盗人の城 55

 触れようと意識したものに対して作用し、それは0と1の破片となって崩れ去る。

 それが分かったタジが最初にとった行動は、タジの器を完全に壊してしまうことだった。

 頭から足に向かって、背中側から思い切り爪で引き裂くと、その肉体は巨大な電撃を伴ってはじけ飛んだ。

 攻撃をしようとした騎士たちが弾かれ、単調な攻撃が崩れてしまう。慌てて挽回しようとする隊長だったが、もはやその必要がないことは誰の目にも明らかだった。

「隊長……」

 何者かによる攻撃があったことは明白。

 しかしその攻撃が自分達によるものではないことも明白で、その上、攻撃した者の正体を報告する者はいない。

 タジは、騎士たちの目の前で背中から血を噴き出して倒れた。間断ない攻撃は中断され、その倒れたタジの様子を三人の騎士が確認する。

「死亡しています」

 背中の傷は、ほとんど正面まで到達していた。えぐられた部分から流れ出る血の色はルビーのように赤く、石畳を濡らしていく。

 これだけ出血すれば死は免れないと思うほどの血の量、脈拍の停止、ケガの重篤度、瞳孔、更には肉体の硬直度合……。念には念を入れての確認は、タジがそもそも人間からかけ離れた存在だと誰もが認めているからだ。

「……我々は、太陽の御使いを……殺したのか?」

 隊長が、ポツリとつぶやいた。

「隊長。彼の死因は我々の攻撃とは別の物です」

「しかし」

「我々は、彼を拘束しようとした。そして彼は目論見通りに拘束された。拘束の最中に、何者かによって彼は殺された。それで良いではありませんか」

 そんな報告が通らないことは分かっている。しかし現実は確かにそうとしか説明できず、現場を確認すればそれは明らかだ。

 タジの死亡を確認した騎士たちが、最終確認を隊長に求めた。それでようやく隊長は死亡した簒奪者に近づいて、その様子を確認する。

「この傷痕は」

 えぐられた傷痕は、人間の指先程の大きさなのが見てとれる。巨大なプリンの側面を指先で思い切り引っ掻いたような傷痕は、タジの肉体に与えられる損傷としてはあり得ない類のものだった。

 そもそも物理的な干渉の一切が不可能だと思われていたのだから、これほど簡単にタジへ攻撃が通るなど考えられない。連綿と受け継がれてきた太陽の御使いに関する伝説の数々は、嘘だったのだろうか。

 いや、と隊長は思い直す。

 騎士の攻撃は単調ではあったが、それでもかすり傷一つ与えられないようなものではないはずだ。だとすれば、この傷痕こそが異端であり、何か全く見当もつかない異常事態が起こっているのは間違いない。

 そこで、二十に分けた部隊の内の四つを残してその場の監視を強化し、残りの騎士たちへは城内を警戒させた。タジを攻撃した者の正体が不明な以上、その者の正体を早急に知る必要がある。

 紙縒の国は、その日一日、騎士たちの休まる時間は無かった。

 それでも、盗人の城と呼ばれたその城は、タジの身体と同じように、無数の引っかき傷によって礎から瓦解した。

 誰も、その原因が分からなかった。

 建てられたばかりのその城は、なぜか急激に無数の傷跡を残して、瓦礫の山となった。騎士の誰一人として、その原因を探り当てることは、できなかった。

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