盗人の城 45
「水に溶けたトライアングルを、もとの漆黒の正四面体に戻すには種が必要なの」
紙縒の国に侵入する前にエダードから聞いた話だ。
「種?」
「そう。飽和した塩水に糸を吊るし入れれば塩水の温度の低下とともにその先端に塩の結晶が作られるように、漆黒の正四面体を溶媒から引き離すためには、漆黒の正四面体そのものが必要なのよ」
「……逆にそのトライアングルも既に溶けた水の中に溶けて混ざったりはしないのか?」
「しないわけではないわ」
「どういうことだ?」
「もし、アンタが入れた漆黒の正四面体を、神の祝福と呼ばれる暗黒水の中に溶けさせたいと思ったのならば、それは水の中に溶けてしまうわ。逆に、漆黒の正四面体を溶媒から引き離そうという意思がアンタにあれば、漆黒の正四面体は、溶液からトライアングルを引き寄せる」
「意思一つで反応が変わるっていうのかよ」
「そうよ」
トライアングルは、魔力の素でもある。重要なのは扱う者の心構えなのだ。
とは言っても、意思一つで反応が変わるというのはにわかに信じがたい。使役する者の意思一つで反応が変わるというのなら、願いの力一つで世界が創造できるとでも言うのか。
「いや、創造できるんだろうな。それが魔法っていうものなんだろう」
願いという曖昧な内なる力を、外に表出する力。エダードは、魔法はそんなに便利で万能ではない、とかつて言っていたが、そんなことを無視するだけの力が、ここにはあるのかも知れない。
「魔石よりも、ずっと強い力を持っているというのも頷けるな……」
手のひら大の漆黒の正四面体を、タジは目の前の漆黒の泉に向かって投げ入れた。
エダードは、成功するよう祈っておきなさいと言っていたが、タジは何も考えなかった。
むしろ、何も考えていないことでどういう反応が起こるのかを楽しみに感じてさえいた。投げ入れた漆黒の正四面体が暗黒水の中に溶けてしまうのならば、タジは心の奥底でそうあって欲しいと思っているということだ。
「さて、どうなる……?」
こういう時は、小手先の思考よりも、無意識下に感じていることを大切にすべきだ。
結果がどちらであろうと受け入れる覚悟はあった。
そして、目の前の泉は、音もなくその黒曜石のようにテラテラと輝く鏡面の色を淡くさせて、やがて水面はもとの透明なそれへと変化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます