盗人の城 29
生々しい落下音にその場の全員が凍えるように身震いするのを禁じ得なかった。
たった一人、タジを除いて。
「ほら、お前の上官のところへと案内してくれよ」
挑発するように地を踏むと、地面がわずかに揺れて、馬が恐怖で嘶いた。
「うわっ」
馬が前脚を上げると、馬上の騎士は重心を大きくずらされて、思わず滑り落ちそうになる。落ちなかったのは、ひとえに指揮官としての矜持だろう。
「う、うむ」
取り繕う面目さえすっかり失い、黄道の騎士の指揮官は周囲の騎士に撤退を命じた。その際に、タジが投げ飛ばして命を奪った死体の処理を部下に任せるのを忘れなかった。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
タジのその言葉は連行する黄道の騎士に向かって言ったものでもあったが、それ以上に白鯨の騎士団に向けての言葉でもあった。
ルオムがどういう処遇を受けるかは定かでない。彼の命を確実に救うのであれば、この場で実力を誇示したのちに、白鯨の騎士団の隊長に向かってルオムを殺すなと脅せば良い。
それをしないのはどちらの陣営にも与しないというタジの意思である。デデノーロが殺されたことについては、自分の不注意と、眠りの国の倫理観が異なっていたことによる。中年の騎士を亡き者にしたのは、人の命を使って事実を捻じ曲げようとした一国の所作に対する私刑に他ならない。
私的な報復の良し悪しはタジにとってこの際関係なく、嘘をつき、人命を軽んじ、タジを引き取ろうという愚行は罰せねば気が済まなかったのだ。
先ほどのタジの行為を目の当たりにして、なおルオムが罰せられるのであれば、それはもはや仕方のないことだ。この身が呪われているために素直に会話もままならないのであれば、それ以上どうすることもできない。
あるいは魔獣として生きる覚悟をしろということだ。
願わくば、ルオムの言葉が信じるに足るものだと思われますように。
胸中祈るタジの敬虔な姿も、先ほどの蛮行を目にした黄道の騎士にとっては恐怖でしかない。
無抵抗のタジを前にして、騎士の一人が命じられ、タジに手錠をかけようとする。
「逃げはしねえよ。話ができるように連れてってくれるっつーんなら、何も文句はないっての」
「しかし……」
苦笑いをしながら、騎士は手錠を掛けようとする。
その手はわずかに震えている。人間かどうかも分からない謎の光球頭をしたタジは、周囲にとってはいつ爆発するかも分からない危険物である。命じられたとはいえ、手錠をかける役など誰もやりたくない。
「まあ、仕方ないか」
目の前の、震えながら手錠を持つ若い騎士に免じて、タジは手錠をかけることにした。重たい鉄で作られたその手錠は、タジにとっては何の抵抗にもならなかったが、こういうのは姿勢が大切だということも分かっていた。
かけられた手錠を若い騎士に持たれて、タジは紙縒の国を後にする。
白鯨の騎士の列が遠ざかるのを背中に感じながら、眠りの国がどうなっているのか、イェンダ王とはどのような人物なのか、タジはそんなことに思いを馳せるのだった。
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