盗人の城 54

 タジは、単調な波状攻撃に対して片腕を用いて迎撃する自身の姿を、わずか後ろから眺めていた。

 よく観察すれば、波状攻撃は全部で二十の部隊に分けられているらしい。二十分隊をして攻撃を間断なく繰り返し、人員補充や兵站まできっちり行っているのだからその練度は比類ない。

 いや、それよりも。

 タジは自身の後ろ姿を初めて見る。というよりも、当たり前な話だが、自身の後ろ姿を直視するなど、ありえない。

「俺は……死んだのか?」

 それとも幻を見ているのだろうか。

 単調な攻撃によって肉体に付随する精神が支配されたために、支配しきれなかったタジの特異点の部分がこうして精神体となって後方へ弾き飛ばされた。だとすれば、この世界のタジはもはや魂の入っていない彫像と変わりはない。

 肉体に魂が宿っていないのならば、その肉体にいかほどの意味があるだろう。

「なんて、精神と肉体が別個のものと考えるのが既に術中なのかもしれないな」

 あるいはこうして精神が自由になっていることこそが漆黒の正四面体の力を取り込んだ恩恵なのだろうか。

 目の前にある自身の肉体。その頭部は確かに光る球体であった。水面に映った姿を見ていた時とは違い、実際――この場で言う実際というものがどういうものであるかは別として――にその姿を見るとかなりの威圧感がある。

 そっとその姿に触れようと、タジは精神体とでも言うべき今の身体、その指先を伸ばして自身の首筋に触れようとする。


――バチッ。


「ッ!?」

 触れる指先に電撃が走った。

 精神体の方は何とも無かったが、今も目の前で騎士群による単調な攻撃を薙ぎ払っているタジの身体の方には、見たこともない異変が起こっていた。

 電撃だと感じていたものは、確かに電撃だったらしい。閃光と破裂音、わずかな衝撃に手を引いたタジが見たのは、触れた部分から「数字」がはじけるように漏れ出る景色であった。

 「数字」とだけ言うのは、正確ではない。正確には、0と1が閃光と破裂音に混ざるようにはじけて飛び散ったのだ。

「……デジタル?」

 0と1の世界。

 精神体となった今の自分、取り残された器としての肉体の自分。器の方は精神が触れることによって0と1が粒子となって弾け飛ぶ……。

 試しに、タジはもう一度、器としての身体に手を伸ばした。


――バチッ。


 結果は同じ。

 予想だにしていなかった先ほどとは違い、確かめるように触れた今回は、確かにその弾け飛んだ閃光の中に0と1が混ざっていることがしっかり確認できた。むしろ閃光すらも、鋭く発光する0と1の集合体のようである。

「英語が禁止の世界、ねえ……」

 漆黒の正四面体を取り込んだタジの見る世界は、がらりとその世界を変えていくのだった。

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