盗人の城 44

 黒曜石を溶かしてサラサラと流れる清水のように加工できたのなら、きっとこういう光沢の水流ができあがるだろうという様子だ。鏡面のようにつややかな泉は波打つことなく静かに佇んでいるので、黒曜石そのものにしか見えない。

 手近にあった松明を一つ取って泉の上に掲げると、熱のせいか水面はふるふると揺れた。広がる波紋はまさしく水面のそれである。

「触るのは……ちょっとできないな」

 触れてしまえば何が起こるのか分からない。以前触ったときは、身体に力が全く入らなくなった。普通の水を持ってきてはいるが、水筒にお守り程度なので、好奇心を満たすためだけに触れるのははばかられた。

「……っ?」

 腕を伸ばして松明を近付けた湖面が、ふるふると揺れ続ける。断続的な水面の震動は、温度の変化によって生じた揺れではなく、もっと別の要因があるらしい。

 生物でもいるのだろうか?

 タジが身を乗り出して黒曜石の鏡面を確認しようとしたその時、松明の炎に向かってその真っ黒な水が触手のように伸びた。

 真水が炎に触れればジュウと蒸発する音が聞こえるはずだ。しかし、その触手からは何の音も聞こえない。それどころか、真っ黒な触手は風を切る音すら立てずに松明にまとわりついて、ヌルヌルと炎を取り囲むと、そこから熱だけを奪っていった。

 後に残ったのは、燃えさしの黒墨残る松明の先端だけ。

 濡れている様子もなく、見た目はただの焼け跡のそれに触れると、先ほどまで燃えていたとは思えないくらいに冷え切っていた。

「……性質が違う」

 力を奪う。タジにまとわりついたときの漆黒の水は、タジから運動能力などの力を奪い去った。しかし目の前の黒曜石を思わせるこの水は、熱を奪っている。

 もっとも、冷え切っていた焼け跡も、冷たいと感じるくらいで完全に熱を奪いきったわけではない。

「厄介なものに変わりないのが困り物だな」

 手に持つ松明にもう一度火をつけて同じように水面に向けて掲げても、結果は同じだった。炎を平らげた触手は、ゆっくりともとの静かな水面に戻っていく。まるで奪った熱を外に放出しないよう細心の注意を払っているように。

 石畳が張られた泉の周りを歩き回り、タジはその下の地面に意識を向ける。方角や距離はすっかり忘れてしまったし、周囲の景色が大きく変わってしまったために見当をつける余地もないが、わずかに気配を感じられればそれでいい。

「……ここか」

 タジは石畳を剥がし、その下の地面を手で掘り始めた。

 基礎工事の際に掘り起こしていなければ確かにあるはずだ、と思っていたものは、確かにそこにあった。

「まさか、何となくそうしておいた方がよいと思っていたものに助けられるとはな」

 掘り出したものは、かつてタジが埋めた漆黒の正四面体。ニエの村を襲っていた魔獣ガルドの中にあった、手のひら大のトライアングルだった。

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