盗人の城 28
タジは両方の手のひらを表にして上げ、黄道の騎士団が居並ぶ列へと歩を進めた。
三日月状に囲んでいた白鯨の騎士らが、海が割れるように左右に避けていく。どこかで聞いた神話を思い出して、タジは思わず口元が緩んでしまった。
「ああ、そうだ」
割れた海を渡り切る直前、装飾剣を持った白鯨の騎士の側で歩みを止めると、タジはその壮年の騎士へとおもむろに近づいた。
騎士は警戒こそしていたものの、さすがに一帯の長を務めている者、危機察知能力には長けているようで、タジが危害を加える気がないのを見抜いて堂々とその場を動かなかった。
周囲の騎士が彼の勇気ある直立不動にざわついている。
「アンタは、部下を大事にしてやれる人間であることを祈ってるよ」
「……?」
言うだけ言うと、タジは颯爽とその場を去った。
馬にまたがる黄道の騎士団の中隊長に視線を送ると、それから首を巡らせて辺りをうかがった。
「ああ、お前だな」
視線が合った騎士は、汗をびっしょりかいて下腹のやや出た中年の騎士だった。馬ではなく走ってきたのだろう。途中で防具も脱いでしまったのか、胸当て一つつけていない。それでも腰に下げた剣と、身分を示す黄色い布、それから腕章は残っているのだから、面目はギリギリのところで保っている。
しかし、保たれていた面目も、タジの言葉で剥がれ落ちてしまった。滲みた汗で他の人よりやや濃くなった黄色い腰布がハラリと落ち、剣は鞘に当たってガチガチと鳴った。
鞘を握る手が震えているのだ。
「な、んで……?」
中年の騎士は震える唇を必死にこらえながら、一言だけ呟いた。
その言葉には続きがあったのだろう。しかし彼はそれから先の言葉を紡ぐことはできなかった。
騎士は、いつの間にかその場にいなくなった。中年の騎士の代わりにタジがその場に立っており、片方の腕が空に向かって掲げられている。
周囲に居並ぶ騎士たちの何人かは、何が起こったのか、その目でギリギリ捉えていた。
タジが、その騎士を宙高く放り投げたのである。
一瞬だった。間合いを詰めるなどという言葉では足りない。瞬間で移動し、移動する動作と投げ飛ばす動作が一緒くたになっていると錯覚するほどの速さ。
風が吹いた。
タジがそれまでいたところに、土煙が立つ。タジが今立っている場所に、うねるような風が巻き起こる。
静寂が訪れる。
それから少しして、黄道の騎士が居並ぶ後方、荒れ野の方から水っぽいものが落ちる音がした。
グシャリ。
その音が何であるか、場の全員が理解した。
「デデノーロを殺したのは、俺だ」
タジのその言葉に、馬上の指揮官が戦慄する。
人間離れしているのは、姿形だけではない。この何者かは、デデノーロを殺した下手人をその場で見つけ、殺し、更にデデノーロを殺せと命令した者を探している。
下手人に向けられた殺意が、指揮官の喉元などあっという間に届くほどには強靭であるのを、タジは一瞬で分からせたのだった。
「そ、そうか」
指揮官の声が震える。
彼にはタジの自白が、デデノーロを殺した者を自分が殺した、と言っているように聞こえたのだ。
罪悪感と恐怖が一度に迫ってくる。指揮官は思わず馬腹を腿でわずか締めつけた。
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