盗人の城 11

 見張りの手が自然と開くと、石畳に乾いた音を立てて短刀は落ちた。

 松明の燃える音と地下水の流れる音の向こうに、短刀の落ちた音がこだましていく。

「名前を……教えていただいても?」

「教えてもいいが、教えれば協力してもらうしかなくなる」

 目の前の何かは人間の心を知る悪魔ではあったが、人でなしではないらしい。協力してもらうしかなくなるという言葉の内には、それでも協力しなければ殺すしかないという言葉が隠れているはずである。

 それを言わないのは、この光球頭が殺すという想定をしたくないのか、それとも無理やりにでも協力させるからなのか……。

「協力、します」

 うつむき呟く見張り。

「お前の名前から教えろ」

 目の前の何かが短く問うた。見張りが顔をゆっくりあげると、光の球は、厳しくも温かい輝きを放っていた。その光の向こうに、何もかもを見透かす顔が見えるかのよう。

「デデノーロです。……デデオーロは、私の祖父です」

「……なるほど、また一つ現状を理解した」

 光球の輝きがわずかに揺らめく。

 その身体が大きく膨らんで、ゆっくり縮む。それが深呼吸を意味しているのだと見張りが知ったのは、少ししてからだった。

 椅子を軋ませて足を組み、目の前の何かは背もたれに体を預ける。

「タジ」

「……えっ?」

「俺の名前だ」

「まさか」

「そのまさかだよ。悪名高いらしいが姿形までは伝わっていないようだな。俺がタジだ」

 デデノーロの身体が硬直し、背筋を電気が走っていく。足に力が入らなくなり、その場にへたり込むように座る。

「ハ、ハハ」

「ほら、乾いた笑いを出してんじゃねえよ。お前の祖父は俺について何も言わなかったか?若い時にコキ使ったはずなんだがな」

 光球頭のタジはやおら立ち上がって、へたりこんだデデノーロの手をぐいと引っ張り、身体を持ち上げる。

「祖父には、何も言われませんでした……。まさか、タジ殿がこんな……」

「こんな?」

「いえ、太陽の御使いが人間だと思っていたことこそ私の思い違い」

「いや俺は人間だけど」

「えっ」

「えっ」

「あ、いえ。失礼しました。人間というものが私にはまだよく分かっていなくて」

「いや定義も何も、一目見て人間だ……って……」

 光球頭のタジは、突然何かに弾かれたように見張り室を飛び出して、石壁にかけられた松明を一つとると地下水流に身を乗り出した。

「おいおい、マジかよ……」

 四つん這いになって松明を掲げ地下水流に顔を映すタジの後ろ姿が、デデノーロにはそのまま強い落胆の姿のように見えたのだった。

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