盗人の城 30

 宿場町を後にし、最前線の国境からさらに歩いてしばらくすると、日が中天を過ぎる頃には眠りの国の城下町へと戻ってきた。

 タジを捕らえるためにかなりの人員をさいたことは、帰還時の騎士の多さで理解できた。国境から宿場町へと伸びる黄道の騎士団の隊列は、白鯨の騎士団と一触即発の雰囲気であり、最も深く切り込んだ騎士こそ、タジがある意味で目の敵にした馬上の指揮官であった。黄道の騎士たちは一触即発の雰囲気の中、退路を必死に確保していたらしく、指揮官が帰ってくるのをみるなり、露骨に安心し、それから殿を務めつつその場を退却するのだった。

 指揮官は決して無能という訳ではないらしい。有能すぎるがゆえに無理難題を押しつけられたり、あるいは手段を選ばぬ交渉をしなければならないのであったりするのだろう。

 自身が関わらなければ同情もするが、タジは渦中の人となっており、そのせいで実際にデデノーロは死んだ。全てを指揮官の責任にする訳にもいかず、どこかもどかしい思いがある。

 そのもどかしい思いが、あるいはタジの手首の手錠をかけさせているのかも知れない。

「ここで待っていろ」

 手錠をもって引き連れてきた若者の代わりに、馬から降りた指揮官が居丈高な態度で告げた。

 町のつくりも、城門のつくりも、全く変わっていない。ただ、よく観察すればそこかしこに経年劣化が見えるだけだ。

 タジが案内された部屋は、かつてレダ王が居室としていた部屋だった。

 調度品の類はほとんど全て没収され、かつての煌びやかさは見る影もない。硝子でできた窓はひび割れ、あるいは木窓にとってかわり、絨毯の剥がされた跡や調度品の痕跡が石畳の上に日焼けになって残っている。

 質の高い調度品がなくなったことで、居室はただ広く、寒々しいだけの部屋になってしまった。木窓ですきま風を入れないようにしているためか、昼間だというのに室内は思った以上に薄暗い。

 城の上層階と言ってもいいほどに高い場所にあるのに、タジがデデノーロと出会った地下牢を思わせる暗さだった。

 部屋の中央に立たされたタジを、指揮官が扉を背にしながら見ている。

 扉は開け放たれている。タジが何か動きを見せたらすぐにでも逃げられるようにするためだ。小心者とも言えるし、警戒心や猜疑心が強いとも言える。逆光のせいで、タジからは指揮官の顔は見えない。

 声色に震えがないだけ、さすがと言うべきだろうか。

「ここは確か、レダ王の居室だったな」

「レダ王?そんな王はおらん。我々の王は、イェンダ王ただ一人」

 その言葉を見せかけの態度と取るか、真に心から言っているのかはタジには分からない。推測するのも面倒だった。

「酒はないのか?眠りの国は民衆からずいぶんと酒を接収しているらしいが」

 何も話すことはない、とばかりに指揮官は踵を返し、出ていくと同時に扉は閉じられた。

 ご丁寧に外側から鍵までかけて。

「外側からの鍵、ねえ……」

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