盗人の城 16

 あれこれ辺りを見回しても、酢になった酒樽の他にめぼしいものは見当たらなかった。ただの洞窟と化した巣穴だ。

「どこかへ行っちまったのか」

 洞窟の真ん中に座って大きな穴の開いた天井を見上げれば、薄雲に翳った月がわずかにその場を照らすのみである。星々の瞬きもどこか寒さを伴って、底冷えのする巣穴でタジは何となく膝をかかえた。

「俺の考え違いだったのか」

 眠りの国が酒を捧げる相手がエダードだったとしたら、今頃ここは酒樽で溢れかえっていたことだろう。酢になった酒樽を後生大事に取っておくこともなく、洞窟の中は酒気に満ち、人いきれならぬ竜いきれでいっぱいの空間に、赤ら顔のエダードが快く迎える。

 そんな陽気な予想をしないでもなかった。

「もしそうだったら、酒を分けてもらいたかったんだがな」

 誰もいないその場所にも関わらず、タジはその言葉が自身の強がりであることが分かってしまって、妙に恥ずかしい気持ちになってしまう。

「いや……俺は寂しいんだ」

 しかしこうして真実を口にしてしまえば、それはそれで気恥ずかしい。

 しかし寂しいという気持ちは事実だった。誰も頼る人がいない世界で、たった一人の友人と再会できるかもしれない、という淡い期待が断たれたような感覚。

 しかもその友人は、タジが渡した酒樽にわざわざ書き置きを残して消えている。

「ったく、とんだ馬鹿野郎だ」

 自嘲を込めて。

 と、ふいに入口の方から誰かがやってくる気配を感じた。遠慮のない足音は、獣のそれではなく、複数人いるように感じられる。

 硬質なブーツの音は、足早にこちらに向かっているのが分かった。タジは一瞬悩んだものの、結局身を隠すことにした。自身の姿が異形であることもあるが、それ以上に、こんな場所にやってくる人間が訳アリでないはずがない。

 その者たちの正体を見極めてからでも、姿を現すのは遅くないと判じた。

「小隊長」

 タジが音もなく跳び上がり、天井に大きく空いた穴の縁に身を隠すと、一人の騎士が洞窟の中央へ駆け出し、後方の騎士たちへ短く声をかけるのが見えた。

「人の気配があります」

 先ほどまでタジが座っていた場所に手をあて、他とは違う温もりを確認している。先駆けた騎士の他に、後から来た騎士が三人。いずれも黄色い印章をつけて、一人の騎士以外は方々を探索する。

「何かあるか?」

「報告通り、つい先ほど何者かが入った形跡があります。しかしそれだけです」

「くまなく探せ」

「小隊長、神酒に手形が」

「何ッ!?」

 部下の言葉に応じて小隊長が酒樽に近づいた。鼻が曲がりそうなほどに酸っぱい臭いを放つその酒樽を、騎士は確かに神酒と言った。

「持ち出そうとした形跡ではありませんね」

「紙縒の盗賊どもじゃあなさそうだが、しかしなぜ聖地にやってくる必要がある?」

「道に迷って……は考えられませんよね」

「こんな場所では道に迷う前に魔獣に殺される方がよほど早い。それに、この場所に洞窟があることを知っていないとわざわざ入ってこないような場所だ」

「侵入者はつい先ほどまでここにいたと思われます」

 タジの座っていた場所を見分した騎士がハキハキと言う。

「入口は一つだぞ?どこから逃げる」

「それは……」

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