第2話 日常の崩壊

何か外から騒音が聞こえて信二は目を覚ました。

顔を上げると口からよだれが垂れそうになり慌てて手で拭ってから周りを見るといつもとかわらない部屋の様子だった、カーテンを閉めている窓の向こうから道路工事の騒音とは違う音が聞こえきた。

もう一度目を閉じてため息を着くと頭が寝すぎたのかボーっとしていまい、信二は部屋の壁掛け時計を見ると午後三時半近くを指していた。

帰ってきたのか確か九時前であったから六時間くらい寝ていたことになるのか・・・、朝起きたことはもしかして嘘なんじゃないかと思えてきた、とりあえずこのうるさい騒音の原因を探ろうと思い両手を突いて立ち上がると右手の手の平に鈍い痛みが走りすぐに手を引っ込めて痛みのした左手の平を見た。

「やっぱり夢じゃないのね・・・・」

独り言をいい左手の平に貼られた絆創膏を見ると血が滲んでいたが固まっているようで赤黒くなっていた、思わずため息をついてしまったが左手の手の平を触れさせないようにゆっくりと立ち上がりカーテンのしまっている窓に近づいて隙間に手を入れてソッと外の様子を見る一瞬戸惑ったが信二はすぐに理解した。

「すげぇ」

騒音の原因は道路工事ではなく、街中の空を自衛隊のヘリコプターが六機くらいが編隊を組みながら飛んでいくのが見えた。

「この近くに自衛隊の基地なんてあったかな?」

窓がしっかり閉まっていることを確認して信二は万年床に戻りパソコンを立ち上げた。

そういえば田中健次郎とゲームをする約束だったが今朝のことを早く誰かに話したいのでスマホを探したがスーツを脱いだ時にポケットの中に入れたままなので立ち上がり玄関に向かって汚れたままになっているスーツのズボンから取り出すと着信が三件とメールが五件来ていた。

冷蔵庫から麦茶のポットを取り出して万年床に移動して腰を下ろしてコップに残っていた麦茶を飲みながらスマホの着信を見た、一件は会社で二件は両親からの電話だった。

会社に電話をかけ直して誰かが出るのを待ったが、誰も電話に出ないなら良いかと思い両親に電話を掛けたがこちらも出なかった。

「どうなってるんだ?まったく」

会社にはまた後で連絡をするとして両親からの連絡はメールで『何かあったの?』と打って返信して溜まっているメールを見ると一件は健次郎からで一件は密林通販からのメールでもう一件が見たことの無い緊急速報メールと書いてあった。

信二はその緊急速報と書かれたメールを開くと災害・避難情報と書かれていた、何事かと思いメールを開くと内容は『国外で流行していた外攻撃性感染型精神錯乱病が現在都内で多発し感染者を一気に増やしています、ただいま対応を国と厚生労働省さらに各行政機関、自治体と連絡を取り収束に勤めます、市民の皆さんは出来るだけ外出を控え他人との接触を避けてください』と書かれていて更に下にも何か書かれているようなのでページをスワイプしようとすると田中健次郎から電話がかかってきたのでとりあえず出た。

「もしもし、池田ですが」

『信二、ケンジだけど朝大きな電車の事故があったろ、お前は大丈夫だったのか?お前が使う時間帯の電車だろ?」

信二は布団に寝転んで会話を続けた。

「後十秒遅かったらもうこの世にはいないでお前とこうして会話することはできなかったな」

「マジで!?」

「マジだよマジ、電車に乗って会社に向かってたらいきなり目の前のサラリーマンが他の乗客に噛み付きやがって一人は首を噛まれて血を噴出して、もう一人のOLは顔を食べられて骨が見えてたんだぜ、信じられるか?」

ケンジは返事をしないが信二は続けた。

「そいつに襲われたけど何とか駅のホームに出て駅員に助けを求めていたら次に駅のホームに入ってきた電車から噛み付いたおっさんと同じような頭のおかしい乗客が一斉にホームにいた乗客に襲い襲い掛かってきてやばかったよ」

すると電話の向こうでケンジの声が聞こえた。

『おい、それって今テレビでやってる外攻撃性感染型精神錯乱病とか言うやつじゃないのか?テレビつけてみろ!』

「テレビ?」

言われた信二は寝転がりながらリモコンでテレビをつけると、そこでは信二が見たような正気を失っている人々が次々に周りの人に襲い掛かる映像が流れていた。

「そうだ、そうだ、こんな感じだった、こんな大事になってるとはな・・・」

『お前は噛まれたりしてないのか?傷つけられるとヤバイらしいぞ!?』

信二はガラスの破片が刺さって血が出た左手を見た。

(これはどうなんだ?)

少し悩んだが正直に答えた。

「いや、その何とか症候群の奴等に追われて逃げたときにガラスの破片が手の平に刺さったんだが・・・・」

『別に噛まれたりした訳じゃないんだろ?』

「あぁ、噛まれたりはしていないよ」

『なら大丈夫みたいだな、病気の奴に噛まれると唾液から感染してヤバイらしい、信二、お前も動きたくないだろうから何か食い物を買って持っていこうか?飲み物とかあるか?」

言われた信二は家に食料や飲み物があったか考えたが、お菓子と冷凍したパンがあるだけで明日までは持つがもうちょっと身体に良いものが食べたくなってきた。

「こんな目に合うなんて考えもしなかったからな、何も準備してないから食料を買って来てくれればありがたいが、ケンジの方は大丈夫なのか?」

ケンジは良い奴だがこの外出を控えろと国から言われている最中なので思わず聞くと少し間が合って答えた。

『いやな、俺もなんか会社でテレビを見てて会社の人の反応とか見てたらなんか不安になっちゃってな、それなら・・・』

「それなら俺とゲームでもしながら篭っていた方が一人でいるより良いと?」

『・・・・まぁ、そうだな』

信二はため息をついてから言った。

「だったら酒とお菓子と消毒薬も買ってきてくれ、何時くらいに来られそうだ?」

言いながら部屋の壁に掛けてある時計を見た。

『今日は五時に残業なしで帰れるからその後家に帰って着替えを持ってからお前の家に向かうから六時半って所かな』

「わかった、待ってるから早く来いよ」

『OK、OK、それじゃあな』

そういって電話が切れたので信二はスマホを机の上に置いてまた万年床に寝転がった。

(なんか大事件が起こっているようだな、病院に行こうかと思ったがやめたほうがよさそうだ)

テレビを点けようと一瞬思ったが信二はテーブルの上のコップに入った麦茶を一口飲んでから外のヘリの音がうるさいので布団を被って音を遮るようにしてケンジが来るまで眠ろうとした。



チャイムが部屋中に響き目覚めるとテーブルの上でスマホも鳴っていた。

頭が回らないまま信二はボーっとしながらスマホを取るとケンジから電話が着ていたので出た。

「なんだ?」

『今、部屋の前だ、開けてくれ』

その言葉と共にチャイムが再度鳴り、部屋に響いたのでゆっくりと立ち上がり信二は玄関に向かい鍵を開けた。

「よう、信二、食料たくさん買ってきたぞ!」

「おう、サンキューな、後で金払うから金額教えてくれ」

言いながら場所を退くとケンジはいつものように玄関の鍵を閉めて入ってくると玄関に置いてあったホコリを被って白くなったスーツを見たケンジが驚いた。

「おい、これどうしたんだ!?真っ白じゃないか!?」

「あぁ、言ってなかったかな、ホームに入ってきた電車が脱線して砂埃に巻き込まれたんだよ、まったく死ぬところだったて」

返事をしながら信二は部屋の中の万年床になっている布団をたたみ押入れに突っ込んで座る場所を作るとケンジを座らせた、ケンジはお菓子と弁当とカップラーメンと菓子パン、それにPS4のコントローラーを取り出したので信二は菓子パンを一つ食べてからゲームを始め、酒を飲みながらだらだらとゲームを続けた。

翌日、目が覚めると頭が痛い、ケンジも同じように酒の飲みすぎで青い顔をしてうなっていた、信二は立ち上がって水を飲もうとしたが吐き気がして来て思わずトイレに駆け込んで胃の中を空にしようと指を喉に突っ込んで無理やり吐き出すと胃から出てきたのはほぼ水の黄色い液体が一気に出てきた。

胃液ですっぱくなった口を水で濯いでから腹がいっぱいになるまで水を飲み込んで酔いを覚まそうとしたが胃がタップタプになりまた吐きそうになり急いでトイレに駆け込んで吐いた。

吐いたので胃の気持ち悪さは無くなってきたがまだ頭がガンガンと痛むが部屋に戻って眠っているケンジを見てからテーブルを見ると昨日の夜から酒を飲んでゲームしてお菓子を食ってゲームしてを繰り返していたので空いているビールの缶や日本酒、開いているポテトチップスの袋やチーズやチョコレートなどが放置されていて信二とケンジのそれぞれのコップには何が入っているかわからないが中途半端に液体が入っていた。

「ふっ」

ため息をつきそうになったが息を吐いたと同時に吐きそうになりそうなので思わず強引にため息を止めて鼻から息を吐き出した。

テレビも切ってあるし部屋の蛍光灯も切ってるが部屋が明るかった。

(もう朝か・・・、大分明るいな・・・、朝!!)

背中がぞくっとして部屋の時計を見ると時間は八時半を過ぎていて就業を過ぎていた、休むつもりだったが休むことを伝える電話をしていないので慌ててスマホを取り会社に電話を掛けた。

『・・・・・・』

呼び出し音は聞こえるのだが誰も電話に出ない、信二は一度電話を切りスマホの時計を見た。

〔8時36分〕

と表示されていて部屋の壁の時計を見たが大体同じ時間だ、信二はもう一度会社に電話を掛けたが誰も電話に出なかった。

「どうなってるんだ?」

信二は会社ではなく課長の携帯に電話を掛けるとすぐに繋がった。

『はい、稲垣ですが、池田くんどうしたんだね?』

「池田ですがお疲れ様です、課長、今日も体調が優れないので休ませて貰おうと思い会社に電話したのですが・・・・」

『あぁ、そうだ、君には伝えていなかったな、今日会社は臨時で休みになったんだよ、例の病気のせいで公共交通機関がすべて止まってしまているし、外を出歩くのも危険だからね、会社の仕事中にあんな変になる病気にかかられたら会社としてどれくらいの保険を払うかとか、こんな時に働かせるのかと非難されると上の人たちが考えてたんだろうな』

「はぁ、そうなんですか・・・・」

『とりあえず今日は休みになるから君も昨日何か事故に巻き込まれたそうだが大丈夫なのか?』

信二は部屋の中で寝ているケンジを見てから答えた。

「電車の脱線事故に巻き込まれそうになりまして、何とか逃げたのですが、まだちょっと身体の節々が痛む感じですかね・・・・」

『そうか、まぁ、この調子だと明日も休みになりそうだから君は明日も休んでしっかり身体を直してから来なさい』

「わかりました」

『では失礼するよ』

「はい、お疲れ様です」

課長が電話を切ったのを確認してから電話を切り信二はまだ寝ているケンジに向かって言った。

「おい、ケンジ、会社はいいのか?おい!」

呼びかけると頭を左右に振ったが寝ぼけているのか起きようとしなかったので信二は近づいてしゃがみ寝ているケンジの肩を叩いた。

「おい、もう8時半を過ぎてるぞ、会社に連絡しなくてもいいのか?おい!?」

うるさそうに目を半開きで信二を見た。

「まだ、寝かせてくれ・・・」

「会社に行かなくていいのか?おい!!」

大声を出すと嫌々といった感じで起き上がったので信二は持っているスマホの時計を見せ付けた。

「あ~っ、くそっ」

ケンジはやっちまったという顔をしてため息をつきながら周りを見渡してテーブルに置いてあった自分のスマホを取り電話を掛けながら軽く咳払いをしてからスマホを耳に当てた。

「すいません、生産管理の田中ですが、生産管理課の岩崎課長お願いします」

「はい、すいません、ちょっと体調が悪くて・・・・」

「すいません、はい」

「はい、すいません」

「わかりました、失礼します」

信二が黙って様子を見ていると電話が終わったケンジがため息を付いて信二を見た。

「怒られたよ、まったく、休みになったがもう会社辞めようかな」

「そんな事言うなよ、まぁ、休みになったんなら今日一日は楽しもうぜ」

信二は言いながら自分が眠っていた場所に座りコップに残っている何かわからない液体を一口飲むと残っていたのは炭酸の抜けてアルコール入りの甘い水になったチューハイだった。

「まずいな」

いうとケンジも目の前にあるコップの液体を飲んだ。

「おいしくないな」

「ちょっと貸してくれ、捨ててくる」

立ち上がりながらケンジからコップを受け取り自分のコップを持って洗面台に行き中身を捨ててから洗って冷蔵庫の中のケンジが買ってきた緑茶の2リットルのペットボトルを持ってケンジの所に戻りテーブルの上のお菓子を食べながらゲームをしたり映画を見たりしてだらだらと酒を飲んですごした。


夜になりゲームに疲れた二人は映画借りてきたアメリカのアクション映画を見ながらカレー味のカップラーメンビックをすすっていた。

『キャー』

外から女性の甲高い叫び声が聞こえ、ケンジがカップラーメンを食べる箸を止めて信二を見た。

「今の悲鳴じゃない?」

「たぶん悲鳴だろうな・・・」

言ってから麺を汁が飛ばないようにすすった。

「おい、どうする?助けに行くか?」

ケンジが真面目な顔をして聞いてきたので信二は箸を置いてケンジを見た。

「助けに行くわけないだろ」

「どうして?」

「どうして?って、それは助けに行って厄介ごとに巻き込まれたくないからな、それに昨日俺は変な奴に襲われたんだよ、何とか精神病とかいうニュースでやっている奴だと思うんだがな、もしそうだったら助けに行ったこっちがヤバイ状況になるぞ、俺はもうあんなやつらには関りたくないんだ、お前は助けに行くのか?」

信二が尋ねるとカップラーメンを手に持ちながらケンジは頭を左右に振った。

「俺だって行かないさ、他人の為に自分を犠牲にするなんて嫌だよ、若くてきれいな女子だったらよろこんで助けに行くがそれ以外はノーサンキュー」

言ってからカップラーメンの汁を飲んだ。

『助けてーーー!!いや、こっちにこないで!!』

先ほどの女性だろうか、また叫び声が聞こえた、その悲鳴は先ほどよりも必死な感じがした、信二はケンジを見るとケンジも信二を見ていて目が合ってしまい、行ったほうが良いんじゃないかと訴えかけてきた、信二も助けに行ったほうがいいかも知れないと思ったので聞いた。

「どうする?」

「どうするったってな・・・」

お互いにあまり行きたくないのでどうするか迷って口を開かない。

「大丈夫ですか!?」

男性の声が聞こえた、声の方向からして信二のアパートに住んでいる男性のようだ、その声を聞いたケンジが言った。

「まぁ、いっか、誰か助けに行ったみたいだしな」

「そうだな、ゲームでもするか?」

信二は言いながらプレステの電源を入れた。

「あれやろうぜ、あれ、桃鉄、お前たしか持ってたろ?」

「あぁ、持ってるけどプレステ2だぞ」

今信二が電源を入れたのはプレステ4でプレステ2はその隣のプレステ3の隣だ。

「わかってるさ、あれならそんな疲れないし長く楽しめる」

「まぁ、良いけど」

ケンジがカップラーメンの汁を飲み干して言うので信二は言われた通りプレステ2をセットして桃鉄を始めた。


次の日の明け方、スマホの目覚ましが鳴り目を覚ますと信二とケンジは畳に倒れるように寝転んで寝ていた。

昨日の桃鉄の勝者はNPCのコンピューターで二人ともアホらしくなりそのまま倒れるように眠ってしまった。

ため息が出てしまう、課長は今日も休みみたいなことを言っていたが連絡がないので会社があるのだろう、二日間休んだのだからさすがに仕事が溜まっているので会社に行かなければいけないだろうが行きたくない、だがいつものように生活をするためだ、ほしい物を買うためには金を稼がなければならないと自分に言い聞かせて起き上がった。

信二はまだ寝ているケンジを見た。

「おい、起きろ、ケンジ」

うなり声をあげながらケンジは起き上がって目を擦った。

「今何時?」

スマホを見ると6時2分と表示されていた。

「6時だ」

「くっそー」

嫌々ケンジは立ち上がってキッチン兼洗面台に向かっていった、顔でも洗いに行ったのだろう、俺も洗いたい。

信二も立ち上がりケンジの後に続いてキッチンに向かった。

「おい、水が出ねーぞ」

「は?そんなはず無いだろ、寝ぼけて変な所を回してんじゃないのか?お前の家じゃないんだぞ?」

近づくとこちらを見ながらケンジが少し睨んで言った。

「お前もやってみろよ、水は出ねーぞ」

ケンジがキッチンの前からどいたので信二がキッチンに移動していつものように水を出すために蛇口をひねった、が水がでない。

「・・・・・でないだろ」

隣でケンジがあきれたように呟いた。

「あれ、何でだ?」

信二は更に蛇口をひねったが水は一行に出てこない。

「どうしたんだ?どういうこと?」

開けたり締めたりしているとケンジが疑うように言った。

「お前、水道料金未払いで止められたんじゃないのか?」

「いや、そんなこと無い、水道料金は口座からの引き落としになってるから、料金未払いなんて事はありえない、そんなことよりもケンジが元栓締めたんじゃないのか?」

言いながらしゃがみ込んでシンクの下の食器入れを開けて水道のパイプを見た。

「おい、そんなのいじらなくても風呂のシャワーが出なければ水の元が止まってるって判るだろ、そんな所いじると後でどっちに回せばいいかわからなくなるぞ」

「たしかに」

立ち上がり背後にある風呂の扉を開けてから電気をつけ浴槽の蛇口をひねったが水は出ない。

「あれ、でないな」

「断水なのか?」

ひねった蛇口を元に戻して風呂の扉を閉めて考えた。

「断水?おれ何も聞いてないぞ?」

「まぁ、仕方ないじゃないか、俺は一旦家に帰って身支度を整えるから信二も来るか?お前だってシャワー浴びたいだろ?」

ケンジは言いながらテーブルの上に置いてある自分のスマホを取りに向かうので信二も後に付いて行き言った。

「いや、いいよ、ウエットティッシュの汗拭き用みたいな奴で全身拭いてから会社に行くよ、それで歯と顔は会社で洗わせてもらうよ」

スマホをポケットに入れてケンジが振り返った。

「そうか?ならならいいがまた週末に続きやろうぜ!!今日の夜はPCでネット対戦しようぜ」

「わかった、準備できたらメールくれ、それと余ってる酒とお菓子持っていくか?」

信二が尋ねるとケンジが振り返って目くそを取ってゴミ箱の上で手を掃いながら言った。

「いや、今度来た時に飲むからそのまま取っておいてくれ、信二が飲みたいなら飲んでも良いけど」

「いや、一人では酒飲まないからとっておくわ、だけどお菓子は食べかもしれないがいいだろ?」

「まぁ、お菓子くらいはまた買ってきてもいいしな、じゃぁそろそろ行くわ、帰って会社に行く準備をしなきゃならないしな」

「会社遅れるなよ、じゃあな」

「おう」

返事をするとケンジは玄関に移動して鍵を開けて出て行ったので、信二はケンジがいなくなった部屋を見た。

机の上には飲みかけのアルコールが入ったコップと缶それに食べかけのお菓子が出ていた。

「片付けさせてから帰せばよかったな」

思わず独り言を呟いてからアルコールが入っているコップや缶をキッチンに持って行き次々に捨て手をつけていない缶は部屋の隅に集めた。

「菓子はもったいないけど捨てるか・・・」

信二は立ち上がり新しいゴミ袋をキッチンに取りに向かうとケンジが出て行った時に玄関のドアの鍵を閉めていないことを思い出してまず玄関のドアに鍵を掛けようとドアノブに手を伸ばした。

するとドアの反対側のアパートの廊下を誰かが移動してくる足音が聞こえたと思うとドアがいきなり開きケンジが飛び込んできて信二の手にぶつかった。

「痛っ!」

手を引っ込めてケンジを睨んだがケンジは素早く玄関のドアを閉め鍵を掛けた。

「おい、どういうつもりだ!」

抗議の意味も込めて睨みながら怒鳴るとケンジが振り返ってすぐに小さい声で信二を見て口に人差し指を当てた。

「おい、静かにしてくれ」

先ほど出て行った時とは違い小声で必死に言うのでおかしいとは思うが信二はケンジの言う通りに黙るとケンジがドアの覗き穴から必死に外の様子を伺ってると誰かが廊下を歩いて来た。

黙ってケンジがその様子を見ているので信二もその様子を見ていると廊下を歩いてきた人は何も言わずにただ信二の部屋の前を低いうなり声を上げながら行ったり来たりしていた。

様子がわからない信二はドアの外を覗いているケンジの肩を叩いて小声で言った。

「どうしたんだ?おい」

ケンジが今まで見たこと無い恐怖で泣きそうな顔で振り返ったので異常事態だということはわかった。

「見てみろよ」

小声で言うとケンジは覗き穴からどいたので信二が近づいて覗き穴を覗くとそこには血まみれの女性が立って信二の部屋の前を行ったり来たりしている。

「うぉ!」

驚いて声を発してしまうと廊下にいる女性が信二の声に反応してこちらを向くとドアに飛びついてきて思わず後ろにのけぞった。

女性は信二の部屋を叩きながら言葉にならない呻き声のような声を大声で叫び始めた。

「おい!!」

ケンジが言いながら素早くドアノブを開かないように掴み引っ張った。

「くそ、静かにしろと言ったろ!チェーンを掛けろ!チェーンを!」

言われて信二は焦りながらドアチェーンを掛けたが女性はまだ信二の部屋のドアに張り付いて叩いた。

信二もドアが開かないように抑えながらケンジを見た。

「どうする?」

「どうするって・・・、説得できるか?」

ケンジが言ったのを聞いて信二はドアの前の女性と電車で襲ってきた人たちと何か同じようなものを感じて答えた。

「いや、俺が電車で襲われた奴も同じような奴で全然説得なんて出来なかったからやめたほうがいい、それよりも何かでドアを開かないようにしたほうがいい、探してくるから抑えてくれ」

「わかった、早くしてくれ」

ケンジがしっかりとドアを抑えているのを見て信二はドアから離れ、素早く部屋に戻り中を見渡した。

(ドアは内開きだから、何かつっかえ棒のようなものがあればいいのだが・・・・)

焦りながら周りを見渡したがつっかえ棒になりそうなものは部屋の中には無い、信二は焦って押入れを開き中に何か使えるものが無いか確かめた。

その間にも女性が玄関のドアを叩く音が部屋中に響き、ドアを押さえる物を探す信二を焦らせたが見つからず信二は何も持たずに玄関に戻るとケンジが小さい声で聞いてきた。

「何か、あったか?」

「いや、使えそうなのは無い」

言いながらドアを支えるのに加わるとケンジが何かを指差した。

「その傘使えないのか?」

「傘?」

いつも傘を掛けている玄関横の窓枠の下に掛けてある傘を見た。

「それを玄関の一段高くなっている所の段差に掛けてつっかえ棒みたいにできないか?」

「やってみるが、期待するなよ」

「いいから早くやれ!」

ドアの向こうからは低い呻くような叫び声と共にドアが叩かれているのでケンジも焦っている、信二は素早く傘を一本掴んだが取っ手が丸くなっているのでつっかえ棒の様にしてもすぐに取れてしまいそうだが他に何も無いのでケンジの言う通りドアと玄関の靴脱ぎ場の段差に引っかかるように立掛けた。

だが、傘を持つ取っ手が丸まっているのでドアに引っかかっているようには見えずドアが開けば動きそうだ。

「やったか?」

ケンジが聞いてきたので信二は答えた。

「やったが、あまり意味なさそうだぞ」

「じゃぁ、全力でドアを押さえろ」

言われて信二もドアを抑えるのに加わった、それから三分ほどドアを押さえていたが低い呻き声とドアを叩く音は先ほどと変わらずに響いている。

(一体いつまでこうしてるんだ?)

口には出さずにケンジを見たが、ケンジも信二を見ていたのでたぶん同じ事を考えていたのだろう。

ため息をつきそうになるのを堪えてドアを押さえた。

「おい!!うるさいぞ!!静かにしろ!!」

何処からか男性の怒鳴り声が聞こえ、信二は背筋が凍った。

(そんな声を出したら・・・)

ドアが叩かれるのが止み、ドアを叩いていた女性がゆっくりと歩き出す気配がすると玄関のドアの隣の窓を通る人影が見えた。

ケンジと信二は気配を消すように微動だにせずに息を殺して周りの様子を伺っているとドアを叩くような音と共に低い呻き声が聞こえてきた。

「うるさいぞ!静かにしろ!」

男の怒鳴り声が聞こえるとドアの叩く音が更に大きくなった。

信二はケンジを見て小声で言った。

「おい、ヤバイんじゃないか、声の人?」

「だろうな・・・」

「どうする?」

信二の問いにケンジは考えているのか黙っているとまた男の怒鳴り声が聞こえた。

「ドアを叩くな!!今すぐ止めろ!!」

ドアを叩く音が更に激しくなった。

「いい加減にしろ!!」

ドアが開く音が聞こえた。

「警察に通報するぞ!!」

男の声が聞こえたと思うと男の野太い叫び声が聞こえた。

「何するんだ!止めろ!放せ!助けてくれ!!誰か!!助けてくれ!!」

何かが激しくぶつかるような音と暴れるような音が聞こえてきたので信二はケンジを見るとドアの隣の窓を開けて外の様子を伺おうとしていた。

その時、廊下の階段を誰かが昇ってくる音が聞こえ慌てて信二はケンジの服を引っ張り顔を振って開けるのをやめさせた。

階段を登ってきた人は早足の速度で悲鳴を上げている隣の部屋の男性に向かって行くのがガラス越しに見え、二人とも黙って様子を伺った。

「おい、見てないで助けてくれ!早く!!」

その言葉を最後に男性の泣き叫ぶ声がアパート中に響き渡った、信二は思わず玄関のドアから手を離して自分の耳を塞いだ。

肩を叩かれて隣を見るとケンジがドアから離れて部屋の中で手招きをしているので信二は音を出さないようにゆっくりと部屋の中に移動し、玄関と部屋を遮るドアを音を立てないようにゆっくりと閉めてからケンジを見て小声で言った。

「これからどうする?」

「・・・・どうするって、あれだよな、襲ってきた女はなんかゾンビっぽいよな」

「たしかにゾンビっぽいけど・・・・、とりあえずテレビをつけてみようぜ、何かやってるかもしれない」

信二は足音を立てないようにテーブルの上のリモコンを取ると背後からケンジが言った。

「音は小さくしろよ」

「わかってる」

言いながらテレビの電源をつけ音量を最小にした、テレビに映し出された光景は血まみれの人々が行き交う渋谷の交差点の映像が流れていた、人々のほとんどの人が血まみれで、走って逃げている男女数人のグループに気付くとそのグループを囲むように早足で殺到した。

いち早く気が付いた男性二人は持っていた鉄パイプのようなものを周りを囲もうとする人々に向けて振りまし、女性達を先に逃がすと女性達は近くのドアからビルの中に逃げ込んだ、残った男性二人はドアを守るように鉄パイプで近づく人たちの頭を殴り鉄パイプを振り回すたびに血が飛び散った。

頭を破壊されると動きが止まるようで頭を鉄パイプで割られた人はその場に倒れ動かなくなっていくが次々に人が押し寄せてくるためだんだんと追い詰められると男性の一人がもう一人の肩を叩き扉の中に逃げるように促すと頷くのが見えた、頷いた男性がドアを開け中に入ろうとした瞬間に中からも大勢の人があふれ出てきて鉄パイプを振り回していた男性二人は一瞬で人並みの飲み込まれた。

「おい、どうしてこんな映像がテレビで流れてるんだ?」

「わからん」

ケンジに聞かれたがうまく答えられずにテレビを見ていると画面が切り替わり男性のアナウンサーが乱れた髪型とスーツ姿で手に持っている原稿を読み始めたので音量を少しずつ上げてテレビの音が出る場所に耳を寄せた。

「現在、このように国外で流行していた外攻撃性感染型精神錯乱病が国内で脅威を振るっています、この病気に掛かると今の映像のように周りにいる正常な人に襲い掛かるようになります、この病気は空気感染は今のところ確認されていませんが感染者に引っかかれたり噛み付かれたりすることにより感染すると思われ、現在治療法は確保されておりませんので不要な外出を避け感染者との接触を避けてください、日本政府は現在対策会議を開きこの病気の治療法を検討しておりますが、今のところ政府からの発表は『もし、命の危険が生じた場合には頭部を破壊すれば活動を停止しますが、この方法は精神病の患者を殺す事になりますので最終の手段としてください」

男性アナウンサーが言い終えると画面が切り替わった、鉄パイプを持った顔にモザイクの掛かった男性と同じように顔にモザイクの掛かった高校生の様な学生服をきた人が椅子に紐のようなものでグルグル巻きに縛られて暴れていると鉄パイプを持った男性が鉄パイプを地面に何回も打ち付けて音を鳴らすと椅子に縛り付けている男子学生が鉄パイプを持った男性のほうを向いて暴れだした、映像も学生の顔のアップになると口元のモザイクが取れ口から血が混ざったよだれを垂れ流して糸を引き服を汚していた。

鉄パイプを持った男性がさらに鉄パイプを地面に打ちつけながら男子学生に近づくと男子学生は椅子から立ち上がろうともがき椅子がガタガタと揺れたが鉄パイプを持った男性は学生の近くまで行くと鉄パイプを野球のバットのように構え野球の球を打つようにスイングをして男子学生の頭を打ち頭から赤い血が飛び散るのがモザイクが掛かっていてもわかった、暴れていた男子学生は動かなくなってしまったが鉄パイプを持った男性が男子学生を鉄パイプでもう一度殴りつけるとそこで先ほどの男性アナウンサーの場面に切り替わった。

「おい、これって・・・・」

ケンジの呟く声が聞こえ信二が隣を見て言った。

「椅子に縛られた男は死んだみたいだな」

「あぁ、まるでゾンビゲームだ」

ケンジが呟いた、確かに信二も同じように感じた。

「なぁ、信二、お前登山が趣味なんだからピッケル持ってたよな」

「持ってるが何をするんだ?」

信二が聞くとケンジが続けた。

「試してみようぜ、そのテレビが言っていた事が本当か」

「本気か?」

半信半疑で聞くとケンジは先ほどまで恐怖で怯えていた顔を歪ませてニヤリと笑った。

「もちろん本気さ、ここにいても警察か自衛隊が助けに来てくれるかわからないし、ここから逃げ出す時に玄関を開けて女がいるから倒さなければならないだろ?」

「それはそうかもしれないが、窓から逃げればいいじゃないか?ここは二階出し飛び降りて走ればあいつらにも追いつかれないだろうし・・・」

するとケンジが信二を見てはっきり言った。

「なぁ、信二、これはチャンスかもしれないんだぜ?俺やお前はたいしたこと無い大学を出て会社に入って死ぬまで会社に行って働かなきゃならないんだぜ?俺はもうごめんだね、俺はこのチャンスを逃さないで物にして見せる、信二はやりたくないのならピッケルだけ貸してくれ、つるはしみたいなものだからあれなら頭に突き刺して破壊することが出来るだろ?」

そういうと手を差し出してきたので信二はもう一度ケンジの顔を見るとケンジが言った。

「お前が出さないなら勝手に探させてもらうぞ」

ケンジがいって部屋の押入れに向かい開けて中を探し始めた。

(しかたがない)

信二はケンジの隣に移動してしゃがみこみ押入れの奥の登山道具と書かれたダンボール箱を音を立てないようにゆっくりと取り出して中からピッケルを取り出したが登山用のものなので全長が一メートルもなかったが、今使っている物と前に使っていたものの二本出てきたので新しいものをケンジに渡し古い方を信二が持って立ち上がった。

「お前は必要ないだろ?」

「いや、廊下にいるのはおっさんを襲った二人だろ、ケンジ一人に任せるわけには行かないだろ」

いってケンジを見るとケンジは笑った。

「お前なら俺を一人で行かせないと思っていたよ」

「最初から巻き込むつもりかよ」

思わず信二も釣られて笑ってしまうとケンジが信二の肩を叩いた。

「作戦は考えてあるんだ、まず俺が窓から外の道路に飛び降りてからアパートの階段まで移動してあいつ等にワザと発見されておびき寄せるから奴等が階段を降りようとしたところを背後から突き飛ばしてくれ」

「おい、おい、その作戦最初から二人必要だろ、それに下手に騒ぐと廊下にいる精神病の奴等以外もおびき寄せるかもしれないぞ?」

するとケンジはすこし考え込んで言った。

「大丈夫じゃないか?さっき隣の人が大声出した時に誰も寄って来なかったんだし、それにもし人が寄ってきたら俺はお前に知らせて別の場所に逃げるから助けに来るなよ、逃げ切ったらスマホで連絡するから」

ケンジは言いながら窓辺に移動し窓の外の様子を見たので信二も足音を立てないようにゆっくりと移動し外の様子を見た。

道路に血だらけの場所があるのは見えたが、通りに人影は無かった。

「俺は行くから合図したら玄関から出て一気に階段から突き落としてくれ」

「・・・わかったよ、危なかったらすぐに逃げろよ?」

「お前も気をつけろ」

言うとケンジはゆっくりと玄関い移動して自分の靴を持って来てカーテンを開き窓を開けて身を乗り出して下の道路を確認して音を立てないように窓の枠の部分にぶら下がるようにして道路に降りると二階にいる信二を見上げて手で玄関に向かうように合図を送ってきたので信二は頷いて玄関に向かった。

玄関に向かい素足に靴を履きドアに耳を当てて廊下の音に耳を済ますと低いうなり声のような声が聞こえてケンジが呟いた「まるでゾンビゲームだ」と言っていたことを思い出した、たしかにゾンビゲームでゾンビが呻いているような声が聞こえる。

そんな事を思っていると階段からガンガンと何かを打ち付ける音と声が聞こえた。

「おい!こっちだ!こっち!」

更にガンガンと何かを打ち付ける音が聞こえた、たぶんピッケルで階段の手すりを打ち付けているのだろう。

一瞬廊下の呻き声が聞こえなくなったがすぐに何かが動き出す服の擦れ合う音が聞こえ、信二は手に持っているピッケルを握りなおしたが、自分でも気が付かない間に手に大量の汗をかいて握っている場所がヌルヌルしたので信二は慌てて自分の着ている服で手を拭ってから柄を拭っていると扉の前を隣の部屋の男性を襲った人が一人移動していく音が聞こえ身を凍らせた。

(一人通過)

ガンガンなっていた音は聞こえなくなっていた、ドアの向こうでもう一人が階段に向けて歩いていく気配がしてドア横の窓から外を見ると部屋の前を通り過ぎる人影が見え信二は深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がりピッケルを持つ手に力を込めた。

「信二!!今だ!!」

声が聞こえた瞬間に息もせずに鍵を開けドアを蹴破るように飛び出した、階段を見ると最後に部屋の前を通ったらしい女性が階段の手前に立っていてゆっくりと信二の方に振り返ると女性の首元が食いちぎられて肉が見え着ているスーツの前はすべてが血まみれになって所々が破れていた。

一瞬その姿にビビッてしまい足を止めそうになったがOLがこちらに向かって歩き始めようとしたので信二は走って近づきOLの腹を思いっきり蹴飛ばした。

OLの身体が一瞬中に浮きそのまま背後に倒れ階段から転がり落ち、階段を降りきろうとしていたもう一人の精神病の人にぶつかり階段の下で重なるように倒れた。

これで死んだんじゃないかと思い重なり倒れている二人を見ていると近くで様子を見ていたケンジが現れOLの頭に向かってピッケルを振りかざすと聞いただけで嫌な気分になるような音と共にピッケルの尖っている先が頭に突き刺さりOLの身体が電気を流されたカエルのようにビクンビクンしているように見えたがケンジは気にせずにOLの頭に足を掛けてピッケルを抜くと中から白と赤色が交じったようなものが溢れ出た。

ケンジは素早くピッケルをOLの下敷きになっている人の頭に突き刺してため息を付いてこちらを見たが表情が固まるのが見え、信二が背後を振り返るのと同時に声が聞こえた。

「後ろ!!」

目の前に信二に掴みかかろうと両手を伸ばしている血まみれのおっさんが見え、右手に持っていたピッケルで横顔を狙いピッケルを突き刺すとピッケルの先が頭に突き刺さるのと同時に身体を壁に打ち付けてそのまま倒れこんでしまった、恐怖で信二は慌てて階段を駆け下りた。

「信二!大丈夫か!?噛まれたか?」

「大丈夫で噛まれてないけど・・・・」

自分の手の見ると自分でも驚くくらい手が震えているので手を閉じ握りこぶしを作って力を入れて震えを抑えて足元で倒れて重なっている二人を見た。

「こいつら死んだのか?」

「たぶんな、上で倒したのがお前の隣人か?」

「ゴミ出しですれ違って挨拶したことはあるがあんな男だったような気がする」

「ゾンビになるの早いな・・・、それとこいつらどうする?」

ケンジが聞いてきたので信二は周りを見渡して言った。

「とりあえず階段にあると邪魔だし道路に出して置こう」

ケンジは死体をピッケルで突き死んでいることを確認しながら言った。

「その前に俺達も靴を履こう、足を石で切って感染したなんて洒落にならないしな」

言うと死体を飛び越えて階段を上がって行き、信二も死体を飛び越えて階段を上がり先にいるケンジに尋ねた。

「そいつ死んでいるか?」

信二の声を聞いたケンジはピッケルの先で男性の頭部に突き刺してすぐに振り返って信二を見た。

「これで安全だ」

そういってピッケルを頭部から抜きながら更に言った。

「ケンジもピッケルを回収しておいたほうがいい、何があるかわからないからな」

信二も階段を登って自分がピッケルで突き刺したおっさんを見ると頭から血を流し左目が飛び出して左目のあった所から血まみれのピッケルの尖っている先が少し見え、吐き気がしてくるが堪えてピッケルを抜こうとすると飛び出して垂れている目玉が左右に揺れたが我慢してピッケルを抜き取るとまた動き出しそうなので素早く自分の部屋に駆け込んだ。


ピッケルを抜いた時にズボンについた血を水で洗い流したいが出ないのでタオルで拭き、死体を道路の隅に移動させて部屋の中に戻って床に座り込んで信二は言った。

「これからどうするんだ?」

ケンジは少し考えて言った。

「まずは水と食料の確保をしたほうが良いな、信二、ラジオを持っているか?」

頭を左右に振った。

「持ってない」

「ならラジオと電池の確保をしたほうが良いな、それに装備も整えたほうが良い」

「装備?何の装備を整えるんだ?」

思わず信二が聞き返すとケンジがニヤリと笑った。

「それはこれから俺と信二はこの町でサバイバルして生きていくんだ、あのゾンビみたいな奴等から身を守るすべと倒す道具が必要になるだろ?」

信二はため息を付いて下を見た。

「不満なのか?信二?」

ケンジが咎めるようにいうので信二は言った。

「食料やラジオを買いに行くのは賛成だし、あの精神病の奴等から身を守るための道具が必要な事も認めるが、ゲームじゃないんだから、むやみに人は殺さないほうがいい、もしかしたらワクチンみたいのが完成して直るかもしれないだろ?」

言いながらケンジを見たが頭を左右に振ってあきれたようにため息を付いて言った。

「信二、お前もさっき襲ってきた奴を見ただろ?血まみれで人を襲ったりして首元を食いちぎられてるんだぜ、ワクチンが出来たってあいつ等は元には戻らないよ、殺すしかないんだ」

たしかに先ほど運んだ死体は信二やケンジが頭に開けたピッケルの穴以外にも胸や腕を噛まれていたようで皮膚の下の部分、肉というか内蔵みたいなのが見えていた、特に信二が顔にピッケルを刺した隣の部屋のおっさんは首から胸が抉られて骨が見えている所もあった、確かにケンジの言う通りかもしれない。

「確かにそうかも知れないが、騒動が治まった時に問題になるかもしれないぞ」

言われたケンジが少し黙ってしまったので続けた。

「お前はこの状況をチャンスだといって楽しんでいるかもしれないが、もしかしたらケンジの予想とは違う事態になるかも知れないんだぞ、そのことも考えておいたほうが良いんじゃないか?」

ケンジはしばらく黙っていたが信二を見て頭を掻いて言った。

「わかったよ、お前の言う通りだ、俺も必要以上にゾンビを殺したりはしないよ」

「本当だな?」

「本当さ」

ケンジの言葉を確認して信二は立ち上がり押入れの中から登山をするときに使っている長袖のウインドブレーカーの緑色の上着を取り出してケンジに渡した。

「これを着たほうが良い、これなら登山用で丈夫だし、半袖で出歩くよりもましだ」

言いながら今度は自分が着るウインドブレーカーを探したが秋用の青色の少し生地が厚めの物しかなかったが仕方なく取り出した。

「なぁ、信二」

言われて振り返るとケンジが渡した緑色のウインドブレーカーを着ていたが小さいのか腕がパツンパツンに張っていて前もみぞおち位までしかボタンが閉じれていなかったので言った。

「すこし小さいな、だけど無いよりもましだろ?」

「それはいいんだが、この緑色、夜になると光る奴なんじゃないのか?」

「蛍光ではないが、登山用だから目立つように作ってあるんだよ」

ケンジは腕を組んで言った。

「いやな、登山用で目立つように作ってあるからゾンビの注目を引く可能性があるのかなと思ってな・・・・、どう思う?」

信二も頭に手を置いて考えた。

「確かに・・・、ケンジの言う通りかも知れないが・・・・」

(音には反応するようだが目が見えているのだろうか?)

二人ともどうすればいいか判らないでいるとケンジがテーブルの上のリモコンを取ってテレビに向けて言った。

「テレビでなんかやってないかな」

テレビの画面が付いたが先ほどまで映っていたテレビは映像が途切れて暗い画面が写っていた、チャンネルを変えて映像が流れている場所で止めたが、録画をしてあるのをリピート再生しているようで前にケンジと見たテレビの内容と同じ事を繰り返していてケンジはため息をついて信二を見た。

「この服で行くが目立たない服も持っていこうぜ」

「そうだな、他にも使えるものがないか探そう」

二人は手分けして信二の部屋の中の押入れを開けて使えそうな物を探した。


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