたけど全然伝わってる様子が無かったんだけどあの子供は何人でした?」

信二が聞くと女性も首をかしげた。

「私も頭悪いから良くわからないのよ、ただ、あの子に落ち着かせようと必死に話しかけただけだから・・・、日本語で」

するとケンジが女性を見て言った。

「日本語で?」

「そう、日本語で」

女性は色が少し落ちた金髪の毛が背中くらいまであり、顔もちょっときつい感じのキレイな女性ですらっとした体系だが胸が大きいのが服の上からでもわかるような少し小さめのTシャツとジーンズを履いて手を腰にあてて立っているとケンジが聞いた。

「この女の子は?アマドさんの娘さん?」

聞かれたアマドは苦笑いをしたが女性のほうがすぐに答えた。

「違います、他人です」

はっきり言うので疲れているが信二が思わず鼻で笑ってしまうと、女性はすぐに信二を睨んできた。

「二人とも下の奴等に噛まれてないでしょうね?」

「おれは大丈夫だ」

ケンジが言って信二を見た。

「俺も大丈夫だ、あの子供はどうだった?噛まれた痕や引っかかれたような痕は在りませんでした?」

「私が見た限りだと噛まれた痕は見えなかったけど・・・」

「あの子供は電信柱に突っ込んだ車に乗っていたから噛まれる以外の傷怪我があるかもしれないから見てみてくれませんか?」

信二が女性を見ると頷いた。

「わかったわ、あんな女の子をあなた達には任せられないわ」

女性はカウンターに向かうとケンジが聞いた。

「待って、君、名前は何ていうの?」

女性が振り帰るより先に信二が先にケンジを見た。

「私はモトラトウカです」

言ってカウンターに向かって歩き出しその背中をケンジは見つめているとアマドに尋ねた。

「トウカさんはお客さんなんですか?」

「いや、彼女はここのバイトだよ、若いのにしっかりしているよ」

アマドは食料庫の中にトウカが入っていくのを確認してからケンジと信二を見た。

「君達も適当に横になったり椅子に座ったりして休んでください、ここにいれば安全ですから、私は君達の分も含めて食事を用意しましょう」

「ありがとうごさいます」

ケンジが言って頭を下げたのを見ているとケンジが信二を見て促した。

「おい、お前も言えよ」

「すいません、ありがとうございます」

言って頭を下げた。

「いいえ、気にしないでください、三十分もすれば出来ますから待っててください」

アマドは言ってカウンターに入って行き、ケンジと話しても内容が聞こえない距離になっていることを確認して念のためケンジの近くに身体を引きずって移動してケンジの肩を叩いた。

「何だよ?」

「お前小さい声で話せ」

ケンジは不思議そうな顔をして信二を見たので続けた。

「いいから小さい声で話せよ」

「わかったよ」

めんどくさそうに顔を寄せてきたので言った。

「あんまり気を抜くなよ、何が起きるかわからないんだからな」

カウンターを見るとアマドが食器の準備をしているのかカウンター内の棚を開けて何かを取り出していた。

「そうだな、状況が状況だからな・・・」

「わかったならいい」

信二は心臓が落ち着いてきたので立ち上がり大通りに面している壁の中央付近の窓から外を見ようとすると少し焦げたような臭いがした、どうやらここからたいまつの様な物を振っていたようだが、今は外が見えないようにカーテンが降ろされていたので手で隙間を開けて窓の外の覗きこんだ。

「うわぁ」

声に出すつもりは無かったが思わず出てしまった。

通りには血まみれの精神病患者がケンジの言うゾンビの様にふらふらとまるで人間を求めてさまよっているように見え、悪寒が走り身震いをしてしまった。

窓からは通りの電柱にぶつかった子供の乗っていた車の前方部分が見え運転席に金髪の女性たぶん母親だろうが、ケンジと引っ張り出そうとした時と同じ姿勢でうなだれているのが見えた。

(死んでいるのだろうか?それとも気を失っているのだろうか?)

信二は黙って動かない母親を見ていた。


「田中君、池田君、二人とも食事が出来たよ」

呼ばれた声で振り返るとカウンターの上にサラダとパンが盛られた皿が五皿並べられていた。

壁に掛けられた時計を見るともうすぐで昼の十二時になろうとしていた、信二はカウンターに近づいた。

「手伝いますよ、何処のテーブルに並べればいいですか?」

すると洗い物をしていたアマドが顔を上げた。

「先に子供が一緒に食事できるか様子を見てきてもらえませんか?私はまだ少し準備したいことがあるので・・・」

「わかりました、そこの奥ですよね」

カウンター奥の厚めで重そうな銀色の扉を指差した。

「そうです」

信二はカウンターの中に入って銀色の食料庫の重い扉を開けて中を見ると、中では子供がリュックにしがみ付くように前で抱え込むように持っていて、トウカはその子供に話しかけて扉に背を向けて座っていたが扉が開いたことに気が付いて振り返ったので言った。

「昼食の用意ができたようなんだけど・・・・」

トウカは前を向いて子供に言った。

「食事、食べれる?」

二、三秒たってから子供が答えた。

「いらない・・・」

(日本語しゃべれるの!)

驚いたが黙っていた。

「でも、今後どうなるかわからないから食べなきゃダメ」

やさしくトウカが言ったが子供は頭を左右に振って黙ってしまった、その様子を見たトウカが立ち上がり振り返って信二を見た。

「まだ、ダメみたいね」

「そうか・・・仕方ないな、だが君は食べるだろ?」

「でも、この子を一人にはしておけないわ」

トウカが少し怒っているのか語尾を強めて言い子供を見るので信二はやさしく言った。

「君にもちょっと聞きたい事があるし、来てくれないか?」

怪訝な顔をしてトウカが信二を一瞬見てから子供を見た。

「わかったわ」

トウカはしゃがみ込み子供に何かを囁いてから立ち上がり信二の脇を通り抜けて食料庫から出たので信二はゆっくりと食料庫の扉を閉め振り返ってトウカの進んだほうを見ると窓際のテーブル席に食事が並べられていてケンジはトレイに五人分のコップを乗せてテーブルに運び並べていて食料庫から出てきたトウカに気が付いて言った。

「あれ?あの子供は?」

「いや、まだショックが大きくて何も食べる気にはならないみたい・・・」

トウカが答えるとアマドがカウンターからテーブルに向かって行き座りながら言った。

「まぁ、仕方ない子供には残酷すぎる現実だ」

「そうですね・・・」

トウカがアマドの隣に座るとケンジが信二を笑いながら見た。

「お前、窓側の方が好きだろ?座れよ」

言われるがまま窓側に座りその隣に信二が座るとトウカが信二をまっすぐな瞳で見てきたので思わず視線をそらすと尋ねられた。

「聞きたいことって何?」

すると隣にいたケンジが言った。

「トウカさんは何歳なの?」

トウカがケンジを睨んだ。

「十九ですけど」

「へー若いのにしっかりしてるなぁ、信二」

「あぁ、そうだな」

するとケンジがすかさず聞いた。

「大学生なの?」

「違います」

「それじゃ、専門学校にでも通っているの?」

「いいえ、違います」

「ふーん」

するとトウカが今度は信二を睨んだ。

「聞きたいことってのはこのことなんですか?」

ケンジの無遠慮な質問に少し怒ったようなので慌てて答えた。

「いやいや、俺が聞きたかったのはあの子供のことなんだけどな・・・」

答えながらケンジに余計な事を言うなという意味を込めて見るとケンジもトウカが怒っていることに気が付いたようで少し反省したようで声のトーンを落としていった。

「いや、俺も少しは話しやすくしようと思ったんだけどね・・・」

ケンジはトウカを見た。

「ごめんね、トウカちゃん」

「いや、私も突っかかるような言い方をしてたかも知れません、すいませんでした」

トウカも少しケンジに頭を下げた。

(ケンジの奴、さらっとちゃんづけかよ)

信二が思っているとアマドが二人の様子を見てから信二を見た。

「信二君も何か聞きたいことがあったようだが、まず先に食事をしないか?時間はたっぷりあるんだし?」

確かにこの後することはない。

「そうですね、まず先に食事をしましょう、考える時間はたっぷりあるんだから」

信二はそういってテーブル上の自分の前のコップを見ると中に白い液体が入っていた、たぶん牛乳だ。

「牛乳だ」

思わず声に出た。

「本当はお好きなものを飲んでいただきたいのですが、牛乳は他の飲料水やジュースより痛むのが早いので先に使ってしまおうと思ってお出ししたんですが、牛乳は嫌いでしたか?」

「いえ、思わず声に出してしまっただけで全然飲むこと出来ますよ、なぁ」

隣にいるケンジに同意を求めると頷いた。

「はい、牛乳なら二、三杯は軽く飲めますよ」

ケンジが軽口を叩くとアマドが少し笑いトウカは呆れたような顔をした。

「貴重な食料だから大切に飲んでくださいね」

そういうって我々は食事を始めた。


その場にいる全員が食事を終えてコップに残っている牛乳を飲んでいるとアマドが尋ねて来た。

「それで池田くんは何を質問したかったんですか?」

「あの子供のことですよ、食料庫で子供とトウカさんは日本語で話していましたけど、あの子供に日本語通じるんですか?」

信二がトウカを見るとケンジとアマドも見たが、トウカは胸の下で腕を組んで黙ってしまったのでアマドが言った。

「トウカちゃん、どうなんだい?」

しばらく黙っていたが重い口を開いた。

「・・・伝わっているんですかね?」

不思議そうな顔で言ったので信二が尋ねた。

「えっ、会話してなかった?『食事いる?』って子供に聞いたらいらないって日本語で答えてなかった、あの子供?」

「私は英語が話せないのでとりあえず日本語でずっと大丈夫?とか痛いところない?と話しかけていたんですけど、それには顔を振るだけで返事はしなかったんですよ、でも池田さんが来た時に初めて口を開いたんですよ」

するとケンジが信二を見て言った。

「でも、あの子供に日本語が通じるって事がわかったな」

「そうだな、日本語がわかるならコミュニケーションをなんとか取れるでしょうね、そういえばアマドさんは英語話せます?」

頭を振ってアマドは答えた。

「全然、日本語オンリー」

そういって両手の手の平を振ったので信二は思わず微笑むとアマドの隣のトウカが少しため息混じりに言った。

「そんな、威張れるようなことじゃありませんよ」

「悪い悪い」

口では謝っていたが顔は笑っているとケンジが言った。

「あの子供の名前は判らないのかね?国籍とかなにかわかるもの持ってた?」

「あの子のリュックの中を探ればなにかわかるだろうが・・・」

信二が言うとトウカが少し非難するように言った。

「そこまでしなくてもいいんじゃないですか?言葉がわかるなら後で聞けば良いだけですし、今変に探りを入れて嫌われても後々面倒になるだけですよ」

「たしかに」

信二は思わず呟くとトウカが立ち上がってテーブルに残っていた子供の分の昼食の皿を持った。

「今行って名前聞いてみますよ」

言って食料庫に向かって行くとケンジが信二を見た。

「俺達は情報収集でもするか?」

「そうだな、俺達はそもそも食料とラジオとかの避難道具を探してたんだからな」

それを聞いたアマドが言った。

「だから君達は大通りに居たんだね、いろんな店があるから」

ケンジが話し始めた。

「そうなんですよ、俺とこの信二は二人で部屋に篭っていたんですがね、災害時の準備なんてなにもしてないから水道が止まって飲み水もないし、ラジオも無いから何も聞けないですし、まぁ、テレビは映ってたんですけど、何時まで電気が付いているか判りませんでしたしね、二人で話し合って生活に必要なものを探しに来たんですよ、近くのコンビニはもう荒らされた後だったので大通りに来たんですが、予想よりゾンビがたくさんいてそれどころじゃありませんよ」

「ゾンビ?」

アマドが不思議そうな顔をしていうので信二が補足した。

「ゾンビってのはあの精神病患者達ですよ、外でうろついている」

それを聞いたケンジが続けて話そうとしたので遮って聞いた。

「それよりもアマドさん、私とケンジはここから出てった方がいいですかね?」

「おい、信二っ」

驚いたケンジが振り返ってケンジを見て言ったが無視して続けた。

「俺達がここに来たことでアマドさんとトウカさんの分の食料は確実に無くなるのが早くなるんだ、そうでしょう?アマドさん?」

「それはそうだが・・・・」

困ったような顔をしたアマドが呟くとケンジが疲れた様子で言った。

「おい、おい、俺はもうクタクタだ、次にあいつ等に囲まれたら逃げ切る自信なんて無いよ」

「あぁ、俺もだ」

ケンジがため息を付くのに合わせて信二もため息をついた。

「だが、ここまで来たんだ、休憩させてもらったら外に出て店の人には悪いが窓かドアを破壊して中に入って水と食料と避難道具を奪っていくしかないだろうな」

「そうか・・・・」

呟いたケンジは頭を抱え、信二も手の平で自分の顔をさすった。

「大丈夫ですよ、田中さん、池田さん」

アマドの声を聞いて二人は顔を上げてアマドを見ると笑っていた。

「二人ともここで救助が来るまでいてもいいですよ?」

「本当ですか!?」

ケンジが言うとアマドは頷いて続けた。

「もちろん本当だよ、そのつもりが無かったら助けて無かったよ」

「ありがとうございます、アマドさん」

信二が言って頭を下げるとケンジも頭を下げた。

「それに君達に」

「店長!来て下さい!」

アマドが何か言おうとすると食料庫からトウカの声が聞こえ、信二は思わずビクついてしまったがアマドが振り返った。

「トウカちゃん?どうしたんだい?」

「子供が何か苦しそうなんです!」

「何?」

アマドは素早く立ち上がってカウンター奥の食料庫に向かって行くと隣にいたケンジが信二を見てニヤリと笑って言った。

「うまく言ってここに置いてもらえるようになったな」

「あぁ、お前も良く気が付いたな」

信二も笑って答えるとケンジが言った。

「俺達から『ここに居させてくれ』とは逃げて来たのをかくまってもらった身だからいえないからな、向こうから言ってもらって安心したよ」

「まぁ、アマドさんも良い人だから俺達を助けてくれた時にはここに置いてくれるとは思うけどはっきりさせておかないとな、後で揉めるかもしれないからな」

するとニヤけていたケンジが食料庫の方を見た。

「俺は出来るだけあの人たちとは揉めたくはないな」

「俺もだ」

信二が答えるとケンジが信二を見た。

「できれば助けたいな」

「得意のゲームじゃないんだから無茶するなよ」

「お前もな」

ケンジに釘を刺したつもりだが逆に言われて思わず笑ってしまうとケンジも笑った。

なにか物音がして振り返ると食料庫からトウカが飛び出してきて二人を見た。

「二人とも手伝って!」

トウカの焦っている様子にどうすれば良いか迷っていると食料庫からアマドが子供を両手で抱えて出てきたのでケンジが聞いた。

「どうしたんです?」」

「この子、何か体調が悪いらしい、食料庫では風通しが悪いから少しでも良いところに運ぼうと」

トウカがアマドを追い越して前に出てくると信二とケンジが床に座っていた場所に来た。

「何か毛布のような敷くものはある?」

おもわず信二が言った。

「俺達に聞かないでくれ、トウカさんは引くもの探してきてくれ、俺達とりあえず周りの物をどかすよ」

「わかった、お願いね」

返事をすると店の奥に向かって行き、代わりに子供を抱えたアマドが信二とケンジの所に来たので慌てて座っていたテーブルや椅子を隅に寄せて子供が横になっても大丈夫な場所を作るとケンジが言った。

「とりあえず床に寝かせてください」

「そうだな」

アマドは子供を床に降ろしてたので子供顔を見た。

車から出したときも食料庫でもはっきりと見ていなかったが、子供は小学生高学年くらいの身長で少しやせているような体型だったがよく小学生を抱えて大通りを走りまわったな、火事場のバカ力という奴かと考えながら子供の顔を見ると、子供は苦しそうに小さい眉間に皺を寄せて浅い呼吸を繰り返していた。

「二人とも私は水とタオルを用意するからこの子を見ていてくれないか?」

「はい」

ケンジが返事をするとアマドはカウンターに急いで向かうのと入れ替えに今度はトウカが毛布を持って走ってきた。

「二人とも、一旦持ち上げて、私がその間に下に毛布を引くから」

「わかった」

返事をしたケンジが信二を見たので信二は頷きながらしゃがみ込むとトウカが子供の隣にしゃがみ込むと毛布を床に敷いた。

「俺が頭の方を持つからケンジは足の方を持ってくれ」

「わかった」

信二は子供の脇の下の服を掴み、ケンジは子供が履いるジーンズの腰の部分を掴むのを確認した。

「一、二、の三で持つぞ」

「わかった、一、二、の三」

子供の身体が浮いた瞬間にトウカが毛布を下にすべり込ませた。

「ゆっくりと降ろすぞ」

毛布の上に子供を降ろすとタイミングよくアマドが水とタオルを持ってきたので信二は立ち上がって後ろに下がると信二がいた場所にアマドがしゃがみ込み水で濡れたタオルを子供の顔に当てその様子をトウカが心配そうに見ているとケンジがトウカに聞いた。

「トウカちゃん、この子は何か食べてこうなったの?」

「牛乳を二口くらい飲んで、食パンを半分くらい食べた時に急に食べるのをやめるとすぐにつらそうな表情になって顔色もだんだんと悪くなっていったの」

トウカは子供を心配そうに見ているとケンジが信二を見た。

「アレルギーか何かか?」

「荷物に何か無いか見てくる」

信二は足早に子供のいた食料庫に向かい中の隅に置かれていたリュックを掴み上げるとすぐにアマドたちの所に戻るとトウカがこちらを見た。

「なにかあった?」

「今から調べる」

閉じられているリュックの蓋を開け子供を寝かせるときに移動させてたテーブルの上にひっくり返してすべての中身を出した。

中から出てきたのは子供の服と何か小さいポーチのような物と小さいノートと子供用のスマホが出てきのでとりあえずポーチを開けて中身を取り出すと、子供の財布と一緒に薬品の様なものが詰められたビニール袋が出てきたのでその袋を掴んだ。

「おい、なにか薬みたいのが出てきたぞ」

言いながら子供の頭の近くにしゃがみ込んで袋を開けて中身を取り出した。

「なんだ、これ」

数が少なく二、三個しか錠剤が入っていないプラスチックのケースと一緒にどのように使うのか判らないプラスチックのL字をしたものがあったので取り出して何か書かれていないか調べようとした。

「それ!!」

隣に居たトウカが大声で言ったので思わずビクッとするとトウカがL字のプラスチックの物を奪い取りアマドと信二に言った。

「子供を座らせて、早く」

信二はどうするか悩んでアマドを見たがアマドは素早く子供の背中に手を回して抱え起こした。

「これを使えば楽になるから、がんばって吸い込んでね」

トウカが言うと子供はうっすらと目を開け、信二には子供の青い瞳が見えた。

「さぁ、咥えて息を吸い込んで」

やさしく言いL字のプラスチックを上下に振ってからL字の短いほうの蓋を外して子供に咥えさせると何かガスの出るような音が聞こえ、子供とトウカがその行為を三回繰り返すのを周りの男達は黙って見た。

子供が口から咥えていたL字のプラスチックを外すとトウカがアマドを見た。

「マスター、水ください」

近くのテーブルの上に置いていた水の入ったコップを取った。

「はい、どうぞ」

アマドがトウカにコップを渡すとトウカが子供に差し出して優しく言った。

「これでうがいをして、コップの中に出していいから」

「ちょっと待って今他のコップを取ってくる」

子供の足元に居たケンジが言いながら立ち上がりカウンターに向かいコップを取りすぐに戻って来ると信二にコップを差し出した。

一瞬固まってしまったがコップを受け取ったのを確認して子供を見るとトウカが言った。

「さぁ、どうぞ」

子供が頷くと差し出されたコップを受け取り一口含んでうがいをしたので信二が持っているコップを差し出すとそのコップに水を吐き出してまたコップの水を含んでうがいを始めたので信二はトウカに聞いた。

「それなんなんだ?薬なのか?」

「そう、たぶん吸入器よ、呼吸が苦しくなったらこの先からガスと一緒にクスリが出るからそれを吸い込むと呼吸が楽になるの」

「よく知ってますね」

思わず感心するとトウカが少し笑顔で信二を一瞬見てすぐに女の子を見た。

「昔、同級生の友達がこれと同じようなのを使っていたの」

その事を聞いたアマドが尋ねた。

「じゃあ、この子が何の病気かわかるかね?」

「確か、その子は喘息といっていた気がしますが、よく覚えてないので違うかも知れませんが、今この子が使ってるのと同じようなのを使っているのは見ました」

「ならこの子もたぶん喘息か・・・」

呟くとケンジが明るい声で言った。

「でもアレルギーじゃないのなら問題ないんじゃないか?薬もあるんだし」

信二はまだ手に持っていた二、三個しか錠剤が入っていないプラスチックのケースを縦に振ると何も音はしなかった。

それを見たケンジは下を向いて頭を抱えてしまった。

子供はまた口に含んだ水を信二の持っているコップに吐いた、次であふれそうになったので立ち上がるとテーブルの上のスマホが目に入り思わず取ってしまったのでスイッチを入れて画面を見ると壁紙は今ここにいる子供と友達らしき少女が顔を寄せているのが映った。

(これを調べれば何かわかるかもしれないな)

「返して!」

声が聞こえて振り返ると子供が立ち上がり信二の持っていたスマホをひったくる様に奪い信二は思わずよろけてコップの中の水が大きく揺れた。

「おっとっとっ」

バランスをうまく取りコップの中身はこぼさなかったが思わず子供を睨んでしまった、子供も胸の前で両手でスマホを持って信二を睨んでいるとトウカが言った。

「大丈夫?」

子供は返事をせずに店の中を見渡すように周りを見てからトウカを見た。

「お母さんは?」

聞かれたトウカははっきり言って良いのかわからず何も言わないで固まって動かなくなってしまった、ケンジを見ると下を見て子供と顔を合わせないようにしていた。

仕方なく信二はため息をついて言った。

「おい、名前は?」

トウカを見ていた子供が信二を見たので再度言った。

「名前は?」

「キャシー・マクギャヴィン」

(日本人じゃないということか・・・・)

「日本語はどのくらいわかる?」

聞かれたキャシーは首を傾げた。

「すこし・・・・、難しい日本語わからない」

「すこしわかるなら十分だな」

信二がケンジやアマドに言うと頷いたが、先ほどまで青白い顔で倒れていたキャシーがトウカに聞いた。

「お母さんはどうなったの?ねぇ?」

トウカは知っているはずなのに答えないので信二が意識してやさしい声を出した。

「キャシーさん、落ち着いて聞いてくれ、今から大事な事を言うが大声を出さないでくれ、外の精神病患者たちに気付かれてしまう、いいかい?」

キャシーが口を硬く閉じて信二の目を見て頷いた、キャシーはキレイとは幼くて言わないが中々愛嬌のあるかわいい顔をしていて青白い肌に金髪と青い目が見え一瞬ドキッとしてしまったが続けた。

「お母さんというのは君が乗っていた車を運転していた人のことか?」

「イエス」

「その人は車が電柱にぶつかった時に足を挟まれたようで助けることができなかったよ、すまない」

「そうですか・・・・」

キャシーは床を見つめて肩を落としてしまった、泣き喚くかと思っていたが意外としっかりしているので感心してしまうとケンジがやさしく尋ねた。

「落ち込んでいるところ悪いが、さっきの病気は何なんだ?それに薬だって少ないようだが大丈夫なのか?」

信二も気になっていたのでキャシーを見たが返事をせずに黙って下を向いているとトウカがキャシーの肩を叩いて持っていたL字のプラスチックの吸入器という物をキャシーの前に差し出した。

「あなた、病気?」

するとキャシーは頷いて囁いた。

「アスマー」

トウカが隣に居るケンジの顔を見たが何の病気かわからないので顔を横に振るとアマドを見たがアマドもわからないようで顔を横に振ったので信二は呟いた。

「わからんな・・・、薬は少ないようだが大丈夫なのか?」

キャシーに聞いたつもりだったが日本語が伝わっていないのか、無視されたのかわからないでいるとトウカが手を差し出してきたので信二は持っていた錠剤が入ったプラスチックケースを渡すと受け取ったトウカはキャシーの前にケースを差し出した。

「薬、量、OK?」

(なんなんだ、その話し方は?)

キャシーはプラスチックのケースを持って小さい声で言った。

「薬が少なくて、マムと私は車で買いに出た」

それを聞いたアマドが呟いた。

「どうやら、薬が足りないから母親と車で買いに行ってあの暴走族に捕まったみたいですね・・・」

アマドが話を整理をするとケンジがアマドを見た。

「じゃぁ、薬が必要ってことですか?」

「そう見たいですね・・・・」

変な話になりそうなので信二はとりあえず先に手に持っているキャシーがうがいに使った水を捨てるためにカウンターの中に入り水を捨てコップを洗うために水を出そうと蛇口をひねったが出なかった、どうやらこの地域も水が止まってしまっているようだ。

「アマドさん、コップは蛇口の所に置いておきますよ」

言って四人を見るとアマドが信二を見た。

「はい、わかりました」

返事をしたアマドはまたすぐにキャシーを見て四人で何かを話し始めたので信二も立ち聞きしようと戻ろうとすると食料庫の扉が開いたままになっているのが見え、近づいて扉を閉める前になんとなく中を見ると、食料が詰まれた棚の一段目に食べかけのパンとサラダが置いてある皿と牛乳が入ったコップが置いてあるのが見えた。

(とりあえず、持って行くか)

二つを手に持ち扉を身体を使って体当たりするようにして強引に閉め四人の所に行くとトウカが振り返った。

「それは?」

「その子供が食べかけた食事を持ってきたんだけど・・・・」

キャシーを見るとキャシーも振り返って信二を見ていたので聞いた。

「パンや牛乳にアレルギーがあるのか?」

キャシーは目の前のトウカを見たのでやり方を変えた。

「これならどうだ?」

信二は言って皿の上にあるパンを取って食べるフリをした後に自分の首を掴んで苦しむマネをした。

「フフッ」

笑いを堪える声が聞こえて四人を見るとアマドとトウカそれにキャシーは笑いを堪えていてケンジは小バカにしたように信二を見ていてトウカが笑いながら言った。

「池田さんって面白い方なんですね」

「そうなんだよ、こいつなにか少し抜けているっていうか変わっている奴なんだよ、一緒にいる俺がこいつのせいで何回恥じをかいたことか・・・」

ケンジの言葉にイラッとした。

「おい、お前こそ女をナンパしてその彼氏に殴られそうになったのを何回一緒に謝ってやったか、他にもお前が彼女に振られた時や女にだまされて金を貢ぎそうになった時だっておれが」

「ストップ、止めてくれ、俺が悪かった、お前はしっかりしているよ、抜けているのは俺だ」

「わかればいいんだよ、わかれば」

ケンジを見下ろしながら言うとトウカが笑いながらケンジを見た。

「二人とも仲が良いんですね」

「まぁね、こんなときでも一緒に行動するくらいだからな」

笑いながらケンジが答えたので信二はため息をついた。

「それはいいから、キャシーにこの食べ物のアレルギーか何かで喘息が起きたのか聞きたいだけなんだが・・・」

するとキャシーの隣に居たアマドが信二を見た。

「池田君、彼女は日本語の単語はわかるみたいだから、さっきトウカちゃんがしていたみたいに単語だけで簡潔に言えば彼女も推測して答えてくれるんじゃないか?」

言われてキャシーを見るとキャシーも信二を見て笑った。

「キャシー」

言うと信二を見たので続けた。

「ユウ ブレッド イート、OK」

出来るだけ簡単にして言うとそれを聞いたキャシーは笑いながら答えた。

「OK、アイム イート」

(俺はこんなガキに笑われるなんてな)

助けたことを少し後悔しながら持っていた皿とコップを近くのテーブルの上に置いて近くの椅子を出し座ってテーブルに肘を突きながら言った。

「食事はOKならいいんだが薬はどうするんだ?すぐに必要なのか?」

信二が座ったのを見て床に座っていた四人も椅子に座りアマドとケンジが通路を挟んだ反対側の椅子に座り信二のテーブルを挟んだ反対側の椅子にトウカとキャシーが座るとトウカが信二を見た。

「そのことなんですけどね、錠剤は予防薬のようで、吸入器の方の薬は発作が起こった時に必要みたいなんですけどもう両方の薬が無いようなものですし・・・」

透明のプラスチックのケースに入っていた錠剤の数を思い出したが二、三個しか入っていなかったので思わず頭を抱えてしまうと誰も何も言わずに沈黙が流れた。

顔を上げて前も見るとキャシーも日本語はあまりわかっていないが周りの大人が自分の事で頭を抱えてしまって居るのが判っているのか、目の前に置かれているパンや牛乳に手を付けずに下を向いていたので言った。

「キャシー、ユウ パン イート OK」

キャシーが顔を上げて信二を見たので頷くとパンを持ち少しずつだがかじり始めた、すると黙っていたケンジが口を開いた。

「アマドさん、この近くに病院ってあるんですか?」

信二が思わずケンジを見るとアマドが腕を組んで答えた。

「病院は無いが、近くに薬局ならある」

「ならその薬局にその薬はありますかね?」

「う~~ん」

腕を組んだままアマドが唸るとトウカが答えた。

「ドラックストアでも喘息の薬はあるみたいだからあるんじゃない?」

「同じ薬は無くても似たような薬はあるだろ、それに確か駅前にドラッグストアあったよな?」

信二は言いながらケンジを見たが目の前のトウカが答えた。

「そうですよね、薬局じゃなくてもドラッグストアで十二分ですよね」

「あぁ、そうだね」

ケンジに言ったつもりが目の前のトウカが反応したのでびっくりして変な反応をしてしまった。

「なら日が落ちる前に早くいきましょう」

トウカが立ち上がりそうな勢いで言うとアマドが言った。

「まぁ、落ち着いてくれ、トウカちゃん」

言いながらアマドが信二を見た。

「池田くん、キャシーさんのリュックの中にお薬手帳ってなかった?」

信二より先にトウカが聞いた。

「お薬手帳?なんです?それ?」

聞かれたアマドは少し苦笑いをしながら答えた。

「トウカちゃんは若いからあまり病院にいかないからわからないかも知れないが、薬局でもらえるんだよ、今までどんな薬を貰ったかわかるようにね」

「そうなんですか・・・・」

信二はキャシーのリュックの中身を出したままになっている背後のテーブルを振り返って探してみると確かに薄いノートのようなものがあったので手を伸ばして掴み目の前に持って来ると『お薬手帳』と書かれていた。

「これか」

ページをめくると確かに錠剤の写真と説明らしき英語と日本語で書かれた文章の紙がノートに貼られているのを確認して言った。

「確かにこれが『お薬手帳』だ」

信二は目の前のテーブルにお薬手帳を置くとトウカが取って中のページをペラペラと見始めるとケンジが言った。

「でも、外にゾンビがウロウロしているだろ、その手帳があれば服用している錠剤が分かって薬局に行けば俺達でもその薬を発見できるものなのか?できないなら最初からドラッグストアに行ったほうが良いかもしれないがドラッグストアはな~」

ため息をついて頭を抱えてしまった、確かに駅前のドラッグストアまでの距離は二キロも無いが外に居る精神病患者を避けながら無事に行って帰って来る自信は無い。

「まってくれ、私に考えがある、その手帳を貸してくれ」

アマドが立ち上がりトウカが持っていたお薬手帳をアマドに渡すとアマドは手帳の中身を確かめてズボンのポケットから携帯電話を取り出しボタンを数回押して耳に当てたが相手が出ないのか電話を切ってもう一度掛けなおした。

ケンジやトウカはアマドが何処に電話をしているのをジッと見ていたが、信二はトウカの隣で下を向きながら黙ってパンをかじっているキャシーを見た。

(ドラマや漫画だと親が死んだ時は子供は泣き叫んでしまうがキャシーはしっかりしているようだ、そういえば俺の両親は大丈夫だろうか?)

信二もスマホを取り出して電源を入れようとした。

「もしもしアダチさん、ルブランのアマドです」

どうやら繋がったようだ。

「お伺いしたいことがあるんですが・・・、えぇ・・・、はい・・・・、わかってます、わかってますがこちらも緊急事態でして・・・はい、そこを何とか・・・」

その後も電話越しに会話が続きアマドは『お薬手帳』に書いてある薬の名前を伝えた、するとまたアマドが携帯電話を耳に当てたままだまるのが一分くらい続いた。

「本当ですか?・・・わかりました、ありがとうございます、用意しておいてください、お願いします、はい、ありがとうございます」

喜んで笑みを浮かべながらアマドが電話を切ると目の前のケンジが聞いた。

「薬あったんですか?」

「あぁ、その薬とまったく同じものは用意できないが似たような薬は用意できるといっていたよ」

言いながらアマドは携帯電話をテーブルの上に置いて持っていた手の平を自分の服で拭った、どうやら少し緊張していたようだが、トウカが前に乗り出して聞いた。

「アダチって聞こえましたけど、アダチ薬局ですか?」

「はい、今アダチ薬局に電話して薬があるか確認してもらって、いつ取りに行ってもいい様に準備してもらった所ですよ」

アマドがいいながら立ち上がり店内の片隅に追いやられていたマガジンラックから何かパンフレットのようなものを持って戻ってくると信二の前のテーブルにパンフレットを置きアマドは自分の座っていた椅子を持って信二の隣に来た、ケンジも同じように椅子を持ってトウカの隣に移動した。

アマドはパンフレットを開いて何かを探した。

「あった、ここだ、ここ」

言いながらパンフレットの手書きの地図を指で示したので信二がその指の先を見た。

「アダチ薬局」

ケンジが先に読み上げた、アダチ薬局は駅前の大通り沿いでこの喫茶店があるのと同じ通りだ。

「アダチ薬局ってここか・・・・、ならここは何処だ?」

信二はテーブルの端のメニュー表にルブランとカタカナで書いてあったのでその店名を探した。

「ここですよ、ここ」

トウカが地図を指差した場所にルブランがあった、アダチ薬局との距離はパンフレット上では十二センチ位しかないが実際は違うだろうなとため息をつくとケンジが尋ねた。

「この手書きの地図だと良くわからないが、実際どのくらいの距離なんだ?」

「えっとですね・・・」

言いながらアマドは顎の下に生えてきた無精ひげをカリカリとかきながら考え始めたのでトウカを見ると言いずらそうに答えた。

「結構あるかも知れませんね・・・・」

「マジかよ」

思わず呟いてしまうとアマドが言った。

「確か二キロも無かったと思うが・・・」

信二は立ち上がり窓から外の様子を覗いたが、大通りにはパッと見て二十人以上の精神病患者が獲物を求めてうろついているのが見えた。

「どうだ?」

背後からケンジの声が聞こえた。

「どうだ?っていわれてもな・・・、難しいだろうな」

言いながら信二は椅子に座ってアマドに言った。

「キャシーの喘息ってのは安静にしていたら大丈夫ってものじゃないんですかね?」

「すまないがわからないよ」

アマドが返事をしたのでトウカを見たが信二が見たことに気が付くと判らないといった感じで顔を傾けた。

「さっき電話で聞いておけばよかったな」

ケンジが言いながらアマドを見るとアマドは先ほどしまった携帯電話を取り出して掛けなおした。

「・・・・・・」

その様子を黙ってみていたが繋がらないようで携帯電話をテーブルの上に置いた。

「つながり難くなっているようで繋がらなかったよ」

「また少し時間を開けて掛けてみてください」

トウカが言うとアマドが頷いた、キャシーを見ると皿の上にあったパンとサラダを食べ終えて牛乳を飲んでいた。

信二が見ていることに気が付いた様でコップを置いた。

「なんですか?あなた達、誰ですか?」

「そういえば説明してなかったな」

ケンジが言ってキャシーにそれぞれ名前を教えた。

「あなたがトウカさん、田中さん、アマドさん、それにあなたが池田さん」

「そうそう、あってるあってる」

トウカがうれしそうに言ってキャシーを見るとキャシーもトウカを見て微笑んだ。

「それで話を戻すけど、キャシー、薬は必要?」

キャシーが信二を見て深く頷いたので続けた。

「薬、ノー、どうなる?」

信二の言葉を聞いた瞬間にキャシーは笑い始めた。

(おれ、キャシーなんか苦手だ)

目の前で二人の様子を見ていたトウカも笑って続けて言った。

「池田さん、そんな顔しないでくださいよ」

(俺はどんな顔をしているのだろうか、まぁいい)

笑っていたキャシーが口を開いた。

「クスリは毎日、予防の為に飲む、クスリ無いと病気が悪くなる、発作起きたら吸入器のクスリ必ず必要でクスリがなくなってマムと一緒に出かけた、そして・・・」

そこまで言うと笑っていたキャシーは母親が死んだことを思い出したのか顔から表情が消えて下を向いてしまった、隣に居るトウカが小声でキャシーに話しかけ始めたので信二はケンジとアマドを見るとケンジが困ったような顔をして呟いた。

「クスリは必要みたいだな・・・・」

誰も何も言わないで下を見た、誰だってわかるがこの状況で外に出れば精神病患者の仲間入りはほぼ決定だからな。

時計を見るとまだ十四時にもなっていなかった、誰も何も言わないので取り合えず場を収めるために信二が口を開いた。

「とりあえずアマドさんに薬局のほうに電話を掛けてもらってクスリが本当に必要か確かめてもらうことにしてその間は休みませんか?」

アマドとケンジを見るとアマドが頷きながら言った。

「そうですね、今はその方がよさそうですね」

「あぁ」

二人の返事を聞いてキャシーを慰めているトウカを見るとケンジが話しかけて今言ったことを伝えていた。

(これで少し休めるな)

信二は少し疲れたので眠ろうと背もたれに体重を預けて腕を組んで目を閉じた。


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